第2話 ハーレム最高

 神を打倒した男がいた。神もまた、かつて神を打ち倒した男であったため、そんな日がいつかくるだろうと思っていた。

 黄金の匙。あらゆる願いを叶える、世界の中核を成す神具を男は手に取った。


「お前は……何を望む。どんな世界を、望む」

「うーん……参考までに、カミサマは何願ったか聞いてもいいすか?」


 致命傷を負い、最後の気力のひと絞りの瞬間だろうに、それでも男はあっけらかんと尋ねた。

 神は一呼吸置いて答えた。


「強き世界を。武勇と名声に溢れた、史上最強の世界を願った」

「ははぁ。それでボクみたいな怪物が生まれちゃったんすねぇ」


 男はしばらく唸って考えた。


「……皆を幸せにするにはどうしたらいいかなあ。魔法使いちゃんに頼まれたんだけど」

「やめておけ」

 

 神は男を制した。


「人間の業がある限り、完璧な世界など有り得ない。人間が人間らしいまま、幸福になることはできない。せいぜい、あらゆる者を夢の世界へ閉じ込めるぐらいだろう」

「ふむ……夢」


 男は再び考えを巡らせ、結論を出した。


「よし、夢が叶う世界にしよう。願ったら叶う世界に」

「不可能だ。人の欲望は際限ない。対して世界は有限だ。他人を侵害しない願えなど……」

「まあまあ、ちょっと聞いてください」


 男は神に、自分の理想を話した。どんな世界になるのか、人はそこで、どのような人生を送るのか。

 神はややあって答えた。


「……正気か? 貴様」

「でも、楽しそうじゃないっすか?」


 男、いや次代の神は、人の業の煮凝りのような笑みを浮かべていた。




――――――――――――――――――――――――




「あっちに見えるのがエンデって街で〜。あそこがダンジョンの森! ちょっと見てく?」

「あー、すぐ死ぬとかじゃなければ見てみたいな」

「死ぬ? ふふふ〜そんなことあるわけないよ〜」


 快活なテンションで、アミシアは俺を案内してくれている。ダンジョンか。つまりそこには、多くの冒険が待ち受けているのだろう。危険も。

 アミシアの装備を見る 。腰には細長い剣が備えられていた。腰には……小型の宝箱? のようなアクセサリーがある。


「……戦ったりするのか? アミシアも」

「うん! けっこう強いよ〜」

「そうか」


 俺が強くなる手段というかシチュエーションに、大方予想はつく。この世界でそれが通用するかどうかは分からないが、俺という人間はそれでしか強くなれない。力を発揮できない。

 なんにせよ、武器なり魔法なりを身につけなくちゃな。バット振る要領でぶん殴れば大体の奴は倒せるだろう、俺元野球部だし。


「ここがダンジョンの森! Bクラスまでのダンジョンが発生するらしいよ」


 森、と言いつつ木の密度は疎らで、道は整備されていた。多くの人が訪れているのだろう。道は苔むした遺跡や高い塔に繋がっている。

 だが道のど真ん中に大穴が空いていたり、遺跡の一部が顔を覗かせていたり、確かに人の手とダンジョンの発生の均衡が見て取れた。


「ダンジョンって発生するものなんだ」

「ダンジョンは知ってるの?」

「……たぶん」


 異世界……で良いんだよな? 単語や雰囲気から、そうだと思い込んでいるが。


「トリッサってこれまでの記憶とかあるの? 元いた世界とか」

「ああ、もちろん」


 むしろ、それだけが今の俺を規定している。俺の存在を気にする人間がいるかどうかは怪しいが、未練はまだある。だがどちらにせよ、今はこの世界のことを知るのが先だ。

 

「その世界に、神様はいた?」

「難しいな。少なくとも、見たことはない」

「私達はね、難しくないよ。神様がいるんだ」


 おお、ワクワクするな。神様か、いつか会えるだろうか。結構ゲームの中でも神様って存在に会うとワクワクしていたが……。ワバジャック!


「神様がこの世界を、素敵に作りたもうたんだよ」

「はは、そうなんだ。ところで神様って」

「おい」

「はい?」


 俺達の会話にぬるっと割り込んできた野太い声の男に、俺はムッとした。かなりゴツイ男だ。身につけている物も無骨なナイフや鎌と物騒な物が多い。

 あまり治安は良くなさそうな人だが、どこから現れたんだ?


「金置いてけよ。じゃなきゃ縛り上げてその穴に突っ込んで魔物の餌にする」

「ふむ……なかなか威勢がいいな……」


 何とか口先だけは体裁を保つことができたが、俺の足は子鹿のように震えている。人にしっかりと脅されてちゃんと恐怖してしまった。まだ戦う準備もしてないのに……と後ずさると同時に、俺の横を何かが通り過ぎた。


「ぎっ」

「じゃあこの人で教えてあげるね」

「いっでぇええええぇ」


 ちらっと見えたのは、剣が縦や横ではなく真っ直ぐに男に向かって振るわれたこと。結果として男の身体が穴だらけになっているということは、多量の突きが一瞬のうちに行われたのだろう。

 血がとめどなく噴き出し、男は仰向けに倒れ込んだ。


「ちょっ、アミシア。いくら何でも……」


 甘い考え方なのかもしれないが、目の前で人を殺されると寝覚めが悪い。だがアミシアは俺の訴えを気にすることなく、俺の手を引っ張ってのたうち回る男を指さした。


「よく見てて」


 男は手で空を掴むような動きをしてもがいている。胸の穴からヒュッ、ヒュッと空気が漏れている。あまり詳しくない俺でも、死に向かっているのが分かる。


「し、死にたく、ねぇ……」


 男がうわ言のように呟いた。


「なあ! 今からでも助け」

「死にたく、ねぇ!!!!」


 男が叫んだ。そして、身体がバネのように跳ね上がった。あまりの勢いに俺も驚いて跳ね上がった。そういう種類の蜘蛛みたいに跳ね上がった。男は着地した。胸の穴から血は止まり、息を切らしながらも下卑た笑みを浮かべていた。


「は、はは……驚いたぜ。強いんだな、嬢ちゃん、悪かったよ……あんまりにもそいつが素人っぽいからさあ、へへ。手加減してくれてありがとな……」


 そのまま、熊に遭遇した人間のように、しばらくこっちを見ながら後ずさり、一定の距離を稼ぐと一目散に逃げていった。

 俺はアミシアに視線で解説を求めた。


「やっぱり、不思議に見えるかな?」

「あ、ああ……回復魔法か何かで、治してあげたのか?」

「ううん。あれは、あの人が死にたくなかったから死ななかったんだよ」

「……死にたくなかったから、死ななかった」

「そう。この世界ではね、皆の夢が叶うの。小さな夢も大きな夢も、何回でも、願えば願うだけ……ね」


 アミシアは無邪気さと妖艶さを兼ね備えた笑みを浮かべた。俺の手を引いて、道の先を目指す。ダンジョンの森を抜けるつもりなのだろう。


「私、運命の人に会いたいなって思ったんだ。私のことが好きで、絶対に見放さなくて、ずっと一緒に冒険してくれる人。何年も何年も神様にお願いして……」


 アミシアの手を握る力が、強くなった気がした。なるほど、結構凄いとこに来ちゃったみたいだな。ワクワクしてきたぜ。そして、すごい子に最初に会っちゃったみたいだ。


「それが、トリッサなんだよね?」

「……ああ、決めた。アミシアは俺のハーレム第1号だ!」

「ハ、ハーレム?」


 一人目は、活発激重系冒険者、アミシア。

 たとえどんな世界であろうと、どんな困難が待ち受けていようと、そこに素敵な女の子がいる限り、俺は無敵だ。俺の夢は、誰にも邪魔させない。

 俺はたくさんの女の子に、ちやほやされるのだ。



――――――――――――――――――――――――



 二人から距離を取り、盗賊は足を止めた。凄まじい力だった。今でもなお、心臓がドクドクと足早に脈打っている。油断は無かった。下卑たふりをしていたが、いつでも殺す気でいたし、殺されない気でいた。

 だが、動きを目で追うことはできなかった。

 

「まずは…連絡だな」

 

 通信機を取り出し、イメージを込める。相手はそれに応じ、会話が始まる。

 

『どうでしたか?』

『魔人……だと思います。1度殺されました』

『分かりました。調査に伺います』

 

 短い会話が終わり盗賊はふぅと息をついた。

 まだ、わずかに手の震えがある。脇汗も。

 

「はあ……いつになっても慣れねぇな……人間じゃねえ奴と目が合うあの感覚は……」

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