第5話 お前もハーレムを作らないか?

「台無し台無し台無し……」


 ロミアがそう繰り返すリズムに合わせて、なるほど、なるほど……と俺の頭の中で言葉が反芻される。

 そういえば、魔獣……アミシアが言っていた。人間の願いが獣の形を取った生き物。よく見りゃどっちも槍使いだ。

 腹に開いた穴からは、明らかに腸がコンニチワしていた。思ったよりもちゃんとピンク……血もすごい。見てるだけで気を失いそうなグロ映像だ。


「痛ってぇ……」

 

 おい、こういう時はアドレナリンで痛みを感じないもんじゃないのかよ。全然痛いじゃねぇか。

 治れ、治れ、治れ……。

 治らねぇ。

 痛くなくなれ、痛くなくなれ、痛くなくなれ……。

 痛え。

 つまり、なるほど、治らず痛くなれと、俺以上に願われているわけだ。

 参ったな。


「ろっ、ロミア……やめてくれ!」

「ロミアちゃん、なんでっ……!」

「…………」


 二人の願いはあえなく空を切る。ロミアは止まることなく後ずさった俺へと歩を進める。

 

「これでもう、台無し。はぁ……上手くいきそうだったのに。魔獣に怪我させられて、ずっとお世話されて……さ……ふっ、何言ってるの私……」


 ロミア以外の彼らは戦慄していた。魔獣を腹から覗かせるロミアは相当におぞましく見えた。魔獣を産むということ、それがどのように恐ろしいことか、知っているのだろう。


「ぜーんぶ、腹が立つわ」


 ロミアの目からは涙が流れていた。

 泣いているというより、溢れているといった具合だ。

 

「こんな弱っちぃのが兄様なのも。こんな弱っちぃ兄様のことが、好きな私も。兄様がマイノーと結婚しちゃうのも。マイノーのこと嫌いになれないのもさぁ……」


 苦しみはこの世界にあるのだろうかと考えていたが、当然存在するようだった。

 それはもっとも分かりやすい形で、俺の前に現れた。大切な人の願いを邪魔することはできない。かといって諦めることはできない。自分ができることは何も無い。

 世に溢れた不幸の原型だ。

 

「もう、考えるのも疲れちゃった。最後にあんたで発散させてくれる? そしたらもう何も考えないように、ムカゴになるから」

「…………」


 俺は立ち上がり、彼女を見据えた。再び2体になった魔獣は息を荒らげてこちらを睨んでいる。何が正解だ? この場合。時間でも戻そうか。戻すなとは願われていないだろう。

 

 …………何も、起きないな。


「逃げないでよ、そこから」


 彼女がそう言うと、途端に身体が動かしにくくなった。文字通り縛り付けられているといった感覚だ。


「やっぱり何も備えてないのね。じゃあ……邪魔した罰、受けてもらうから」


 三本の槍が、俺を貫こうと迫る。

 この世界において俺はあまりにも素人すぎる。俺が考えつくような打開策のメタは、既に相手が行っている。下手な搦手を使っても意味が無いだろう。ならば俺が願うことはただ一つ。

 それだけを願ってここに来たのだ。


「!」


 二本の槍は両手に携えた剣で、もう一本の槍は腰の宝箱から出た謎の尻尾によって止められていた。

 いや、本当に……トイレ中じゃなくてよかった。


「ごめんね、トリッサ。あちこちで色々起きててさ」

「ああ」


 アミシアは余裕のある笑みを浮かべた。突然の増援に、ロミアは警戒して距離を取った。


「でも、もう大丈夫だ。来てくれたから」

「……! 傷が……」


 立ち上がった俺を見てロミアは忌々しげに呟いた。

 ロミアから受けた刺傷は、再び念じれば綺麗に塞がった。みっともない姿はアミシアに見せたくない。それだけで彼女の願いを打ち破るには十分だったようだ。


「手伝うよ? あの子、かなり強いし」

「いや……見ててくれ」

「ん、分かった」


 何にせよ、まずは彼女に落ち着いてもらうしかない。話はそれからだ。


「……うざっ。ウザすぎ……何よアンタら……仲良さそうに……」


 ロミアの声がどす黒く濁る。いや、アミシアとはさっき会ったばっかりだが……さて、アミシアの言う通り彼女はかなり強そうだ。どこまで対応できるかな。

 今度は槍を正面から受けず、すぐさま側面に回り込んだ。6つの目が俺の動きを追う。魔獣達はロミアをかばうように立ち回るが、俺からすれば本命はお前らだ。


「ちっ! ちょこまかと……」

「俺は君を、殴ってでも止める」

「!」


 ホームランを打った時と同じ要領で、武器を振りかぶる。ただし今度は俺ではなく、あっちが移動する番だ。俺が行くんじゃない。お前らが目の前に来い。

 と願う。


「!」


 魔獣の腹を撃ち抜く。ドォン!と轟音が鳴り、打たれた魔獣は弾丸となってもう一体の魔獣に発射され、2匹は揃って壁に打ち付けられた。

 軽い言葉でのフェイントだったが、効果があった。この世界の戦いの正攻法が少し見えてきた。

 スピード感と緩急がポイントだな……。

 

「……ふん。雑魚を片付けて調子に乗らないで」


 さて、この戦いだがすでにオチは決まっている。彼女はもう落ち着きかけている。そして彼女はオチを考えていない。最初の狙い……魔獣による自傷が失敗した時点で、彼女はもう目的を果たせない。

 彼女の愛はバレてしまった。

 この戦いはただの憂さ晴らしだ。


「では、君の力を見せてもらうかな」

「うっざいな……あんたみたいなキザ男は大嫌い!」


 槍の動きは正直怖すぎるが、怒り任せで狙いは単調だ。ランサーの弱みはfateで学んでいるのでガンガン距離を詰めていく。


「く、うっ……」


 彼女自身、この状況をどうしたらいいのかわかっていない。恐らく本来の実力は優れているのだろうが、動きに迷いしかない彼女ならば制することが出来る。

 頬を掠めた最後の一突きを掴み、彼女を止めた。

 彼女の目を見る。目尻が赤く腫れている。


「……何よ、叩きのめしなさいよ、私を。そうしたら皆、少しは安心してくれるでしょ」

「……願えばいいんじゃないか? 君の言う皆の安心を」

「あんた、女の子に嫌われるタイプ?」

「冗談だよ。ちなみに嫌われるタイプ」


 周囲に目を向ける。ようやくグーステンやロムナは回復し始めていた。ギルドの外のざわめきも大きくなってきている。アミシアは、俺がこの状況をどう解決するのか見ている。

 ならば語るしかあるまい。


「君達、ハーレムって知ってるか?」

「は? 何それ」


 場には変な空気が流れる。

 

「鈍感な俺でも分かる。君達はこのままだと不幸だ。ロミアは何かしら罪に問われたりするのかな? そして残された君達も、ロミアの悲しみや憎しみを背負いながら結婚生活を送る、そうだろう?」

「……まあ、そんなところよ」


 もうロミアは暴れる気配は無さそうだったので俺はキーマンであるロムナの元へと駆け寄る。


「なら二人と結婚すればいい! そうだろ兄ロムナ!」


 こんな時に何を言っているんだという気配が一斉に全員から発せられる。舞台に上がった時のような羞恥が襲ってくるが、負けずに演説する。あの時のように。


「そっ、そんな、不誠実なことあるか……! マイノーにもロミアにも失礼だろう!」

「妹の気持ちに気づけなくて何が不誠実だ! なあ、この世界なら全ては気持ちの問題なんだろ? 二人から愛されたら二人分の愛を持つように夢見る! 二人から独占され、愛されてみせろよ! 愛されたら愛された分でっけぇ男にならねぇとどうしようもないんだろ!」


 これが正しいか正しくないかは分からない。どちらかと言うと正しくない寄りだろう。だが今は情熱で押し通す。

 ふと、二人分という単語からそもそもロムナが二人になればいいのでは? という発想が浮かんだ。だがどこかからの声が、その考えをスルーしろと叫んでいた。


「ぼ、僕が……」

「俺はハーレムを夢見ている。そのぶんでっけぇ男になるつもりだ。泣いている女の子は一人でも少ない方がいい。お前も死力を尽くせよ、モテ男。でっかくなれ」


 俺は踵を返してその場を後にすることにした。もしこの考えが彼らに受け入れられたなら万々歳。そしてこの世界の彼らからしても意味不明な考えだったとしたなら、なんか声のデカいアホが演説して帰ってった……となるだろう。それはそれで、状況の悲劇性は崩れる。


「トリッサ」


 俺の後にアミシアが続く。


「……とりあえず、俺が言えるのはそんなとこかな。あの状況だと」

「ふふ、面白かったよ」


 ぎくり、と少し冷や汗がたれる。あのハーレム演説はこっそりアミシアにも言っていた。かなりハーレムというものに拒否感がありそうだったので、遠回しに……。

 しかし、また面白いと言われてしまったが、その声色は先程よりかは柔らかくなっているような気がした。


「本気なんだね、トリッサは」

「……ああ、いつだって本気さ」


 嘘である。俺が本気になれるのは、女の子に見られている時だけだ。

  

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