第5話

厩舎の中は穏やかでのんびりとした雰囲気に包まれていた。綺麗に掃除された大きな馬房は居心地良さそうだし、馬達も仲良さげで、鼻を触れ合わせているものもいる。


「ああ、餌を切らしているな。アルシカ、倉庫に行ってくるから少し待っていられるか?」

『うんっ、マグニフィセントと待ってる』

「では行ってくるな」

『はーい』


 元気に返事を返し、ゼフィロスを見送る。


『あれ?あそこの扉、開きっぱだ』


 厩舎の向かい側にある建物のドアが僅かに開いている。『ちょっと待ってて』と、アルシカはマグニフィセントからぽぽんと飛び降り、その建物に近付いた。


『全く、ネズミや泥棒に入られたらどうするの』


 やれやれと言ったように、扉をしめようと体をビヨーンと伸ばす。


『あれ?でもこの部屋暗いなあ。なんの部屋?』


 少しだけ、覗くだけ。そう思いアルシカは部屋を覗き込む。


『あのー、誰かいますかあ?ここ、なんの部屋ですかー?』


 なにも返事が返ってこない。


『...お邪魔します~、すぐ出ますので~』


 アルシカは誰もいない事をいいことに、スルリと体を進め建物の中に入る。


 部屋の中は薄暗く静寂に包まれていて、ガランとした部屋に椅子がひとつだけ。


『ん?』


 ふと何者かの気配を感じ、アルシカはその気配がした方に近寄る。


『これは...絵?』


 気配の正体は、額縁の中の二人の男の子だった。


『誰かの肖像画?兄弟なのかなあ?だけど似てないなあ』


 アルシカは食い入るようにその肖像画の二人を見つめた。一人はとびきりの笑顔を浮かべた少年で、もう一人は少し控えめに微笑んでいる少年だ。


 アルシカはじっとその絵を見つめた。


『なんか...嫌な気持ち。もう...戻ろうっと。そろそろゼフィロスも戻ってくるよね。...あれ?また扉がある』


 先ほど入ってきた扉とは別に、もう一つ扉が存在したようだ。アルシカにはすでに遠慮はなかった。流れるような動作で扉を開けていた。


『なにこれ、階段?』


 ドアを開けるとすぐに、階段があった。その階段は薄暗く、地下へと続いているようだ。アルシカはワクワクした。


『地下とは人知れずに広がる謎めいた領域だ。さて、冒険の舞台へと足を踏み入れてみようか』


 アルシカは物語の主人公になったつもりで心躍らせながら、迷いなく勇敢に階段を跳び跳ねて行った。







「ウィーデン、今日はまるでやる気が出ないんだ。これは期日までには必ずやるから一人にしてくれ」


 レジャンは溜まった書類をペラペラ捲り、雑に机に投げ置いた。


「お疲れのようですね。何かありました?」

「気分を害されたんだ」


 彼の表情には少しの不機嫌さと溜め息が混じっていた。明らかに、彼を怒らせるほどの出来事があったのだろう。


 そういえば先程、フラフラとした足取りでこの屋敷を出ていく女性の姿を見たな、とウィーデンは思い出した。


「ですが女性に乱暴な事をしてはいけません」

「乱暴?自慢の金糸を少し崩してやっただけさ」

「十分乱暴ですよ」

「これでも堪えたんだから」


 眼鏡の底から呆れた眼差しをレジャンに送りながら、ウィーデンはため息をついた。しかしレジャンは誰もが見惚れる微笑み返してくる。


 だが古くからの付き合いだ。そんなのはウィーデンには効かない。


「どんな事情があっても、レディに対して優しく接することは男の義務でなのです」

「はいはい、分かったよ。それより、ゼフィロスが来てるらしいね」

「わざとお会いにならなかったのでは?」

「代わる代わる忙しくてね」


 再び呆れた目をレジャンに向ける。


「想像以上の醜態にショックと驚きを隠せずにいたようです」

「はははっ。前進しているようには思えなかったか」

「前進の意味をお分かりで?」


 ウィーデンの言葉に、レジャンは困ったように笑った。 



分かっている。自分が前進してないことなんて、自分が一番よく分かっているのだ。



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溺愛されるスライム。その名は、アルシカ @roconpmizu

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