第7話 炎にゆらめく銀スライム
銀色の球たちは俺たちが巨大銀色天使に気を取られているうちにどこかに消えていた。天使は俺たちに向かって剣を振り下ろそうとしている。ゆっくりとした動きではあるが、その膂力は推して知るべしといったところだ。
「スライムだね、かなり上位の」
「あ、あれっスライムなのか」
奇しくも願いが叶ってしまっていたらしい。あれ、これもそういうやつ? なるほど、まあスライム……メタル、リフレクト……ゴッド……スライムだな……。
「核とかあるんですか? ああいうのって」
「どうだろう。群体型かも。どちらにせよ物理的な攻撃はあんまり効果ないね」
「では、私の活躍どころですか」
ブールが巨大な杖を構える。アミシアも剣を片手に宝箱をまさぐり、有効な道具を探しているようだ。俺には……この金杖とかいうアミシアに貰った道具だけがある。かなり物理だよなこれ。
「できる限り散らそう。形を保てなくすれば無力化できるはず」
「了解」
「ああ」
まあ……やるだけやってみますかね。やることなくて『まもる』だけやってるパーティーの奴みたいになりそうだが。
「では、『
野球ボールぐらいの球が杖から発され、銀天使に向かう。同時に銀天使の構えた剣が俺たちに向かって振り下ろされた。
俺たちは四方に飛びそれを躱す。轟音が鳴り響き、長椅子達は木っ端微塵になった。
木屑と金属の臭いがする。
「入りました」
ブールがそう言った。天使の胸の中心が赤く輝いていた。そして先程よりも激しい轟音が鳴り響く。熱気と異臭が立ち込め、煙が晴れると上半身が吹き飛んだ天使がそこにいた。
「わ、すっごい!」
「全部飛ばすつもりだったんですけどね。硬いな」
崩れた天使の形が変化していく。細い脚と、一本の腕、握られた剣。そして翼。首はなく、胴体に開かれた目がこちらを覗いている。なかなか異形という言葉が似合う風体になってきた。
俺たち三人は天使の動きを制限するように三方向から迫っていく。
「よおーし私も……」
アミシアは腰の宝箱を早撃ちガンマンのように構えた。そして天使が斬りかかるその動作の起こりに合わせて、発動した。
「幼炎!」
猛烈な炎が教会を薙ぎ払う。先ほどよりも持続的な熱波が襲ってきた。鎧でも着てたらめちゃくちゃ暑くなりそうだ。
スライムは蒸発したかに思えたが、まだ何か嫌な予感が消えていない。セオリーに従って俺は天井を見上げた。剣の切っ先が俺に迫っていた。
俺かよ。
「うおおおっ!?」
飛び退いて躱すと、天使と目が合った。目ェ充血してるやん……。
続け様に剣が俺に向かって振るわれる。一度、二度と身を捻ったがすぐに限界を感じた。金杖を構え、剣を受け止めるしかない。どう構えるのが正解だこれ。縦に、剣をどう振られてもいいように……。
キインッ! と激しい金属音が鳴る。天使の剣を受け止めたのはアミシアの剣だった。
「わーごめん! やっぱり心配だった!」
不思議な謝罪と心配を述べつつ、天使の猛攻に反撃し始めるアミシア。こうして見ると、俺と彼女の実戦力の差は歴然としている。
だがアミシアがいくら切り刻もうと、やはり天使にダメージはない。アミシアも先ほどと同じように火を放つが、天使は自在な動きで躱してしまう。
火炎は表面を焼くだけで、内部に至るスピードと爆発力が無いようだ。
「『
ブールが火球を放つが、これまた躱されてしまう。先ほどの巨体とは敏捷性が段違いだ。……これは、活躍できる場面かもしれないな。しかしどうだ、相当難易度は高いぞ……。
「ブール、それをこっちに撃ってくれ!」
「はぁ……?」
「あっ、トリッサそっちいっちゃった!」
「おいまだ心の準備がぁあああっ!」
アミシアの動きを見よう見まねで、いやほぼ勘で滅茶苦茶に金杖を動かして天使の剣をいなす。いなせてるよな? なんかザクザクいってる気もするが。
「じゃあ……『
「今ッ、ちょ今っ!」
「えっ、撃っちゃいました」
何も予定通りに行っていないが、やるしかなかった。可愛い女の子が2人も見ていて、失敗するなんてダサいことはできない。そうだろ、そうだろ俺と言い聞かせる。
天使の剣の動きに合わせて、俺も金杖を振るう。ガアンッと力強い音とともに、俺と天使は仰け反った。これパリィじゃん。
俺は金杖を構えた。そして俺と天使の間に赤赤と輝く火の玉が飛んできた。迷わず俺はそれを振り抜いた。野球ボールほどではないが、気持ちのよい音が響いた。
「……やっぱり上に飛ぶよな」
天使は反射的に天井へ飛び退くというのは先程見ていた。なので俺は上げさせてもらったぜ、キャッチャーフライをな。
「おお、入りましたね」
再び爆音が俺の頭上で鳴り響いた。キマッた……と彼女達の方を振り返ったが、その瞬間何かが俺の頭にへばりついた。ちくしょう! いいとこだったのに。
「あははは! トリッサ顔についてる〜!」
「ふっ、ふふ……」
引っぺがして床に叩きつけたものを見ると、銀色のスライムだった。ここまで小さくなったのか。
スライムは素早く器用に俺たちの間を進んでいくと、床にあった網目に姿を消した。
「ふむふむ、なるほど、下に進んでくタイプか〜」
石が擦れる重苦しい音ともに、祭壇が動いた。そこには薄暗く先の見えない、下に続く階段があった。アミシアはふとこちらを振り返り、その様を見た。
「一旦ここを拠点にして休憩しないとね」
特に俺の身体を見ている。よく見れば、俺の身体はあちこちに切り傷がついていた。……最後のあの猛攻、全然防げてなかったんだな。だんだんじんじん痛くなってきた。
「癒しの薪持ってきてるから、やろ〜。へへ、私この時間も大好きだからさ〜」
長椅子や戦いの残骸をどけると、アミシアは鞄から木を取り出し組み始めた。なるほど、下に行くにつれて強くなっていくタイプか。しっかりダンジョンしてるな。
「はい! みんな座って〜ご飯もあるよ!」
キャンプで一人だけ熟練者な時のように、鮮やかな手際でアミシアはくつろぐ空間を作り出した。薪に火をつけると暖かな光が広がっていく。
「お、痛みが……」
ピリピリと顕在化し始めていた切傷の痛みが分かりやすく和らいでいく。滲んでいた血も引き、塞がっていく。
「すごいでしょー。ふふ。携帯食もあるからね〜」
素直で誇らしげなアミシアの仕草や顔に、かなり心惹かれた。時折怖いところもあるが、基本的には純粋な子供みたいな子だ。
俺たちは車座になり、まさに冒険のワンシーンといったような構図になった。非日常に浮かれていた俺の心に懐かしい感覚が浸ってくる。なんだろう、この感じ。温かさ、いや、むしろひりつくような……。
これ初対面の人たちと何話していいか分からん飯の時だ。
「そ、そういえばさっきのこと、一旦落ち着いたし話してもいいか?」
「あー……ロミア・クラマッの魔獣ですか」
「ああ」
俺は先程あった激闘と愛憎劇を簡潔に語った。ブールは苦々しい顔でそのあらましを咀嚼している。どうやら相当ヤバかったことらしい。
「嫌ですねぇ、痴情のもつれは。魔獣の発生要因の上位なんですよ。そういう不安定な人に力があるっていうのは恐ろしいことです」
「やっぱり多いのか」
「ええまあ。体は一つしかありませんからね」
ブールのその言葉に、俺は先程浮かんだが披露せずに終わった妙案を思い出した。せっかくなので披露しておこう。
「……そういえば俺、言うか迷った案があったんだが、兄貴が二人居ればよかったんじゃねぇかなって。そう願えばよかったんじゃねーかなってさ。まあ荒唐無稽だけ……ど……」
炎が強く揺らめいた。風も吹いていないがらんどうの教会に、何かが大きく動いた気がした。俺は次に、視線に気づいた。アミシアとブールの、炎の反射した瞳に。その何とも言えない表情に。
喩えるなら、別の世界の人間を見るような目だった。
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