夢の空

「なんかじろじろ見られてる……」

「多分、お前の服装だろうな」


 この世界に来て分かったことがある。

 服装に関しては中世くらいの文化で、露出を嫌う。

 聖王都は暖かいし、俺の感覚としてはもう少し薄着でもいいと思うのだが、街行く人は基本長袖。


 セオドアも上品な刺繍の施された上着を着ているし、パステルはメイド服を思わせる格好。露出なんて最低限。


 そこをなんと、俺の横にいる女は、ショートパンツと腹を出すTシャツで街中をうろうろしているのだ。


「人が集まってきましたね。移動したほうがいいかもしれません」


 セオドアの提案に乗ることにし、とりあえず彼に合わせて歩き出す。


「ところで、これからどうしようかと迷っていたところなんだ。瑞穂には帰りたい。だがここが地理的にどこかも分かっていないんだ」


 人混みをかき分けながら、とにかく歩みを進める。

 水晶の樹の反対側、つまりドームの外側に向かって進んでいる。


「どうやってここに?」

「それなんだが、気がついたらここにいた」


 光る水晶の道を進んでいく中、セオドアは後ろを振り向きつつ歩調を合わせながら、相談に乗ってくれる。


「何にしても、聖王都から出ないと。別の大陸に行きたければベルメール帝国の帝都に行かないと船がないですし」


 多分、そのルートじゃ帰れないな。宇宙船を超える何かがないと。


 その時、鉄のこすれるガシャガシャとした音が後ろから聞こえてきた。


「ねえ、セオ……」


 パステルの不安そうな声に、俺たちが振り向くと、これまた中世の騎士のような奴ら3人。いや、「騎士のような」じゃなくて、「騎士」そのものなんだろうな。


「いたぞ!! 下着姿でうろつく不審者め!!」

「えっ、誰が!?」

「多分お前だ、ダン!」


 こういう時代の下着って、コルセットとかだよな。ダンの格好はそれよりも露出があるということになる。

 俺たちがまだ状況を飲み込めていないのに、騎士たちが全力で迫ってくる。


 ダンを差し出せば俺は助かる気がするが、そんなことができる訳もなく、皆で走り出す。


「なあセオドア、あいつらに民族衣装だって説得できないのか?」

「最近のあの騎士団は事件続きでピリピリしているんです。話は聞いてくれないだろうし、捕まったら一週間は留置されます」

「面倒な奴らだな!」


 門が見えてきた。もう少しで逃げられそうだが、あいつら鎧を着ている癖に足が速い。それとも俺が遅いのか?


 パステルがだんだん遅れてきた。俺も息が上がり、きつくなってきた。


 もうパステルが騎士に捕まりそうになるかという時、セオドアが急にペースを落としたかと思うと、パステルを抱き上げて、


 ……は?


「早く僕に捕まってください!」


 考える間もなく、セオの差し出した手に掴まる。

 ダンも俺に抱きつく形で掴まったのだが、何故か重くない。


 いつもの感じなら、多分二人分の体重を支える握力が俺になく、落ちるところだと思う。でも、重力を感じることなく、宙を滑るように飛んでいる。


 門を抜けると、一気に高度を上げ、騎士たちから逃げ切った。


「なあ、セオドア」

「はい」

「俺たち、どうやって飛んでるんだ?」


 セオドアは、姿勢が崩れそうになっているパステルを抱き直すと、少し困ったような、いたずらっぽいような顔を見せる。


「僕、風の精霊の加護を受けているんです」

「精霊?」


 俺が聞き直すと、パステルが補足するように説明してくれた。


「風の精霊の加護は珍しいですもの、驚きますよね。六大精霊の一人ですし――。あ、ご存知でしょうけれど、精霊というのは、この世界を形作る自然現象が具現化して、意思を持ったものです」


 ついに精霊とか神とかミステリアスな話が出てきた。もう何でも起きてしまえ。


「セオ、精霊の誰かに、ダンさんたちが帰る方法を聞けないかな?」

「大精霊様なら、何か事情を知ってるかも」


 あ、もっと上位の存在がいるのね。


「でもどうしよう。今は、あの子の協力は得られないよ」


 パステルが解決策を考えてくれている中、俺に抱きついているダンがなんかもぞもぞしている。


「何している?」

「レオ君の匂いを堪能してるの……」


 背筋が凍るようだ。

 パーカーの中でダンの手がさわさわと……。


「お前! 降りろ! 降りろ!」


 上空でセクハラ行為を働く奴に抱きつかれているなんて耐えられない!

 ダンを引き剥がしてやる!


「ちょっとレオナルドさん、暴れないで! こんなところから落ちたら……!」


 もう、ダンの手を引き剥がすだけでも精一杯だ。両手でもダンの腕を外すのは困難だ。


「レオナルドさん!」

「ダンさん!」


 二人の悲鳴のような呼びかけに気づいた時にはもう遅く。

 俺はセオの手を放していて、どんどん高度を下げていた。


 ダンと俺は、冷たい風が打ちつける中、猛烈に近づいてくる地面に悲鳴をあげる。

 もう藁にもすがる思いなのか、二人で抱き合いながら、こうして最後の時を――。




*.゜。:+*.゜。:+*.゜。:+*.゜




 俺は何故かダンと額をぶつけ合い互いに悶えていた。


「急に飛び起きないでよ!」

「なんでお前の顔が目の前にあるんだよ!」


 頭ががんがんするのもそうだが、心臓もばくばくだ。

 俺たち、上空から落ちて……。あれ?


 額の痛みが引いてきた頃、周りを見渡す。


 ――。

 よく知っている部屋だ。


 散らかったデスクに、もう3台になる本棚。

 俺が寝ているベッドの横、コーナーテーブルには、誰が置いたのか(多分ダンだが)、鍋が置いてある。


 額をさするダンは、俺の顔をまた覗き込み、心配そうな表情を見せる。


「うなされていたけど、大丈夫?」


 なるほど。俺は異世界に転移したとかではなく、ただ夢を見ていたのか。


「ねえ、セオドアとかパステルって誰?」

「そうだな。空と虹、みたいな子たち?」


 思わず咳き込む。


 ダンが俺の額に手を当てながら、「熱が上がってきたかも」とか呟いている。


「熱冷まし、もっと持ってくるね。それとこの本、枕元にあったけど、どこにしまえばいい?」




色のない虹は透明な空を彩る

〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜


矢口愛留

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