プラトン・レンズはいずこか

花野井あす

プラトン・レンズはいずこか


 のっぽのジェンキンズ先生は目が悪い。

 そのことを頻りに学生たちに漏らしていた。私も其の一人である。

 

 ジェンキンズ先生は言う。

「私は以前、眼鏡を新調したのが。」

 

「それで、どうしたのですか。先生。」

 

「それがまたぽんこつで、端が滲んで見えるのだよ。」

 

「それは確かにいけない。買い替えたほうが良い。」

 

 ジェンキンズ先生は眼鏡を付けたり外したりして、私の顔を見ようとしていた。きっとぼやけて見えないのであろう。不憫なことだ。

 

 ある日、ジェンキンズ先生が言った。

「眼鏡を新調したよ、諸君。」

 

「善く見えるようになりましたか、先生。」

 

「端がぼやけていたりしませんか、先生。」

 

「ああ、善く見えるとも。」

 

 しかしジェンキンズ先生は何処か不満げ。僕たちはどうかしたのであろうかと顔を見合わせていると、ジェンキンズ先生はため息交じりで続けた。

 

「しかし、見えないのだよ。」


 意味深長な言葉を落として、ジェンキンズ先生は講義室を後にした。僕たちは首を傾げていた。見えているのに見えない。不思議なことである。

 

 数日後、ジェンキンズ先生が言った。

「とても善く見える眼鏡を買った。」

 

「其れは良かったですね。先生。」

 

「しかし、見えすぎるのだ。あれではいかん。」

 

「どうしたのですか。」

 

「細胞がくっついたり離れたりする様は見えるのだが」

 ジェンキンズ先生は眼鏡を外して続ける。

 

「此れは私の見たいものではない。」

 

 僕たちは目を瞬かせ、目を抑えながら哀しげに嘆くジェンキンズ先生を見た。


 先生が本当に見たかったものは何だったのか。そして其れはいつか見られるものなのか。僕が疑問を浮かべているとジェンキンズ先生がぽつり、と言葉を溢した。

 

「私は、真実の姿を見たいのだよ。」

 

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プラトン・レンズはいずこか 花野井あす @asu_hana

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