第5話「大切な時間」

 夕刻の帰り道。


 あの夏の帰り道は二人にとってとても大切な時間だった。


 アタシは川沿いの田舎道をそいつと二人で歩く。


「ねえ無言むごん、無言はアタシのことどう思う?」


「……?」


 そいつは質問の意味を理解していない。


「アタシ、かわいいでしょ」


 容姿には自身がある。


「――」


 そいつは間髪入れずうなずいてくれた。


 ……でも、アタシが聞いたのはそう言うのじゃない。


「無言はアタシの容姿がこのみかって聞いたのよ」


 アタシはそいつから目をそらすように夕焼けの空を見つめる。


「―――――‼」


 隣を歩くそいつはようやく気づいた。


 これは恋の話。


 アタシのことが好みかって言うのはそう言うこと。


「……」「……」


 二人とも無言。


「この話はやめよっか」


 アタシはいつもと違う沈黙が怖くなって話を変えようとする。


「好き、だから」


「……⁉」


 アタシは驚く。


「オレは多加子たかこのことが好きだから」


「―――――――」


 言葉が出ない、アタシの目から涙があふれる。


「…………」「…………」


 そいつはそっとアタシの手を取ってくれた。


 夕刻の帰り道。


 二人の大切な時間。


 無言だけど怖く無い時間。


 そいつとアタシは両思いだ。


 ずっと前からきっと……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

多口多加子と無口な無言くん。 山岡咲美 @sakumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ