第9話 真っ当な奇襲
「まっ、待て! 俺は実は別世界からきた人間で、だから生まれた時の記憶もあるし色々と魔人とは違くて……」
そこまで言ったところで、音の響きのむなしさに気づいた。そして下の段に掛けて下がっていた足の高さが左右並んでいることにも気づいた。階段が終わっている。
「……誰もいないのか?」
返事は無い。まずいな、かなりまずい。とりあえず明かりを出さなきゃならん。魔法使えないのか俺って。
「なんて言ってたっけ……『
手をそれっぽく前に出してみたが、反応は無い。
「ルミナス! ルーモス! ルーモス・マキシマ!」
光の玉は一向に現れない。
「『
遊んでる場合じゃないな。だんだん目は慣れてきたが、まだ心もとない。明らかに俺たちは分断されている。さっきは協力プレイで何とかなったが、早く合流しないと彼女たちが危ない。
周りに見てくれている女の子はいないが、ピンチを助けた時の『褒め』を思うと力は湧いてくる。やってやるぜ。
「……ん?」
遠くの方からぼっ、ぼっ、ぼっと規則的な音がした。その音の方を見ると、かすかな火が揺らめいていた。それが一つ、また一つと見えてきた。
俺の方に向かって、燭台の灯が点ってきている。幻想的な演出だ。やはり光というのは心を落ち着かせる。
ホラー演出のように明滅とともに徐々に迫ってくる先程のスライムの姿が見えなければの話だが。
「くそっ!」
さっきは何とか三人だから対処できたが、一人で何とかできる保証は無い。そして首なし片腕剣士は思った以上に本能に語りかけてくる怖さがあった。
一目散に駆け出した自分の足を呪いながら、ダンジョン内を駆け巡る。
「どうするどうする……思ったよりのろいが……」
追いつかれる程では無いが、振り切れるほどではない。この道も、どこまで走っても終わりがないような気がしてきた。まずは合流しないことには始まらない。
効果があるかどうかは分からないが、とにかく祈ることにした。
「ぅおおーー! アミシア、ブール、俺だァあああ」
すると、効果はすぐに現れた。まるで鏡合わせのようにこちらに走ってくる姿が見えた。
ブールだ。後ろに剣スライムを引き連れているところまで一緒だった。何もそこまで一緒じゃなくても。
「み、見つけた……っ」
「ナイスだブール!」
俺はバットを振りかぶった。
「2発くれ!」
俺の意図を汲んだブールは、杖を構える。
「『
発射されたユルいスピードの二つの火球目掛けて俺はバットを二度振り抜いた。火球はそれぞれ追いかけてきていた天使の腹部に命中し、ややあって強烈な閃光と熱と音とともに弾けた。
「はぁ…………助かりました。あまり、走り慣れてないので」
「いや、俺もブールがいなければ、危うかった」
すぐに歩きだす気にもならず、俺たちは一旦その場で休憩する。アミシアのことは気がかりだが、俺たちほど苦戦はしないだろう。まずは息を整えなくては。
「こんな簡単に分断されちまうものなんだな」
「警戒はしていたのですが、無理でしたね」
ブールは杖を軽く傾けた。すると、杖の先端から青い光が発され小さな水の塊になった。そしてふよふよと俺の口の前まで来る。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
宇宙飛行士がこんな感じで無重力を説明していたな、なんて思いつつ口に含んだ。なんとなく軟水な気がした。走った後だから、はちゃめちゃに美味い。
「便利だよな魔法って。俺も使ってみたい」
「洗礼、受けたことあるんですか?」
「洗礼?」
聞き慣れた単語ゆえにまた素で聞き返してしまった。ブールが少し訝しげな表情をする。しまった、確定では無いが俺はこの子に疑われているんだった。
「洗礼は、神との契約です。魔法を使うために、適正な人物かどうか神が見極めるのです」
「ふむ……歩きながら話してもいいか?」
アミシアとの再会を願いつつ、ブールの話を聞く。
「まず、魔性の話をしなくてはなりません」
「まだあったのか、魔単語」
「マタンゴ?」
「ああいや、こっちの方言。魔性って……性的魅力のことか?」
「いえ、繰り返された欲望の形です。外界に影響を及ぼす力として発生することがあります。アミシアさんの宝箱は、多分そうだと思います」
「あれが? 便利な道具かと思ってた」
「……アミシアさんは『蒐集家』の異名があります。冒険で得た物を全て自分の物として所有したい、そういう欲望があるのでしょう」
ほぼ同じことをアミシアが俺に言っていた。そうか、この世界の基準からしても彼女はなかなかヤバい側の人間ということか。
「そういう強い願いは、他人の願いを寄せ付けない。だからこのダンジョンでも使えているのでしょう」
「ああ、願いの力が使えないんだったか、ここは」
「ほとんどは。そして、誰しも彼女のように強烈な願いを持っているわけではありません。願いの力の大小が全てのこの世界で、そういう人達は虐げられてきました」
上昇志向、その単語が俺の頭に急に浮かんでいた。俺たちの社会では能力の有無で決まっていた格差が、ここでは気力で決まっていたということか。
強く強く望んだ者だけが、得をする。
「そこである女神が均衡を保つために作ったのか魔法です。強い願いの力が無くとも、自らを守れるための力です」
「それで俺には魔法が使えないのか」
「アミシアさんも使えないと思います」
思ったより魔法というのは複雑な事情があるようだった。
「早く合流しないとな……」
「その前に、いいですか」
「はァっ、はい!」
思いのほか動揺を包み隠せず、さらに動揺した。ついに俺が魔人なのではないかという話が出てくる気がしたからだ。だが、ブールは俺の動揺が不可解そうな様子だった。
「……その、アミシアさんには気をつけた方がいいと思います」
「へ?」
「アミシアさんのような冒険好きは、危険なんです」
「と、いうと?」
「冒険好きの冒険者は、自分の限界を超えた難易度のダンジョンを望みます。大抵の冒険者は限界に達すると望む力も弱まるのですが、アミシアさんはおそらく限界を超えても求めるタイプです。そしてその高難易度ダンジョンで手に入れた道具を自在に使う魔性を持つ……ほとんどの冒険者は、彼女についていけません」
アミシアが一緒に冒険する者を募った時、最初は誰もいなかった。域内発生のダンジョンにビビったというのもあるのだろうが、そうか、ついていけないのか。
ダンジョンは人の冒険を願う心が作り出す。だとすれば、その心が際限なく増大した場合、どんなダンジョンができてしまうのだろう。
「……そういえば、なんでブールは」
「あっ、いたいた〜!」
アミシアの声がした。ブールの話を聞いた後だと爽やかな笑顔にやや狂気を感じないでもない。可愛いけども。
「さっきのスライム見なかった? 大丈夫だった?」
「咄嗟の機転を利かせて俺が二体同時に撃破したぜ」
「え〜すごい!」
「そっちは? 遭遇したってことか?」
「うん。こっちだよ」
アミシアは俺の手を引いてダンジョンの角を曲がった。おお、女の子に手を引かれるのもなかなか悪くない。
「10体ぐらいいたけど、何とか倒せたよ〜」
曲がり角の先には、手足や剣がぐちゃぐちゃになった銀色の水溜まりのようなものができていた。ある意味、グロテスクな光景だった。
「さっきの奴の劣化版って感じだったね。狭い通路だから火が使えてよかった」
「す、すごいな」
「あはは、ここからだよ。ほら、下に落ちてる」
アミシアが指差した先には、先程の教会のような排水溝があった。銀色の液体はそこに流れ込んでいる。あんまり倒した感が得られない敵だ。
ただただこちらの手の内だけ晒しているような……。
「なあ、アミシア」
「ん?」
「このダンジョン、どういうところだと思う?」
「賢いと思うよ、とても。私達によく適応してる」
「適応……?」
アミシアは腕を見せた。よく見ると一本赤い線が入っている。切り傷だろう。
「10体目が付けた傷。あいつら、1人倒す事に練度が上がっていったんだ。多分だけど、全部が1つで繋がっていて、学習しているんだと思う」
「こっちの動きを学んでるってことか」
「そっちは合計何人出た?」
俺とブールは顔を見合わせる。
「俺たちで合わせて2体ってとこかな。さっき言ったやつ」
「ん、2体。そうか、出現率が違うのかな……」
つい見栄を張って変な言い方をしてしまった。頑なに1体という言葉を避けちゃった。しかし、そこまでアミシアの実力は高く評価されてるってことなのだろうか。
「なあ、だとしたらまずいんじゃないか。この後その学んだ結果が来るってことだろ?」
「大丈夫。私の手数は無限だから」
アミシアは腰の宝箱をぽんと叩いた。確かに、その未来の世界のネコ型ロボット的サムシングがあれば、いくら学習されても予想外の一手は出せるだろう。
しばらく道なりに進むと、再び階段を見つけた。
「今度は腰紐で繋いでいこうか。はぐれないように」
「紐もあるのか」
アミシアは宝箱から黒い縄を取り出した。
「ちょっとやそっとじゃ切れないから大丈夫なはずだよ」
「それにしても、あの分断はなんだったのでしょうね」
「幻惑か空間遮断か……どちらにせよ、結構なリソースをあれに割いたはずだと思う。各個撃破したかったのかな」
「無事失敗に終わったがな、ガハハ」
再びアミシア、俺、ブールの順に並んだ。
紐の安心感はなかなかだ。
だが、階段に足を踏み入れた時、俺は得体の知れない何かの気配を感じた。最初に階段を降りた時よりもはっきりとした感覚。三年の生徒会選挙の時のような、強い敵意と作為だった。
……あいつ、元気にしてるのかな。
「……ん、明かり……」
「お」
見えたのは、教会。どこか雰囲気は似ているが、先程よりも何か格が違う。そこに立っているのは、スライム。最初と同じ片腕首無しの剣士だ。
アミシアは身構え、何かに気づいた。
しかし、間に合わなかった。
「あっ……」
一瞬俺の方を向き、何かをしようとする。だが間に合わないと判断した彼女は、スライムの剣を受けた。彼女の気づきを俺は、身体がぐいっと引っ張られてから気づいた。
それは、真っ当な奇襲。
俺たちは紐で結ばれていた。そこに漬け込んだ奇襲だった。
アミシアは必死で剣をいなしながら、腰の紐を切ろうとする。俺や事態を把握したブールも、それぞれの方法で紐を切ろうとした。
おそらくあと数秒時間があれば、何とかできた。
だが結果は……。
「ぐっ……う……」
俺たちの前で、アミシアが崩れ落ちた。パニックになりながらも、俺は念じる。願いの力はダンジョンでは意味が無いという前提を忘れながら、必死に願う。
切れろ……!
「トリッサ、前!」
スライムは俺に迫る。バットを振りかぶり、反射的にその剣を防ごうとする。だが剣は俺をすり抜け、後ろのブールを傷つけた。
「がっ、あ……」
腕を負傷し杖を落とし、膝を着くブール。アミシアも腕と足に重点的な攻撃を受けていた。この数秒の攻撃に、このスライムは賭けてきた。単独でスライムを倒す可能性のあるアミシア、火球などの魔法で撃破の起点となるブール。
俺は、先程の逃走で単独では何も出来ないことを見抜かれていた。
効率的に俺たちに対処してきたというわけだ。
「トリッサ逃げ……!」
「大丈夫だ、二人とも」
腰の紐はすぐには外れそうにない。逃げようとしても二人の重みで動けないだろう。元から、逃げるつもりはない。ここで何とかしてこそだ。
今までは彼女たちに助けられてばかりだった。
今こそ俺が、カッコイイとこを見せる時だ。
何も策は無い。だが、こうなった時の俺は強い。
俺は俺をそう信じている。
「来いよ、ターミネーター2の敵っぽいやつ……」
スライムは俺に切りかかる。視界の端で、ブールの杖の先端の宝石が、妖しい閃光を発した。
そして、俺は気づけば虹の中で目を覚ましていた。どこかで見たことのある虹の中で。
「はい次の方〜……げ」
特徴的なファッションの美人が、俺を訝しい目で見た。
願いの坩堝でも俺はハーレムを望む @konkonko
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。願いの坩堝でも俺はハーレムを望むの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます