三日後の誘惑 (カフェシーサイド13)

帆尊歩

第1話 カフェシーサイド「柊」13

「てーだーい

てーだーい

返事をしろ。首にするぞ」

「えっ、えっ。呼びました?」僕は「柊」の手摺りによりかかって、海を見ていた。

バルコニーに出られる、大きな扉が開け放たれていて、遙さんが立っていた。

「まーまー遙さん。眞吾君はいま普通の状態ではないんです」

「なんで」

「真希ちゃんが、カコちゃんのところに行って、三日後まで帰って来ないんです。だから眞吾君、落ち込んで」なぜかいる香澄さんが、遙さんのさらに後ろから言う。

落ち込んでいる事は別として、何でそんな事知っているんだ。

「違いますよ、香澄さん。落ち込んでなんて、話をややこしくしないでください。ていうか、真希ちゃんが東京に行っているって、何で知っているんですか」

「真希ちゃんに聞いたから」何ともあっけない答えだ。

「別に落ち込んでなんて、、、」

「いいのいいの、無理しなくて、真希ちゃん可愛いものね」と最後のトーンは下がって斜め下を向いた。オオーイ、こんなところで自分の不幸を誇示するなー。

「まあまあ、そういうことなら仕方がないか」と遙さんは、興味をなくしたように店の中に戻った。香澄さんは、口の形だけでドンマイと言って、小さくガッツポーズをした。

違うから!


真希は、カコのいなくなった僕の隣の部屋で暮らしている。

最近はサーフィンと、気が向いたときだけ僕の砂掻きを手伝い、お駄賃のまかないを食べたりしている。

一瞬距離が詰まるかな、とも思ったけれど、何だか小康状態で今一歩が踏み出せない。

真希はたしかに可愛い。

塩浜海岸には、サーファー用に無料で使えるシャワーがあるが、僕は真希がビキニでシャワーを浴びるのを目撃したことがある。

ウェットスーツの下はビキニらしく、どうせスーツを着るからと言うことで結構きわどい。ベリーショートのキリッとした顔立ちの真希は、サーフィンで鍛えた締まった体で、まだ夏になりきらない海岸でシャワーを浴びる。

そのミスマッチに、僕の心は射貫かれてしまった。

そうなのだ。

確かに不安だ。

元々真希はカコと一緒にサーフィンをしに、この塩浜海岸のリゾートマンションを月単位で借りた。

カコが東京に帰ってしまった今、一人でここにいるかな、という感じだ。

真希もいろいろあって、ここにしか居場所がないと言っていたけれど、不安は拭い去れない。このままここに戻って来ないということも。

「ああ」考えを蹴散らすように、僕は首を振ると、階段を降りて砂掻きを始める。

こういうときは、肉体労働に限る。


「手代君」砂掻きをしている僕の背後から、不穏な影が忍び寄っているなとは思ったが、声を掛けられた。

「今度は沙絵さんですか」

「今度って?」

「いや、いいんです」

「なんか真希ちゃん、東京に帰ったんだって。振られちゃったんだね」

「だから違いますって。誰に聞いたんですか」

「いやまあ」沙絵さんはあらぬ方向をみて、ほっぺたをポリポリした。

まあ犯人の目星は付いている。

「カコちゃんに会いに三日だけ東京に行っただけです」うかつにも最後トーンを下げてしまった。

するとそこを見逃さなかった沙絵さんは、僕を哀れんだように見つめた。

「やめてください、そんな目で見るの。だいたい付き合ってもいないし」

すると沙絵さんは僕の肩をポンポンすると、小さく三回頷くと店に上がって行った。

全くどいつもこいつも。


部屋に帰ると、隣のカコと真希のいた部屋のドアーを見つめた。

カコと真希のはしゃぐ声が聞こえていたことを思い出す。

今はシーンと静まり返っている。


三日が経った。

昼を過ぎても、真希は帰って来なかった。

「眞吾君、お使いに行ってくれるかな」さすがの遙さんも物を頼むときは、手代から、眞吾に変わるようだ。

「はい」

買い物を済ませ、僕は海岸から帰って来ると、無料のシャワーをビキニの女の人が浴びていた。

「あ、真希ちゃん!」と口に出した時、振り向いた人は、おばさんだった。

塩浜河岸はサーフィンのメッカだから、こういうベテランのサーファーも数多くいる。


「柊」に帰ると、真希がいた。

「あっ、お帰り手代」という遙さんの声にかぶるように、

「ただいま!眞吾さん」と言う真希の嬉しそうな声が、楽しげに響く、

僕は買ってきた荷物を放り出すと、真希に抱きついた。

「えっ、えっ」と真希の戸惑いが伝わる。まだ付き合っていないから、突き飛ばされてしかるべきだ。

でも真希はそれをしなかった。

それどころか真希は僕の背中に手を回した。

「お帰り、真希ちゃん」

「ただいま。眞吾さん」


「ちょっとやり過ぎたかしらね。大体香澄さんが煽るから」

「私は遙さんに報告しただけです」

「そうだ沙絵がダメ押ししたんだ」

「ちょっと何であたしのせいになるのよ」


僕はそこのアラサーうるせいよと思った。

と言うか何でいるんだよ、店員としては来店を否定するようなことを思ってしまった。


まあいいや、真希も帰って来たことだし。

「お帰り」と、もう一度言う。

「ただいま」今度は嬉しそうに真希が言った。

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三日後の誘惑 (カフェシーサイド13) 帆尊歩 @hosonayumu

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