第4話 魔魔魔魔魔魔獣
俺はどうしようもない奴だった。
兎にも角にも頑張るってことが苦手で、いつも周りをがっかりさせてばかりだった。
頑張っていると、どうして俺はこんなことを? なんの為に? と頭がうるさくなって手が止まってしまう。
夢を叶えるため。
叶えてどうする? 安定した暮らし? 安定した暮らしを得て死ぬ事が目的なのか?
夢を叶えること自体が素晴らしい。
叶わなかったら? 挫折することの方が多いじゃないか。そして、俺が叶った時には必ず、叶わなかった人がいる。
夢を追うことが素晴らしい。
追っているっていうより、ただ目の前のタスクをこなして忘我にひたっているだけなのでは? 中心の虚無から目を逸らして。
それを周りに言っても、結果が出なかった時の予防線だとか、ただのめんどくさがり屋だとかと諭される。そうなのかもしれない、言い訳をしているのかもしれない。何にせよ、いつも有り余る不満感がガキの俺を満たしていた。
今思えば、単純に俺に合った夢や生き方を見つけられていなかっただけだったのだろう。
「へぇ、鳥砂試合出るんだ。頑張ってね」
中学の時、クラスの同級生の女の子からそう言われた。
相手にすれば気軽で何気ない、ただの言葉。それが俺に無限の力を与えた。
「えっ、あホームラン? 沢山打ったんだ。すごいね……」
すごいね。その言葉が俺の報酬系に無限の快楽を与えさせた。女の子の言葉は魔法のように俺の胸に溶け込む。
その時俺は気づいた。俺は頑張れる。
女の子のためならいくらでも頑張れる。
――――――――――――――――――
「おいっ……何なんだよお前、急にやる気なくしやがって」
グーステンは未だ俺の変わりように困惑しているようだった。どちらかというとこれが本来の俺だった。奇跡的にアミシアが居たからなんとかなっていたが。
「……アミシア」
「あ? お前と一緒にいた女のことか? さっきどっか行くってお前に言ってただろ」
「ほ、本当か!?」
なんてことだ、勝負事に辟易としていた時に聞き逃してしまっていたのか。
「まさかお前、そいつに見てもらえなくてやる気失くしたのか?」
「ん、そうだが……」
「ガキかよ……なんだこいつ」
グーステンは捨て台詞を残し、俺のいた席を離れた。しばし俺という異物で騒然としていたギルドは、またすぐに活気を取り戻した。
どこへ行ったのか聞いておけばよかったな……だがグーステンには嫌われてしまっただろうし、どうするか。
「いっでぇ!」
再び大きなざわめきがグーステンの方で聞こえ、俺はそちらを見た。先程敗北を免れたグーステンが、今度は俺のように倒れ伏していた。
最初にグーステンに敗れたロムナという男は、ばつが悪そうな笑顔を浮かべていた。
「ロミア……やりすぎじゃないか」
「兄様が弱っちぃのが悪いのよ。あなたもクラマッ家の一員で、私の兄なんだから」
その少女の存在感には、確かに質量があった。願いや人の思いが現実となるこの世界において、一定の強者はやはり滲み出す異質感があるようだ。
ロミア・クラマッ。さっきのランキングに名を連ねていた冒険者だ。何位までかは正確には覚えていないが、上の方だった。
「あ、ロミアちゃん!」
書類を抱えた女性がロミアに話しかけた。先程から掲示板に紙や板を貼ったり剥がしたりしている人だ。おそらくギルドの従業員だろう。
「マイノー、何か依頼はあった? 私がやるのに相応しい依頼」
「まだ、連絡はないかな〜。二、三等級クエストなら沢山あるよ!」
「あらそう、じゃあそこのグーステンに全部押し付けといて」
「おいっ!」
彼女たちは知り合いのようだ。和気藹々とした雰囲気に、いつの間にか張り倒されたグーステンも混ざっている。地元の仲間たち、という感じなのだろうか。名前が聞こえてしまったせいで、彼らのことが妙に気になる。
本当に、彼らは願いを叶えられる世界の住民なのだろうか。それにしては随分平凡で、調和が取れているように見えた。あの中の誰かがこの場の全員の死を願えば、それは実現されるのだろうか。
いや、死にたくないという願いがそれを防ぎ得るか。
そんな感じの膠着で、この世界は成り立っているのかもしれない。意外と俺の世界とそんなに変わらないのだろうか。
「あ、大ギルドから連絡だ。ちょっと行ってくるね」
「ああ……行ってらっしゃい」
「えへへ、うん!」
マイノーを見送るロムナ。二人は親しげだ。
「……おい! イチャイチャすんな昼間っから」
「ええっ……いや、僕はそんなつもりは」
グーステンの口ぶりは、やっかんでいるようにも聞こえた。ひょっとすると、二人は恋仲なのだろうか。
恋仲……。
しかし本当に、アミシアはどこに行ったのだろう。困った困った……いや、待てよ。
こんな時こそ願えばいいのか。今の萎れた俺にどれほど願う力が残されているかは分からないが、やるだけやってみよう。
彼女の顔を思い浮かべる。それが今、この場にやってくるように……。
ガタッ、と大きな音がどこかから聞こえた。
「ん?」
音は、ギルドの奥の扉からだった。扉の上にあるマークからはトイレの意味が読み取れた。まずい、アミシアが今トイレに行ってたとしたらその状態のままここに召喚されちまうのか!?
急いでそのことについて考えるのをやめた。
その瞬間、ダンダンと階段を駆け上がる音が聞こえた。
な、なんかやっちゃったか……?
「たっ、大変ですっ!」
声を発したのは、先程この階を離れたマイノーというギルド職員だった。焦っていた。しかも顔を真っ青にしている。この世界でこんなことがあるのか。他の人達も、彼女の焦り様に驚いているようだった。
「何事?」
「今、大ギルドから通達が入りました……すぐに皆さん、警戒してください。域内発生です!」
域内発生。その言葉にギルドいた人間全てがどよめいた。域内で発生。主語がないからいまいち深刻さは理解できないが、俺もとりあえず立ち上がった。
「どれだ? 何が出た!」
「まだ……でも、複数です! しかも1つはここです! 今!」
ほとんどの人はそれを聞いた途端に1階への階段に殺到した。混乱の度合いが酷く少し動悸がする。状況を把握するため、まだ残って警戒しているグーステン達に俺は近づいた。
「域内発生ってなんだ?」
「お前っ、それも知らねぇのかよ! 魔物か魔獣か、何かがこのエンデで発生したってことだ!」
「それってそんなヤバいのか?」
「誰も、そんなこと望んじゃねぇだろ!」
なるほど、納得した。
普通は、域内、つまり人の居住し生活する区域には魔物などの危険なものは発生しないのだろう。そんなことが日常的にあったら、おちおち暮らせやしない。
つまり域内に発生する何かは、ここに暮らし生きる全ての人達の願いを踏み越えた者。
全員に『腕相撲』で勝った者。
ドン。
先程トイレからした音が強くなる。
あそこに何かが、いる。
「やる気がある奴は構えて。ここで迎撃する」
ロミアは背に抱えた黄金の槍を構えた。背丈はただの女の子なのに、槍を持った彼女はあまりに大きく見えた。
ミシ、ミシと木製のドアにゆっくりと穴が開いていく。限界に達すると、金具が悲鳴を上げて弾け、扉が倒れた。『それ』がゆっくりと首をもたげ、這い出てくる。
「見た事ない姿……魔物じゃない。魔獣だ」
巨大な目玉とたてがみ、多関節の腕と、鍾乳石のような鋭い蹄。馬とタツノオトシゴを混ぜたような怪物が俺達を見ていた。
「来る」
閃光と甲高い金属音。ギルド内のあらぬ方向に魔獣の蹄は突き刺さり、埃が舞っていた。
俺もなんとか目で追えた。魔獣が自らの腕を発射し、鋭い蹄がマイノーに向かって突き刺さろうとした。その切っ先に自らの槍を合わせ、いなしたのだ。
「こいつ、強いわ。皆は逃げて」
「舐めんな! 俺もやる」
「妹にだけ、任せてはおけないよ……」
グーステンとロムナがロミナへ並んだ。マイノーは自分が守られたことまでは気づいてないようだったが、力にはなれないと判断したのか1階の食堂への階段へじりじりと歩を進めた。
「マイっ……逃げててくれっ」
「はいっ……」
熊と対峙した人のように、背を向けず静かに素早くマイノーは移動していく。魔獣はマイノーとロミア達を交互に見て吟味しているようだった。
「相手は僕らだっ! こっちを見」
「……待ってっマイノーッ!!」
ロムナが言い終わる前にロミアがなにかに気づき駆け出した。
速い。そんな状況で無いのは分かっているが、俺はそのスピードに感動した。およそ5mほどの距離ではあったが、ロムナの縮地はコンマの世界だった。
これは……非現実的だ。
「あっ!」
ロミアはマイノーをはじき飛ばし何かを防いだ。そこからは、さらに一瞬の出来事だった。俺に認識できたのは、階段からもう一体の魔獣が上がってきたこと。そしてそれに気を取られたロムナとグーステンが、最初の魔獣に攻撃を受けたことだった。
「ぐっ……! 痛い……!?」
「傷が治らねぇ! 呪い持ちだ!」
カラカラカラと鈍い音を立て、グーステンの武器が俺の足元へと転がった。俺はそれを拾い上げた。
重い。
柄があり、重い。
それだけで十分だろう。
「こいつっ……」
「ろ、ロミア傷がっ」
ロミアともう一体の魔獣の距離はかなり近かった。ロミアは槍を構えるが、魔獣は両腕を近距離で引き絞る。同時に放たれれば、さらにどこかが負傷してしまうだろう。
マイノーが声を振り絞る。
「ロミアッ! 逃げてッ!」
俺は先程のロミアの動きを思い描く。行きたい所をイメージする。あの魔獣の懐へ。
身体が自然に動き、目の前に筋肉に満ちた紫色の肌が現れる。
ここがバッターボックスだ。
「いょっ」
部活以来、久しぶりの手応えだった。場外級のクリティカルヒット。申し分のないスイング。
魔獣の腹が逆側にひっくり返り、身体全体が壁に叩き付けられ凄まじい音がした。
「ギョェアアアアアアアアアアアアア!?!?」
うん……いけた。
ナイスホームラン、俺。
やはりピンチの女の子を救うのは燃える。ピンチにならなきゃいけないのが難点だがな。
油断せず、武器をもう一体の魔獣の方に向ける。やはり知能はあるようで、魔獣は俺を警戒し後ずさった。一先ず、この場は俺が制したと見てよさそうだ。
心の中のドヤ顔を抑えつつ、厳選された角度でロミアを振り返る。きっと突然現れた救世主たる俺に呆気に取られつつも胸がときめいてしまっているだろう。
「あんた、大丈……」
え、何だその目。
ズッ。
「え?」
銀色の尖った蹄が、俺の腹に突き立っていた
ロミアの腹から頭をもたげた魔獣と目が合った。
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