魂と死【更なるスピンオフ】

「わたしが渡した子たち、面白い反応をするわね」


 何もない、ただ丸い空間。

 壁や天井に、様々な場所の映像が浮かび上がっては消えていく。


 彼女は、その内の一つの映像、聖王都を映す壁を見つめていた。


「住む世界がこうも違うと、人間には衝撃的なのでしょうね」

「そなたもはなはだ、サディスティックじゃのう」


 口を開くことなく話す大精霊は、全身が透明。ただ心臓と思われる辺りに、紫色の光が灯るだけ。男性とも女性とも言えないその姿は、さながら水晶のよう。顔も全てガラスで作られたようになっていて、透明な眼には瞳もない。


 誰が用意したのか、空間の中心に置かれたテーブルでくつろぐ大精霊は、彼女の背中を見つめていた。


「あら、わたしの世界にあの二人を飛ばしてしまった時、あなたはうっかりといった感じだったけど、本人たちは泣きそうだったわよ?」

「うぐっ!」


 大精霊の痛いところを突いた彼女は、呪われた名前を持っているため、その名を呼ぶこともはばかられる精霊だ。

 人がその名を呼ぶと、まもなく彼女が命をさらってしまうのだという。かつて彼女を信仰していた者たちは、書物に名前を書き残しているが、今の信者たちも決して発音しない。その名はいわゆる忌詞いみことばだ。


 彼女は、闇に溶ける長い髪を持ち、その髪と同じほど黒いドレスを纏っている。眼孔の中の闇に浮かぶ瞳は、漆黒の夜空に浮かぶ紅い月を思わせ、更にその肌は、読んで字のごとく青い。コバルトブルーの血液が流れているのだ。


「そ、そなたが寄越した魂も、あわや死ぬかという思いをしておったではないか!」

「お言葉だけど、わたしはあの子たちの魂の写しを預けただけよ? ここで死んでも元の世界の魂は死なないわ。あなたみたいな失敗はしないわよ」

「ぐぎぎ……」


 掴みどころがなく、彼女を手に負えていない大精霊だが、決して弱い訳ではない。彼女の持たないある強大な力を持っているが、世界も違えば司る力も違う。言わばビジネスモデルが異なる外国の同業者といったところだろうか。



 彼女は腹が減ったらしい。

 黒い霧を空間に生じさせると、その中に片手を突っ込む。

 異次元に繋がる無から取り出したのは、髑髏どくろだ。それはまだ白骨化していない。


「まさかお主、ここで――」

「この子、可哀想だけど、身寄りがいないのよ。早く楽にしてあげないと……」


 大精霊は口元を覆い、吐き気に備える。


 彼女は笑みを浮かべると、その髑髏にかじりついた。まるで果実を食べるように、ムシャムシャ、バリバリと。

 こぼれそうになる黒く濁った液を、その青い舌で舐め取り、骸骨の中身を吸い出す。


「よくもまあ、一思いに魂を終わらせるものじゃの」


 髑髏を食べ終えた彼女は、美味しかったと言わんばかりに舌なめずりをする。


「――ご馳走様。

 わたしたちの世界では、魂は産まれ続けるものなの。そこは生命へ敬意を表して、わたしたちも産まれてくる魂を制限なんてしない。

 だけど再利用なんてしていたら、いつか世界は魂で溢れるわ。わたしは魂が溢れないようにする管理人なのよ」

「それはまた、冷たいのう……」


 内臓のない大精霊に虫唾が走るという感覚があるかは定かではないが、気分を害したらしく、口を抑えながら何かを飲み込むような動きをする。


「そうね。あなたみたいに、魂を生まれ変わらせる力があったら、と思うこともなくはないわよ?」

「それはそれは、そなたがそのような思いを抱いておるとは、思ってもおらんかった」


 大精霊の座る向かいに腰掛けた彼女は、大精霊に妖しげでどこか悲しげな目を向ける。


「どんなに可愛らしい魂がいても、必ず最後があるじゃない? 長生きさせてもいいのだけど、それがその子のためにならないことがほとんどよ。もう食べてしまったけれど、もう一度会いたい子だっているの」


 大精霊は頷き、彼女の思いに賛同する。


「そうじゃのう。人間にとっても死は辛いものじゃが、執行者たるそなたにとってもいたたまれないことじゃろうな」

「否定できないわね。でも、無に帰ったものをいつまでも哀れんでいても、前には進めない。過去は大事だけど、今ある大切な魂で、新しい未来を築いていってほしいものね」


 彼女はおもむろに立ち上がると、先程よりも広範囲に黒い霧を広げる。


「もう帰るのかえ?」

「ええ。これから大きな戦争が始まるの。わたし一人じゃ食べ切れないほどの魂が終わりを迎えるわ。しばらく会えないかもしれないけど、達者でね」


 闇に溶けていく彼女の背中を見つめ、大精霊は、いつか彼女が腹を空かせる日が来ることを願った。

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ヒューマノイド《夢幻の虹》 園山 ルベン @Red7Fox

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