第3話 異世界で腕相撲
エンデ。この街はそういう名前らしい。
大した活気だ。ロースペPCだったら処理落ちしてるぐらいにはNPC……いや、人がいる。見てるだけでもかなり楽しい。パッと目につく限りでは、耳の長い者や肌の色に特徴がある者は見当たらない。人しかいない世界なのか、街なのか。
皆何かしら武器を持ってるな。冒険者ってやつだろうか。傭兵かも。露天商も沢山いる……武器や防具、あれは巻物か? 色々陳列されている。
「どうする? トリッサお昼まだだよね? ギルドで食べちゃおうか」
「ギルドってひょっとしてクエスト受けられたりするやつ?」
「うん。大体のギルドは酒場と併設されてるから。ご飯も済ませられるかなって」
「いいね、行こ……あ」
「お金は大丈夫だよ。私が払うから」
「あ、ありがとう。絶対返す」
ダサいところを見せてしまった。だが実際無一文だから仕方がない。ギルドか、金をこの身一つで稼ぐっていうのは元の世界でもやったこと無かったな。是非ともサクッと稼がせてもらいたいところだ。
「別にいいけどね。トリッサは私が望んだからいるんだし」
「まあ俺にもカッコつけさせてくれよ、男が廃るぜ」
「あはは、何それ」
ギルドは街の活気を凝集させたような有様で、雰囲気のそれは祭りの日に近かった。テーブル席の並んでいる一角に俺たちは腰掛けた。かぐわしい料理の匂いがする。
「あ、すみませーん。オススメ2人分お願いします〜」
「はーい」
アミシアは慣れた様子で注文した。本当に、彼女が居なかったらどんなことになっていたか。めちゃくちゃいい子だ。そのうえスタイルもよく顔も良い。まさに神が創りたもうたような……ん?
見た目も、ひょっとすると望むままなのか? アバターチャットみたいな……。
「さっきトリッサが言ってたハーレムって、どんなの?」
俺の気づきがそれ以上進む前に、アミシアが問いを投げた。
「ハーレムってこの世界には無いのか?」
言葉が通じている以上、都合のいい翻訳がされていると思っていたのだが……本当に、まったくそういう概念が無いのかもしれない。
「あんまり聞いたことないな。学術的な単語? 私あんまり本は読まないからな〜」
「学術……確かに生物の教科書にあった気はするが。ハーレムっていうのは……」
いや、いざ説明するとなるとかなり恥ずかしいな。
「まあ簡単に言うと、俺と愛し合っている女の子を沢山仲間にするってことかな」
「沢山?」
「ああ、最低でも5人は欲しいところだ」
「……はは、面白いこと言うね。トリッサ」
俺は国語がド下手くそなのでこういう時、普通に褒められてると理解してしまう。もちろんそれにアミシアも気づいていたようで、ゴソゴソと腰の道具入れらしきものから1つの箱を取り出した。
「ん?」
「これはね、私の宝物入れ」
コロコロと綺麗なアクセサリーがいくつか取り出された。指輪やネックレスなど、俺の世界ならショーケースに飾られるような逸品が揃っている。
「すごいな、集めたのか?」
「うん。冒険は、宝物を見つけて終わるの。それを見てると、楽しかった冒険の思い出が浮かんでくるんだ」
かなりミチミチに詰まっているのか、とめどなくアミシアの宝物は溢れてくる。
「これは鉄塔シルバの最上階にあった宝玉、これは賊国の城の廃墟にあった傾国の指輪、これはダンジョンの隠し部屋にあった土塊のネックレス……」
そして、ずるりと長い剣が取り出されテーブルに置かれた。説明されずとも分かる禍々しいオーラを纏っている。なんなら俺の腕にちょっと刺さっている。見間違いじゃなければ、宝物入れの3倍は大きい気がするのだが……。
「これは、安寧の墓地にあった死剣ガン。綺麗でしょ、大切だから、あんまり使わない」
アミシアはまだ宝物入れをまさぐっている。俺もここまできてようやく、冷や汗をかき始めた。アミシアは何かを掴むと、それを引っ張りあげた。びっしりと鱗が生えたそれは、ビチビチと蠢いていた。尻尾、のように見えた。
「それで、これは毒沼の主ハリバリの卵から孵った……」
「ア、アミシア、そろそろ料理も来るだろうしそのあたりで……」
「あ、うん。そうだね」
アミシアは器用に全ての宝物をしまっていった。確信する。明らかに宝物の量は箱の体積を超している。
「私、大切なものは手元に置いておかないと気が済まないの。肌身離さず、いっつもね」
表情を崩さず、アミシアは俺に向かって言っている。
「だからハーレム? とかでトリッサがどこかに離れちゃうのは、嫌だなぁ……?」
「あ、安心しろって……ハーレムは、皆が幸せになれるためのものさ」
「ふぅん」
運ばれてきた料理、異世界に来て初めての料理だったのだが、なかなか味わっている余裕は無かった。最初のヒロインがハーレム実現に立ち塞がる、当然といえば当然だ。
そして自分で言ってても思ったがハーレムってなかなか荒唐無稽なものだ。実現はさせるのだが。
「……ちなみにクエストはどこで受けられるんだ?」
「2階かな? トリッサがこの世界のことどれぐらい知ってるか分からないけど、たぶん説明が必要だよね」
「ふむ? とりあえず、頼む」
ギルドの1階は昼飯時なので当然活気はあったが、2階はさらに盛り上がっていた。張り出されている紙をしげしげと見つめている者たち、またなにやら自慢話をし合っている者たち、様々だ。
「そこで俺は龍の顎を刺し貫いて塞いだやったわけだ。そしたらアイツの火が口で爆発して……」
「ははは😂👏 そりゃ凄ェ!」
なかなか荒くれ者達が揃っている。
「トリッサ、こっちこっち」
「ああ、これがクエストか?」
「うん。とりあえず見てみようよ」
貼り出された紙を俺も見てみた。奇妙な文字列だが、やはりなんとなく意味は取れる。
1番目を引いたのはある文字。
hotという文字を見て暑、熱という漢字が思い浮かぶように、繰り返し出てくるその文字を見て、俺の頭に浮かんだのは。
「魔……」
魔物カラサリデの討伐、魔獣の調査、魔窟エイヨワの踏破、魔器メズイの入手、魔人の調査……どのクエストにも魔という文字が付いている。
「この辺の用語がややこしいよね。一応えらい人が決めた分類だからさ。1個ずつ説明していくね」
「ああ、頼む」
「まず、魔物。これは自然に発生する人に害をなす生物だね。けっこう地域によって強さが変わったりする。王都の周りとか辺境は結構強いらしい」
おお、やはりエリアによって強さが違うのか。レベルみたいなものだろうか。面白い。
「魔獣は人の願いから生まれた魔物って感じかな。どうしようもない願いが形になっちゃう」
「どうしようもない願い?」
「叶えたいけど、叶えたくない。叶えたいけど、叶わない。そんな感じかなぁ」
全てが上手くいく理想郷というわけではないらしい。そんな気はしていたが、かなりエグい形でその結果が現れているようだ。
「魔窟は分かりやすいね。ダンジョンのこと。魔器は人の願いが込められたり形になった物体、かな? 武器だったりアクセサリーだったり色々あって楽しいよ。お宝には魔器が多いから、私は大好き!」
いわゆるユニークアイテムというやつだろう。しかし、誰かしらの願いが篭っている道具やアイテムを身に纏いまくるというのは……なんだろう、なんか怖いな。
「……魔人はね〜、魔獣の人版って感じかな」
「魔獣の、人? 人の願いから生まれた人ってことか」
「うん。あんまり聞かないけどね。人一人を生み出す願いって相当強いものだし、大体調査してからどうなったかの話は聞かないし」
となると、どう魔人と人を見分けるのだろう。魔人と人を見分けられますようにと願えばいいのだろうか。見分けられたくないと魔人が願えば、どうなるのだろう。難しいなこの世界……。
「冒険者として私もまだまだ半人前だけど、いつかはそういう難しいクエストもこなしてみたいな〜」
アミシアが指さした先には、大々的に貼り出されている掲示があった。そこには数字とともに、人の名前がずらりと並んでいる。
全くもって、どこかで見た事のある光景だった。
「ひょっとしてあれって、順位表?」
「うん。冒険者ランキングだよ。皆が冒険したがるから、依頼の取り合いにならないようにこうやって整理されてるの。難しい依頼をこなせばこなすだけ順位は上がってくよ!」
この世界にも当然、1位以外は居る。
完璧では無いのだろう。
勝者がいるということは、敗者がいるということだ。
「しゃあっ俺の勝ちィ!」
俺の思考に呼応するような野太い声がギルドにこだました。声の方を見ると、一本足の丸テーブルを挟んで体格のいい男と線の細い男が向かい合っていた。
「相変わらずヒョロっちぃ兄貴だなぁロムナ!」
「はは……強いね、グーステン」
ロムナと呼ばれた優しそうな男は、手を痛がりつつそう答えた。どうやら彼らは腕相撲をしていたらしい。
何でも叶う、言ってしまえばチョロい世界で、思い通りにならないのは同じ人間だ。であればやはり、この世界でも勝負は人を虜にするのだろう。
少し、がっかりする。
「そんなんだからよォ、妹に追い抜かされちまうんだぞ? 反省しろ反省! 気弱なんてこの世界じゃ罪だぜ?」
「うん……」
ずいぶん野蛮な言だが、グーステンという男にも理はある。願えば叶うというこの世界だ。グーステンは自分の勝利と力を、普段から願っているのだろう。そして腕相撲の瞬間にも、自らの勝利を願った。
ロムナの方は……勝負事自体が苦手そうな顔だ。どちらかというと俺に近いタイプだろう。
「……ん? 何見てんだお前。見ない顔だな」
グーステンは俺に気づいたようで、俺の近くにある別の丸テーブルまで近づいてきた。俺とも腕相撲をしたいようだ。
「文句があるんだったらよ、ほら。俺と戦ってみろ」
「いや、俺は……まあいいか」
文字通りの腕試しだ。さっきの順位表にはパッと見でグーステンという名前は無かった。昼間っから腕相撲してるぐらいだし、その程度の奴だ。
どれぐらい通じるか、試してみよう。
「お、いい目だな。へへ……」
テーブル上に乗せられたグーステンの腕は、ボブサップもかくやという太さだった。現実であれば瞬殺されて複雑骨折がいいところだろう。
握った手も大きい。熊みたいだ。熊見た事ないけど。
「では、よーい……始め!」
手に篭めるのは、目の前の奴を倒したいという願い。だが俺はそれだけでは足りないから、もう1つの願いも篭める。
「うッ……グッ!?」
グーステンは苦しそうな声を上げた。
うん……いける。ちょっと強い同級生ぐらいの抵抗感だ。腕にさらに力を入れる。勝てそうと油断せずに、倒す、倒すとさらに願う。
グーステンの手の甲はだんだんテーブルに近づいていく。
「こっ、この……」
周りのギャラリーも少しどよめいた。注目されている。ここで勝てば、アミシアに褒めてもらえるぜ。なんならそのまんま抱きついて貰えたりして、へへ……。
「……ん?」
あれ? アミシアは?
周りを見渡すが、彼女の姿は無い。どころか、周りを見ると男ばかりで、女の子の姿はどこにも、ない。
あ、やばい。
「うぉおっ!?」
「すげぇっ、グーステンが巻き返したァ!」
あまりの勢いのギャッブに力加減を計りかねたグーステンだけが、俺の変化に気づいていた。ともすれば手加減をされたのかと腹立たしそうに、俺の方を見た。
「おい! お前……」
「みだ……」
「あ?」
「俺は、ゴミだ……」
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