第6話 ダンジョン大潜入

ギルドから出る際、鎧を着た物々しい兵士たちとすれ違った。騒ぎを聞きつけたのだろう。この世界の抑止力。どれほどの戦力なのか少し興味が湧いた。肩には拳と翼を模した意匠が備えてある。


「お前たち、中で何が起きたか知っているか?」


 鋭い女性の声が俺たちを引き止めた。


「ああ……魔獣がさっきまで暴れていたが、もういない」

「……そうか」


 よほど察しがいいのか、俺のその説明でその女性は納得し2階へと上がって行った。2階では男の野太い大声とそれに張り合う程のロムナの声が聞こえた。

 彼らが良い方に向かうことを祈っていよう。


「あ、そうだトリッサ!」


 アミシアが大事なことを思い出した! という顔をした。


「あちこちで色々起きてるって話したでしょ? 見せてあげる!」


 先程までと街の印象は大きく違っていた。

 街ゆく人皆が不安そうな顔をしている。そして彼ら群衆の不安げな視線の方向が、今まで俺たちの背後、つまりギルドを向いていたのだが、進むにつれ徐々に進行方向を向き始めた。

 こっちにも何かあるってことか……。


「トリッサが来てから面白いこと沢山起きてるね〜ほら!」


 アミシアが指さした先には、街の広場があったであろう場所に深々と突き刺さった杭のようなものがあった。石畳は抉れているのではなく、盛り上がっている。つまり地中から生えてきたのだろう。


「これは……」

「ダンジョンだよ!」


 域内発生、その単語が蘇る。『街』という構造はそこに住む人々の安全と平和を願う心によって保たれている。それを打ち破り発生する障害は、すなわちヤバい。

 よく見ると杭には入口らしきところがあり、そこに何人かの冒険者がたむろしていた。その他の人々は、異様な存在を遠巻きに見守っている。


「おーい!」


 アミシアはその入口へと迷うことなく近づいていく。


「どう? 誰か入った?」

「……腰の宝箱……蒐集家か。えらい耳が早いな」


 一番ベテランの風格がある男が、アミシアを訝しげに見た。今の話しぶりからすると、アミシアは有名人のようだ。

 

「偶然だよ。で、どんな感じ」

「全く分からん。さっきアホが一人入っていったが……特に続報はない」

「あそ。今から私たち入るけど、誰か一緒に行く人はいるー? 今パーティーは二人! 私と私より強い人が一人〜」


 え、俺の事か?

 アミシアの中ではそういう位置づけになってくれたのだろうか。嬉しいことだが……周りの反応は随分渋かった。誰かが手を挙げるかどうか見合わせて、改めてアミシアの方を見て肩を竦めていた。


「うーん、残念。私たちだけで行こっか」

「そうか……」

「あの……すみません」


 寂しげな俺たちの元に、救世主の声が聞こえた。背丈より大きい杖は、一瞬巨人の使う棍棒に見えた。少女はそれに抱きつくようにして立っていた。

 特徴的な帽子の形から、俺は魔女を連想した。


「へへ……お困りのようですね。魔法使いはパーティーに必要ですよ……」

「わぁ! 仲間になってくれるの? ありがとう!」


 何やらボソボソしていて陰気を感じる子だ。バリエーションとして、非常に好ましい属性である。


「俺はトリッサ。こっちはアミシア。君は?」

「ミアンナ正統学派の魔法使い、ブールです」


 この世界で初めての魔法使い。それも中々特徴的な子だ。正統学派という単語にも興味をそそられる。邪道もあるのだろうか。そっちが気になるな、男の子だから。


「お二人は澪標は立ててありますか? 私は大丈夫ですので、いつでもいけますけど……」

「ミオツクシ……」


 分からない単語が来たので、アミシアの方をチラッと見た。


「私たちは大丈夫。行こ!」

「準備とかはいいのか? 装備とか道具とか……」

「いつだって冒険を始められるように数人分の冒険セットは用意してあるんだ〜」


 アミシアは腰の宝箱を叩いた。

 カードゲームショップで常に複数デッキ持ち歩いてる玄人みたいなノリか……? 初心者に優しくてありがたいね。


「トリッサにはこの武器が似合うと思うよ。はい」


 アミシアが宝箱からゴソゴソと取り出したのは、奇妙な金色の武器だ。細いバットを4本合体させたトロフィーのような形をしている。4本の中心に添えられたラーの翼神竜のスフィアモードみたいな球体が重心となっているようだ。


「うわ、それってひょっとして金杖ですか?」

「うん。この前ダンジョンで手に入れたんだ〜」

「ああ……ダンジョンの。でもすごいですね」


 そんなに凄いのか。うーん、強武器は苦労して手に入れたいところだが……主目的はそれではないしな。まずはこの武器で無双するか。


「では、サクッと攻略しますか……」


 アミシア先頭。俺中衛。ブール後衛にてダンジョン攻略がスタートした。最後にチラッと後ろを振り返ると、気の毒そうにこちらを見ていた。

 おそらく彼らはこの得体の知れないダンジョンの最初の犠牲者を待っていたのだろう。


「ダンジョンってさ」


 言いかけて俺は口を噤んだ。


「……緊張するよな〜」

「うん! 何が飛び出してくるか分からないこの緊張感。醍醐味だよね〜」


 アミシアは何かと親切にしてくれているが、あまりに毎度毎度この世界の常識を尋ねてしまっては格好がつかない。俺の存在がイレギュラーであることは肝に銘じておかないとな。

 今のところは、ただの薄暗い石造りの一本道だ。ちょっと嗅いだことない匂いするけど、まだ安全だと思いたい。

 この隙に俺は頭の中にToriを作成した。願いの力は万能だぜ。最近は分からないことは全部AIに訊く時代だ。


(Hey、Tori。ダンジョンって何?)

 

『ダンジョンは、人々の冒険心が形となった構造物です。中には艱難辛苦が待ち構え、あの手この手で冒険者を苦しめます。魔物、トラップなどは基本的な防御を備えており、物理的な破壊や回避のみが有効です』


 なるほど。俺たちの世界でいうところのアトラクションって感じか。日常で感じられないスリルを求めて……


「あ、罠」


 ヒュ!! と鼻先を何かが掠めた。ダンジョン内自体が薄暗いためよく見えなかったが、目をこらすと鋭い針のようだった。


「ごめんトリッサ。時間差で出るやつだったみたい」

「あ、ああ……まあ当たらなかったし、良かった」

「感知式ですね。当たらないってのは妙ですね」

「うーん……一応調べたんだけどなぁ。私の探知が効かないか」


 アミシアは地面をノックするように叩いた。


「分かるもんなのか?」

「基本はね。特に致命的なのは気配で分かる。でもこういう当たらない奴は……そうか、そういう攻め方なのかな」

「危険のないトラップってことですか。なら気にしなくても良さそうですが」

「どうかな〜。油断させようとしてるのかも」


 ダンジョンの意図みたいなものを二人は懸命に読み取ろうとしている。


(Tori、ダンジョンって製作者とかいるもんなの?)


『ダンジョンは人が願いの力を持っている前提において製作されます。願う力そのものに抵抗を持つものや、人の願いをすり抜ける罠など様々です。また、ダンジョンは人の願いを元にしているため、実在の場所を反映している場合があります』


 これが冒険者達の望んだスリルならば、高度な一人オセロって感じだろうか。常に自分の考えうる最悪が襲ってくる……それってヤバくね?


「まあここは入口ですから……おそらくこちらの実力を測っているのでしょう。とりあえず解除しちゃいますね」


 ブールが何やらブツブツと詠唱し始めた。ボコボコと地面から濁った液体が湧き上がる。初の魔法か。


「行け〜」


 半透明の液体たちは人間の形を取り、道の幅を埋めた。

 そして集団行動のように統率の取れた動きで道の奥まで直進し始める。彼らに即座に矢やら槍やらが襲いかかるが、ぷるんとした身体は滑らかに通り抜けていく。

 

「お、そういうこともできるんだ。魔法便利だね」

「ここは魔法が使いやすいですね」

「でも魔法って魔法使いじゃないと使えないのか?」

「えっ?」


 あっ。やべ、思いついたことをそのまま口に出しちまった。Toriに聞けばよかったのに……。


「あ、ごめん。俺魔法よく分かんなくてさ。ダンジョン入るのもこれが初めてだし」

「ふむ、そうだったんですか。蒐集家さんといらっしゃるから習熟してらっしゃるのかと」

「トリッサとはさっきギルドで出会ったんだ。何も知らない田舎の人って感じだけどすっごく強いんだよ! ロミアの魔獣も倒してたし」


 アミシアの言葉にブールは顔を顰めた。俺も顔を顰めた。ブールからすれば、ロミアの魔獣という単語は随分意外なのだろう。俺はアミシアのぎこちない雰囲気をようやく察した。

 何かしら俺には、誤魔化されなければならない事情があるんだな? アミシアと俺はさっきギルドで出会ったばかりという設定……照れ隠しだろうか。


「すごく気になる話ですが……まずは落ち着くところを探してからにしましょう」

「そ、そうだな」

「まあ見つけられればですが……うへぇ」


 罠をくぐり抜け終えた俺たちの前に巨大な扉が立ちはだかる。ここが正真正銘、ダンジョンの入口か。何だか分からない臭いが漂っている。実家の裏山の臭いが一番近いか……?


「うわーっ! ここまでのダンジョンほんと久しぶり! ワクワクしてきたぁ」

「死にたくないので誰か開けてくれると助かるんですが」

「うん! 開けるね〜」


 アミシアが両手で力強く扉を押すと、扉がゆっくりと開き始めた。寒色系の光が漏れ、奥の景色が見えてくる。


「あ、思ったよりヤバいなここ」


 アミシアの小さな呟きがボソッと聞こえた。怖すぎる。

 薄暗い部屋が続いているのを想像した俺は、激しく面食らった。荘厳な教会というのが正しいか、梁や柱、壁の至る所まで不気味な紋様が刻まれている。

 床にはところどころ金属製の網目のようなものがあった。排水溝みたいだ。


「ふむ……気になりますね。どこのモチーフだろう」

「デーダ教じゃない? たまに見るんだ、あそこのダンジョン」


 宗教の名前だろうか。アミシアは周りを見ながら警戒しているようだった。まだ会って数時間だが、初めて見せる表情をしている。獰猛で、かつ高揚した彼女の愉しみ。

 美しい灰色のステンドグラスから刺した光が彼女を神々しく照らしている。


「こういうとこは強いよ。魔物がね……ん」


 並ぶ長椅子にいつの間にか、奇妙な物体が整列していた。銀色の球体に、細長い針金の足のようなものが生えている。目も口も無いが、ステンドグラスの方を向いている気配がある。


「何だこのスナノケガワみたいな……うぉ」


 にゅ、とさらに細長い針金が二本生えてくる。顔? の前でくにっとカニのようなポーズをとった。何かを持っている? 本か、紙か、大きな賞状のような……。

 その時、大体50体くらいのその奇妙な銀色の生き物の、全てにカパッと口が開いた。普通にビビった。


「アアアア♪アアアアアアアアア♬アア♩」


 なるほど、聖歌か。

 俺たちは臨戦態勢を取る。パキパキと氷の張った湖面を歩く時のような音がする。灰色のステンドグラスが波打っていた。


「緬天使再誕か……最悪……」


 俺の後ろでブールが呟くのが聞こえた。

 ステンドグラスに描かれていた美しい天使が、重油のように輝く液体を滴らせながら、こちらに飛び出してきた。美しい姿に思わず見蕩れそうになるが、あの神々しい剣は俺たちに振り下ろされるのだろう。

 なんか、最初はスライムとか普通の敵と戦いたいんだがなぁ……ヤバいのとしか戦ってないぞ俺。


「あっははは! なんて歓迎! すっごぉい!」


 アミシアが楽しそうでなにより。俺もワクワクはしている。死ななければいいんだが……ダンジョンだと死ぬとかないよなこの世界。Hey、Tori?


『ダンジョンでの死亡例は多数報告されています。死の危険は冒険心をくすぐる最高のスパイスです。ダンジョンでは願いの力はその『冒険を求める願い』により、効力をなさないことがあります。『生きたい』という願いも』


 ヒィ!


「……思ったより、ヤバいですね」


 俺の後ろでそう呟いたのは、ブールだった。その視線は巨大な銀色の天使ではなくアミシアに向いていた、気がした。

 


 

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