やきうとベル

@antonionamusutorongu

第1話  やきうとベル

キーンコーンカーンコーン




「やきうくん、ドッジボールしようよ」 

午後の休憩時間。陽の光が満遍なく降り注ぐ教室で、癖っ毛の目立つ赤毛を揺らし嬉々とした声を発するベル。

   いきなり声を掛けられたことでやきうはどきりとしたが平常心を装い返答する。


「いや、ワイは…」 ゴソゴソ




    「本を読むわ」 バサー

  レモン色の机に厚い本が敷かれる。


( 「ほんと本読むの好きだね。さすが図書係」

    



「もうワイらも小6やろ。 ドッジボールなんかより本を読んで教養深めるんやで」




  「キョーヨー? よくわかんないけど、じゃあ僕も何か読もうかな」 ゴソゴソ

   鮮やかな紅色のバックの中を弄るベル。



「何読むんや」




   「ええと、今借りてるのは、少年探偵団と、SFのやつと、ハリーポッターだよ」




 「なんや、ガキっぽいラインナップやなぁ」




  「ふえー? おもしろいよー?」


   ベルは眉を顰めるが、続けるやきう。


「ワイはお前らみたいなガキとはちゃうからな。 大人の小説読んどるんやで」




  「へぇ、どんなの読んでるの?」




「これはな、村上春樹って人の小説なんや。大人の小説なんやで」




   「はえ^~ すっごい 」


 


「せやろ」

ドヤァと胸を張るやきう。

「僕、その本読んでみようかな」

ベルはバックから一冊の本を取り出し、開いた。

そして数分後、顔を青くし、本を閉じてしまった。

「どないしたんや?」

やきうが不思議そうに尋ねる。

「こわいよやきうくん……」

震える声で話すベル。

「こわい? なんでや」

(あかん……ワイの隠れ趣味が

「やきうくん……僕、こわい本読んじゃったよ」

「なっ! 大丈夫や! ワイが守ってやるからな!」

「ほんと? ありがとう……」

「おぅ。で、どんなやつ読んだんや」

ベルは本を恐る恐る差し出した。

(こ、これは……)

表紙には黒いローブを羽織り、血に塗れた男の絵が描かれている。題名は『悪の教典』だ。

(あかん、これアレやんけ

「お、おい……ベルお前これ……」

「僕、もうこの本を読んでしまったからには死ぬしかないんだ……

ごめんねやきうくん……今まで仲良くしてくれて嬉しかったよ……」

涙を零しながらそう言うベル。

(あかん! これ小説やけどノンフィクションと思っとる!)

「な、なんや縁起の悪いこと言うな! そんなんフィクションに決まってるやろ」

(というかワイが先に読んどって良かったわ……)

「やっぱりそうだよね!ごめんねやきうくん。僕、間違ってたよ」

「そ、そやで! ワイがついとるから大丈夫や!」

 ありがとう……でも僕もう眠たいんだ……おやすみ……」

(あかん! 死ぬ気や!)

(ええいままよ!)

「お、おう。きぃつけて帰るんやで……」

数分後、教室は静寂に包まれた。

(なんかドッジボールする空気じゃなくなっちまったな……)

キーンコーンカーンコーン 鐘の音を合図に二人は教室を出ていった。

「ハツミちゃん! ドッジボールやろ!」

ベルは廊下の途中で友人を見つけ、声をかけた。

「ごめんねベルちゃん! 今日ドッジボールお休みするの」

「あ、そうなの?」

「うん……ちょっと用事があってね……」

(チッ……折角いい汗かこうと思ったのに……)

(どうしようかな……やきうくんと遊ぼうかな)

階段を下りている途中、廊下で本を読むやきうを見つけた。

「やきうくん、遊ぼ!」

「おぅ、ええで」

「やったぁ! じゃあ公園行こう!」

ベルは本を読むやきうの腕を引っ張る。



「ちょ、ワイ本読みたいんやが」

「もぅ! 折角遊んであげようとしてるのに!」

(これやからガキは面倒くさいわ……)

(ここは大人なワイが折れてやるか……)

「わかったわかった。ほな公園行くで」

二人は学校を抜け出し、近くの公園に向かう。その途中、ベルが口を開く。

「あれ? そういえばその本何読んでるの?」

(やっとか! 今それ聞くんか!)

「これか。これはな……」

(あかん、なんて誤魔化そうか……)

「村上春樹って人が書いた小説なんや」

(そうや。『悪の教典』のあらすじを本の登場人物が話すってことにしたろ)

「へー! おもしろい?」

ベルは興味津々といった様子で尋ねる。

「ああ。おもろいで」

(あぶねー、ここでつまらん言うたらベルの精神が持たんやろな……)

公園

「ボール持ったか?」

「うん、大丈夫」

「じゃあいくで。ほい」

(ヒューン)

やきうが投げたボールは風を切り、ベルの顔面に飛んでいく。

ベルは身体を大きく反らしボールを躱した。

そして、体勢を立て直してボールを掴み、即座に投げ返す。その軌道はやきうの右頬すれすれを通過した。

(ん?)

(今こいつ……ワイが避けなかったら顔に当たってたんとちゃうか?)

(まぁ、ガキやししゃーない……)

(しゃーないな!)

「ごめんやきうくん!」

「ええんやで……」(ワイは避けるけどな!)

そしてまたしばらくの沈黙の後、ベルが話し出す。

「その小説のさ、主人公って悪い人だよね?」

ボールは足元にコロコロと転がった。

「そうなんか?」

いや俺知らんけど

「……そっか」

ベルは少し考え込んだ後

 、話を続けた。

「その主人公ってさ、悪者なのになんか応援したくなるっていうか……」

ベルはボールを拾い上げた。

「どんなとこが好きなん?」

「えとね。」ベルは少し頬を赤らめる。そして口を開いた。

「すごく可哀想な人だなって思うんだ」

「かわいそう……?」(同情的な意味での可哀想か?それとも比喩的な意味か?)

「うん。その小説ってね、主人公が悪者に仕立て上げられちゃうの」

「おう?」

やきうはいまいちピンとこない様子だ。

(つまりどういうことや?)

うーん……なんか主人公を陥れて楽しむ人がいて、それが悪い人なんだと思う」

(なるほどな。そういう視点で見るんか)

「だから僕、その本の主人公のこと応援したくなっちゃった」

ベルは少し微笑んだ。

「そうか……ワイもその気持ちわかるわ!」

「ほんとう? えへへ」

ベルは照れ臭そうに笑った。

(ワイの趣味はあっとるみたいやな……)

「その小説はどんな結末なんや?」

「主人公がね、精神的に追い詰められちゃうの。それで自分は悪者だって思い込んじゃうの」

(あれ?なんかさっきと同じこと言ってないか?)

(まぁええわ)

「そんでその後はどうなったんや?」

「えっと……多分自殺しちゃうと思う……」

(そうやない!そうやないねん!)

やきうは心の中で叫んだ。

「じゃあこの小説がフィクションなんかノンフィクションなんかわからへんやんけ!」

(ワイの勘違いやったな……)

(確かにワイの読みが浅かったわ)

「そんなことないよ!」

ベルは大きく首を横に振る。

「だって……現実にも、いじめられてる人とか、精神的に追い詰められてる人いるもん」

(あぁなるほどな)

やきうは少し納得した様子を見せる。

(そういうことかいな。小説の登場人物と同じ境遇の奴が現実にもおるってことやな)

「だからこの小説はノンフィクションだよ!」

(あ、そゆこと?)

「お、おう。なんかすまんな」

(その理屈でいくとワイっていじめられてるんか……)

(いやそうやないな。ワイにはベルがおるし……)

「ううん!僕こそごめんね!」

二人は謝って少し気まずくなった。

するとベルが口を開く。

「あ、そうだ!僕の読んでる小説も紹介するね!」

「お、ええなそれ!」

「うん!僕のはね、すごくおもしろいんだよ!」

ベルはバックから本を取り出しやきうに手渡した。

(これも小説か……)

(それにしてもタイトルが『鼠小僧』ってなんやねん)

(まぁいいや、読んでみるか)

(ふむふむなるほど……悪者を成敗する話なんかな?)

(というかこの主人公どっかで見たことがあるような……あ!これワイやんけ!!

「主人公ってさ、その悪者をやっつけてお金も手に入れるし、女の子にもモテるし、すっごくかっこいいよね!」

(お、おう……)

やきうは何か言いたげだがベルの勢いに押され口をつぐんでいる。

「あとね、最後のシーンでその主人公は自分を陥れた人を殺すんだけど……」

「えっ!?」

(なんやそれ!本怖か!?)

「あれ?どうしたの?」

ベルは不思議そうに尋ねる。

(ワイ

「なんでもないで。続けてや」

「う、うん……その主人公はね、殺す前にこう語りかけるんだ」

(ゴクリ……)

「『人を殺していい理由なんてない』って」

(うん!ワイもそう思う!)

「僕このセリフ好きなんだ!かっこいいよね!」

ベルは嬉しそうに話す。

(ええこと言うやんけ!ワイも同感やわ)

「あ、ちなみにこの本の主人公の名前がやきうって言うんだけど……」

(ん?)


(なんで急にワイの名前出てきたんや?)

「僕、やきうくんのことも尊敬してるんだ!」

「おう。ありがとぉな」

 なんか照れるな……)

「あ、でも誤解しないでね?悪い人だからって殺したりしちゃダメだからね?」

ベルは心配そうに言った。

(おう!ワイもそんなことせぇへんからな!)

そんな話をしてるうちにいつの間にか日が暮れ始めていた。

「あ、もうこんな時間だね!」

ベルは公園に備え付けられている時計を見て言った。時刻は午後5時半だ。

「じゃあ帰ろっか!」

「そやな」

二人は公園を後にし、帰路につく。

(あっ……)

(ベルの本返してもろてへんわ……)

「なぁベル」

「ん?なに?」

歩きながらやきうが話しかける。

「お前から借りた『鼠小僧』の小説返すの忘れてもうたわ」

「いいよいいよ!いつでも読んでくれていいからさ!」

(やっぱええ子なんよなこの子)

そんな会話をしているとすぐ家についた

「あっやきうくん!ばいばい!」

「おう!じゃあな!」

ベルは家の中に消えていった。

(さて、ワイもそろそろ帰るかな……)

やきうが帰ろうとした時、家の扉が開き、ベルが出てきた。手には大きな袋を持っている。

(ん?)

(なんやあの荷物?)

「やきうくーん」

「あ、ベル……」

すると、ベルは大きな声で言った。

「また明日ねー!!ばいばーい!!」

「なっ!ベル……おまえ!」

やきうは感極まって涙を流す。

(あいつ……ワイの心配しとったんか……)

「おう!また明日な!!」

やきうは大きく手を振り、その声に答えるようにベルも大きく手を振った。

次の日からやきうとベルは遊ぶようになった。そして、いじめられることもなくなったのである。

 

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この物語はフィクションです(二回目)

また、作者の自己満足で書かれているため矛盾点などもあるかと思われますがご了承ください。

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