第7話 あなたのそばで

 駐車場に車をとめ、迷いなくいつものカフェに立ち寄る。このコーヒーの香りに包まれると、たまらなく癒やされる。


「おっ、いらっしゃい。いつものでいいかな?」


 カウンターの奥でマスターが私を見るなり、声をかけてくれた。


「はい。いつものアメリカンください。まだ風冷たいですね〜」


 柳さんとのほろ苦いデートの後、しばらくは公園に来ることもできなかったけれど、今では月に一度はこのカフェでコーヒーを飲むのが私の楽しみになっていた。


 私は、半年以上経った今でも彼を忘れることができなかった。


 彼のキレイな瞳、優しい声、一途な想いを抱いた心、温かい体温。ひとつひとつが、まだ私の中で脈を打ったまま、消えることはなかった。


 あの日、なぜ子供みたいに、何も伝えず彼の隣から自ら去ってしまったのか。何度も自問自答と後悔をくりかえした。


 運ばれてきたコーヒーを口に運ぶ。コーヒーの香りと温度が体中に広がっていくのがわかる。


「こんな時間に来るなんて、珍しいね」


「そうですね。なんだかマスターのコーヒー無性に飲みたくなっちゃって」


「そう言ってくれると嬉しいね。そういえば、公園の入り口にたってる木蓮の花はもう撮ってきたの?」


「もぅそんな季節ですね。最近仕事が忙しくてバタバタしてたから、また逃しちゃうとこでした。木蓮の開花時期は短いから。帰りによってみなきゃ。ありがとうございます」


 ここに通ううちに、いつの間にか話すようになったマスターの林さん。丸眼鏡に、よく似合う口ひげ。気さくな笑顔に、みんな引き寄せられてしまうのかもしれない。


 ふと、杏ちゃんのドレス姿を思い出して、にやけてしまう。あんな風に甘えられる相手に出会えるなんて、人の出会いって本当に素敵だなと思えた。


 いつも恋愛に臆病な私をそっと見守りながらも、的確にアドバイスくれる、頼りになる後輩。今では親友のような存在である。結婚後は、彼の仕事の都合でしばらく海外に行ってしまうのはとても寂しいけど、あんな笑顔みちゃったら、そんなこともいってられないな。


 私もそろそろ前にすすまなきゃ。

 

毎日のようにスマホの写真を見ては、愛しい気持ちを募らせた。もしももう一度会えたら、柳さんに気持ちを伝えたい。あとは連絡をするだけだとわかっているのに、その勇気がなくて、何度も何度もため息をつくのだった。


「マスター、おごちそうさまでした。また来ますね」


 お店をでて、マスターが言っていた木蓮を見て帰ろうと、公園の入り口に歩きだす。入り口に入ってすぐのところにある2本の白木蓮が見事に花を咲かせていた。準備していたカメラを構え、シャッターを押したその時だった。


「きれいですね。木蓮でしたっけ?」


 木蓮に見とれている私に、あの優しい声がきこえた。振り返るとそこには、ずっと会いたかった柳さんの姿があった。驚きで声が出ない。


「おひさしぶりです。有村さん」


 ずっと会いたかったのに、ずっと伝えたいことがあったのに、無力な私は柳さんの声をきいて、また涙が溢れそうになる。


「あ。ごめんなさい。俺、また失礼なことしてますか?」


「違うんです。私、ずっと柳さんにあの日のこと謝りたくて。ちゃんと気持ちを伝えたくて、それなのにごめんなさい」


 こんな自分が情けなくて、どうしようもなくて、うつむいていると、柳さんがそっとハンカチを差し出してくれた。


「あの……少し座りませんか?」


 ふたりでベンチに座り、静かな時間が流れる。


「あの時みたいですね」


 恥ずかしそうに微笑む柳さんの横顔が愛しかった。


「有村さん、俺、ずっと自分の気持ちがはっきりしなくて。ともかを想う気持ちと同時に、有村さんともっと一緒に過ごしたいって気持ちをどうしたらいいのか。男らしくないですよね。ほんと情けない」


「そんなことないです。あの……私、あの日、柳さんがともかさんの話をしてるのを見てたら、当たり前のことなのに、嫉妬してしまって、そんな自分が嫌で、また殻に閉じこもってました」


少し冷たい風が頬にあたる。私は心を落ち着かせて、彼の顔を見つめた。そして、ずっと伝えたかった気持ちを言葉にした。


「私、今でも変わらず柳さんのことが大好きです。出会った時からずっと。困ったものですね」


そう言って俯いて笑う私の頬に涙がつたう。悲しい涙ではなく、晴れた日に降る雨みたいに気持ちのいい涙だった。


すると、柳さんはそんな私の頭を優しく撫でてくれた。思わず鼓動が早くなる。見上げた彼の表情は、いつにもまして素敵だった。


「ありがとう、有村さん。俺、もっと有村さんのこと知りたい。全部知りたい。色んな順番間違ったり、唐突なのもわかってるんだけど。もし良かったら、もう一度デートからはじめませんか?」


ん?思考回路が追いつかずキョトンとしている私。見つめる彼の瞳には、私だけがうつっていた。


「俺の彼女として、デートしてもらえませんか?もっといっぱい話して、いっぱい悩んでさ。確かに、俺は1度は結婚したいほどの恋愛をしたけど、それでも今の気持ちに素直に生きたい」


「私、ともかさんとの思い出を抱えた柳さんごと好きになったんです。たまには嫉妬もするだろうけど。それでも、あなたのそばにいたい」


何度も頭の中で繰り返していた気持ちを彼にぶつけると、強く抱きしめてくれた。あたたかい、ずっと恋焦がれた彼の体温。


「あ。でも、今日会えたのは、奇跡の再会ってやつじゃないけどね~」


彼がそっと耳元でつぶやく。


「え?」


「 実は俺、1ヶ月前くらいから、よくこの公園に来てたんだ。有村さんに会えないかな~って。伝えたいこといっぱい考えたのに、うまく言えないもんだね。いざ、有村さんの背中みたら、緊張しちゃって。学生の頃の初めての告白みたいにガチガチで。焦った」


そういって子供みたいに笑う彼。

私達はその後、手を繋いで公園の中をデートした。思い出の場所で、隠れてキスをしたことは、2人だけの秘密。


これは、私たちの始まりの物語。

穏やかな春風にのせて、あなたにも小さな幸せが訪れますように。



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私にとって処女作となる「恋わずらい」を読んでいただき、本当にありがとうございました。


改めて、物語をかく難しさと、楽しさを味わうことができました。

そして、読んでいただける嬉しさも。


また新しい作品ができましたら、暇つぶしにでもおつきあいいただければ幸いです。


ではまた、次の作品で。


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恋わずらい にこはる @nicoharu

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