第3話
『わあっ、わおっ、わああっ』
アルシカは今、馬の背に乗るゼフィロスの鍛え抜かれた腹に、必死でしがみついている状態である。
力強い馬の足取りと、リズミカルに揺れ動くゼフィロスが一体化しているようでアルシカはゼフィロスを格好いいと思った。
「アルシカ、大丈夫か?」
『うんっ、だいっ、じょーぶっ!』
森の外で待っていた黒馬、マグニフィセントとアルシカはすぐ仲良くなった。出会った瞬間、互いを興味深く観察し合った後、アルシカはマグニフィセントの足元で体を踊らせた。そんなアルシカにマグニフィセントは鼻先をクイクイ擦り付けたのだ。
ご機嫌なマグニフィセントに、乗ってもいいよと言われたのだろうか?アルシカは高くジャンプし、マグニフィセントのたてがみに飛び乗った。
ふわりと浮かんだような軽やかなたてがみの上で楽しそうに遊ぶアルシカ。マグニフィセントも満足そうな顔をする。
そんな愛らしい光景に、ゼフィロスの心はそれはもう癒された。先程死にかけたショックとストレスなんてもうチリとなり消えてしまったようだ。
『ねえっゼフィロス』
「なんだ?」
『いまっからっ、どこ行くのっ。ゼフィロスの家っ?』
揺れ動く反動でアルシカが舌を噛みやしないか心配になった。が、アルシカにはおそらく舌がない。ゼフィロスは苦笑いをしてアルシカに言葉を返し、アルシカが話しやすいように少しだけスピードを落とした。
「オレの家ではないが広い屋敷の数ある部屋の中に、オレ専用の部屋を頂いている。陽当たりの良い明るく綺麗な部屋だ。きっとアルシカも気に入る」
『それは楽しみ。でも屋敷は誰の屋敷なの?』
「オレの仕える主の、ご子息の屋敷だ」
『ゼフィロスにも主がいるの?』
「ああ、王都にな」
『ふーん。ご子息はアルシカのこと驚かないかなあ?』
「んー...、さっきも言ったが屋敷はとても広い。恐らくお会いする事もないだろう。実は王都からこのアルトリウスに着いてすぐ、ご挨拶に向かったのだが少々タイミングが悪くてな。オレでさえまだお会いできてないんだ」
『タイミング?』
「んー...ははは」
アルトリウスの領主である我が主の次男坊を思い浮かべる。まさかここまで酷い状態になっているとは思わなかった。
まだ歳は二十になったばかりと若いのに、主に似て仕事は良く出来るようだ。それに優秀なだけでなく容姿にも恵まれていた。
だがいかんせん素行が悪い。悪過ぎる。これもその恵まれ過ぎた容姿のせいだろうか?朝だろうが夜だろうがいつだろうが、男女が彼の部屋を行き交っているのだ。
今回も驚いた。挨拶しようと待ったが一向に姿を現せないので、仕方なく彼の住まう上階のフロアに行った。するとあられもない姿をした女が平気で廊下を歩き回っているのだ。
目が合うと「あなたも仲間に入る?」とウィンクされ情けなくも固まった。勿論断ったがショックで当分そこから動けないでいた。
噂では聞いていたが今なら分かる。主が様子を見て来て欲しいと自分に頼んだ理由が。
「はぁ...」
もう、彼は自分の知っている可愛いだけの子供ではなくなってしまったのだ。どうしたら良いものか。
『ご子息、悪い子?』
「えっ?」
『だってゼフィロス、困りんぼうの顔してる』
「...そんな事はない。お優しい良いお方だ。...ただまあ色々あるお方でな...」
『ふーん』
「可哀想なお方なんだ...」
最後の一言は、聞こえるか聞こえないかのような独り言だった。だがアルシカの耳は良く、それを聞き逃さなかった。
可哀想とはどういう意味なのだろう?
見上げるようにしてゼフィロスの顔を見つめるが、聞き返すことはしなかった。
森よりは緑が少ない開けた田舎道に、どこからか聞こえるのは波の音。知識だけは豊富なアルシカは、すぐそこにまだ見ぬ海を感じる。
人間とは愉快で複雑で困難だ。それはとても大変で、アルシカには生き辛く思えた。
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