第8話 存在しないアナート族
追加で喩えるならば、友人たちと会話している時に完全にズレたことを言ってしまった時のようなあの気まずさ。Toriに確認すればよかったか? いや、そもそもタブーなんて知らなかったしな……。
ばち、ぱちっと薪が火で弾けた。
「……トリッサさん、あなた何歳ですか?」
ブールが神妙な面持ちで俺に質問した。Hey、Tori、このブールの質問の意図はなんだ?
『ブール様の願いにより、この質問にお答えできません』
まあ、こうなるよな。嘘がバレる可能性もあると考えれば、ひとまずは素直に答えるしかないか。
「18歳だが」
「なるほど、生まれは?」
……これは答えられないな。前言撤回。
「極東にある集落だ。名前はない。成人になった者はこうして旅をするんだ。……ずいぶん俺は、常識外れなことを言ってしまったみたいだな?」
「いえ、そういうことであれば仕方ありません。まだお若いですし、アナート族のことを知らなくても無理はないです」
アナート族、字面からエルフやオークの顔を思い浮かべる。少なくとも人間とは離れた存在のように感じた。どんな種族だろうか……。
というかその口ぶり、ブールって何歳なんだ……? かなり幼く見えるが。
「当たり前のことですが、私たちに身分の差はありません。王や貴族はいますが、それはあくまで旧世界の名残。人間である限り、基本的には誰かが誰かを意図的に屈従されることはないはずです」
それは、かなり理想的な社会に聞こえた。俺たちの社会であってもまだ身分が低いというだけで奴隷のような扱いをされているものはいる。
「ですが、誰かを意のままにできたらと願う人がいました。一人ではなく、大勢が密かにそう祈っていました。その願いから生まれたのが、人ならざる人。願いの力を持たない人、魔人アナート族です」
魔人。
そういえばギルドで見た『魔』のつく単語の中にそれがあった気がする。人の願いによって生まれた人、それが魔人だったか。
「アナート族は奴隷として、一時期大流行しました。ある国では、一つの家に一人は、愛玩用、雑用、その他の用途でアナート族が存在していたそうです」
かつて奴隷は不便の解決のために用いられていた。風呂沸かし、炊事、掃除等、俺たちでいうところの家電のような存在だったという。この世界は、そういう不便を解決するために『何でも言うことを聞く人間』という発想になった、と。
ブールはなおも滔々と語る。もう少しおどおどしていなかったかこの子。
「ですが、違和感を抱く人はすぐ生まれます。願えば叶う世界、そもそもそこに人が介在する必要はないですから。食事をしたければ料理を願いで出せばいい。まともな思考ができればアナート族が不当で無意味な扱いを受けていることはすぐに気づきます。一人のアナート族の少女に恋をした男は、そうしてこう願いました。この子にも願いの力をと」
「おお……それでアナート族も人間になったのか」
ブールは首を横に振った。
「いいえ、アナート族は魔人になりました。そしてその国は、消えました」
物騒な単語に仰天した。
国が、消える? このダンジョンのような域内発生のように、国に少しの危害が加わるだけで大騒ぎになるというのに、消える?
「な、何が起こればそうなるんだ?」
「願いの力には個々人の願いの力とは別に、無意識の総力があります。あなたの村で子供の頃強力な願いの力を持っていた子が、徐々に力が弱まっていくことはありませんでしたか?」
「……そういえば、そんなこともあったような」
無論大嘘だ。まずいな、ボロ出てないよな……? そんな謎地元トークみたいなの予想してなかったぜ。
「平等であるというのは、人の深層意識の総意です。皆が同じであって欲しい。誰かが得をしないよう、皆が同じぐらいでいたい。もっと言うなら、『他人に抜けがけされたくない』という願い。平和を願う心と妬み、嫉みの心の合算は強大な力となって我々を取り巻いています。平等であるようにと」
良いのか悪いのか微妙なところだな。だが、人間らしいといえばらしいのだろうか。
「ところが、魔人にはその総意の力が及びませんでした。シェイプシフターの寓話は聞いた事がありますか?」
「シェイプシフター……名前は聞いた事あるぐらいだな」
これは本当。そういう魔物がここにもいるようだ。
「シェイプシフターは人に化ける魔物ですが、当然不完全ですし、根本は魔物です。ただそこから発展させて、ある男が完全なシェイプシフターに取って代わられたら? という寓話があります。匂いも、記憶も、考え方も人柄も一緒。つまり、シェイプシフターに殺されたこと自体が無かったかのようになるのです」
スワンプマン、哲学ゾンビの話だろう。そしてこの寓話を喩えに出したということは、つまり……そういうことなのか。
「そのシェイプシフターに違和感を感じるように、魔人、つまり人の願いという無から生まれた人を、人は、心の底では人とは思っていませんでした」
皆が平等でありますようにと願っていた人は、その『皆』の勘定に入れていなかった奴隷たちに『抜けがけ』された。皮肉な話だ。
「そしてその強力な願いの力を用いて、アナート族は願いました。魔人とはかくあるべしと。人の願いによってこうして生み出される人が讃えられるように。故に魔人は通常の人間より強力な願いの力を持っているのです」
「……その力で、魔人がこれ以上生まれないように願ってくれたらよかったんじゃないか? もしくは魔人も人と同じような力で生まれてくる、みたいな……」
「我々の立場からしたら、そうです。しかし彼らは、彼らがされてきたことも、得た物も一切、なかったことにはしなかった。それが彼らの誇りだったのでしょう」
全体の幸福のために、というのは確かにただの理想論だ。ひょっとすればその幸福の在り方も、ポジショントークやバイアスがあるものなのかもしれない。
「……つまり、魔人っていうのは今の時代も、生まれたらヤバいってことなんだな?」
「はい。あちら側が身分を隠すこともありますから、完全に見分けることは極めて難しいんです」
ブールのその言葉には、いくらかの経験や体験が含まれているように聞こえた。俺と同じ感覚をアミシアも感じていたようで、気さくな声でブールに尋ねる。
「ブールは魔人の調査をしてるの? クエストとかで」
「たまにやりますね。どちらかというと私は知ることが好きで、さらに言うなら結果に対して原因を遡っていく過程が好きです。このダンジョンも、なぜこのような構造なのか、どういうモチーフがあるのか、とかを誰よりも早く知りたいので……」
嘘は言っていないように見えた。だが、最初に会った時のあのオドオドした感じはどこに行ったんだ……? 戦闘後でアドレナリンが出ているのだろうか。
「……あっ、す、すみません。語り過ぎました、へへ」
と思ったら元に戻った。なるほど、自分の領域になると口早になるタイプだったか。丹羽もそういうところがあったな。ぺらぺら楽しそうに語るあいつはなかなかに可愛かった……このダンジョンが終わったら、あいつのことも探さないとな。
「じゃー語らえたし、そろそろ次の階に行こっか!」
「おう」
祭壇の下の階段を改めて覗き込む。暗闇以外は何も見えない。
「照らしますか。『
今度は光を発する玉が現れた。便利な魔法だ。道具を探して懐に手を入れていたアミシアはすぐに手を引っ込めてブールに微笑んだ。
「ありがと!」
「いえ……しかし、深いですね」
階段は少なくとも光の届く範囲では続いているようだ。最初の道を通った時のように、前衛アミシア、中衛俺、後衛ブールで進み始める。
「…………」
長い階段を、警戒しながら無言で降りていく。三人分の足音以外何も聞こえない。
俺はふと、先程のブールの話を思い返していた。魔人、人のために生まれた人。俺が思っていた以上に、様々な人間の業が渦巻いているようだった。
実際どうやって魔人と人を見分けるのだろう。魔人には自分の過去についての記憶が無いから、聞いた時に適当なことを言ってはぐらかすのだろう。
たとえば地図にない村、名前のない村の出身だ、とかか。
ん?
「……」
ブールの視線、よく気づいていなかったが、あれは俺を訝しんでいたのだろうか。客観的に見て……俺どう見ても魔人じゃないのか?
途端に背後の、ブールの足音が怖くなってきた。
ブールはなぜ、域内発生のダンジョンとかいう危険に進んで飛び込んできたのだ? あんなにアミシア以外の周りの奴らは警戒していたのに。
俺たちに、何かをするため……なのか?
冷や汗が俺の頬を伝ったその時だった。
ふっ、と明かりが消えた。
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