第3話 襲撃
──────────
つい数時間前まで、兵団の敷地内にある広場では、前日でありながら アルタの誕生日を祝福する兵士たちで賑わっていた。
時刻は午前二時を過ぎた頃。
今や兵舎は静寂に包まれ。立ち並ぶ篝火が穏やかに揺らめく。
夜の警備を務める者たちも、
先ほどの祝福ムードに当てられてか、普段より穏やかな空気が流れていた。
静かな夜だった。
風は穏やかに吹き、
夜空にはポツリ、ポツリと星が瞬く。
数時間後には朝陽の清々しい光が
街全体を包み込み、新たな一日が始まる。
───はずだった。
「ズガァァァン!!!!!」
突如として空が歪み、空間の渦が現れた。
稲光が一瞬光り、轟音と共にサヴァロンの街に雷が落ちる。
ただの落雷ではない。
それは 魔族が人間界に放たれた合図だった。
─魔族。
古来より、人間界に時折現れる、
魔界に存在する者たち。
獣の姿をした者や人型の者、
異形の姿をした者など、
様々な姿形をした彼らに共通しているのは、
空に突如現れる空間の歪みから、落雷と共に姿を現す事。そして人類の生命を脅かす事─。
魔族に対抗するべく
王都ドラグニアに存在する「軍」を中心として
討伐隊や兵団が各地に存在する。
サヴァロン警護兵団もそのひとつであった。
落雷は 一度ではなかった。
兵舎の警鐘が鳴り響き
先刻までの陽気な空気とは正反対の面持ちで、
武装をした兵士たちが広場に集結し 魔物達の迎撃に動き始めるまでの間に、十回を超える雷の音が響いていた。
────────
─初めの落雷からおよそ二十分。
サヴァロンの市街地では そこら中で兵士と魔物の交戦が繰り広げられていた。
魔物と武器を撃ち合う者、市民の非難を誘導するもの、傷つき倒れるもの─。
魔物の軍勢は、武装したゴブリンやオーガなどの亜人型を中心に構成されており、
中には獣の姿をした魔物も見られた。
普段であれば兵団の一隊で事足りるほどの規模であったが、雷が何度も鳴り響いた現在、兵団全隊でなんとか凌ぐのが手一杯であった。
「グギャア!」
ゴブリンが紫色の血飛沫をあげながら倒れる。
左胸から右脇腹にかけて大きく切り裂いたのは アルタの剣であった。
崩れ落ちた身体はやがて塵となり消滅する。
もう何体のゴブリンを斬ったのだろうか、それもわからないほどに剣を振り続けていた。
「くそっ、キリがない…!」
息をつく間も無く次々襲いかかってくる軍勢を迎え撃つべく アルタが剣を構え直す。
─その直後、背後に気配を感じた。
身体を正面に向けたまま後ろに目をやると、
オーガが斧を掲げ、自分へと振り下ろそうとしているところだった。
「…やば。」
そう呟いたのも束の間
大の男ほどある無骨な斧が振り下ろされる。
──事はなく、
代わりにオーガの身体が膝から崩れ落ちた。
「生きてるか?」
塵となり崩れ始めたオーガの向こう側に姿を現したのは ナバルだった。
「すまないナバルさん、助かった。」
ナバルに背を向けたまま謝意を述べると、
彼もまたアルタの横につき剣を構える。
「こいつらを凌げば、ここはひとまず落ち着くはずだ。向こうでは団長が暴れてる。気張れよ、アルタ。」
「言われなくとも!」
二人はそう交わした後、体勢を立て直し、
眼前の敵へと同時に駆け出した。
─────
サヴァロン中央街。
敵の軍勢と街の被害が一番大きいこの場には
ティアマトがただ一人、
自身の体長ほどあろうかという大剣を構え、敵勢を睨んでいた。
眼前にはオーガが六体。
更にその奥には、オーガよりもはるかに大きい
獅子の身体に猛禽類の翼を広げた魔獣がいた。
血で染めたかのようなタテガミ、
人間の胴体など軽く引き裂いてしまうであほう鋭利な牙を剥き出しにしながら、彼もまた眼前のティアマトを睨みつけている。
この魔獣こそが
この襲撃の軍勢を率いているかのように見えた。
「…グルルガァァァ!!!!!!」
耳を劈くような咆哮を突如魔獣があげると、
彼の前に並んでいたオーガたちが、各々の武器を振りかぶり一斉にティアマトに襲いかかる。
「──…なぁ化け物共よ、俺ぁ頭に来てるんだ。」
大剣を構えながら呟くティアマトが剣を大きく薙ぎ払おうとしたその時、
彼全体を光が包み、刀身が白く輝いた。
「大事な息子の誕生日を台無しにしてもらっちゃぁ────困るんだよ。」
輝く刀身が空を薙いだ時
斬撃の軌道がそのまま質量を持ったようにして前方のオーガたちに向かって翔ぶ。
次の瞬間、全てのオーガたちのが胴から両断され塵となった。
翔ぶ斬撃は勢いを止める事なく
オーガたちの後方にいた魔獣に襲いかかる。
「……グガァアアアアアア!!!!」
迫りくる斬撃に魔獣は一瞬だけ怯んだが
咆哮と共に翼を羽ばたき高く飛び上がった。
斬撃は魔獣の更に後ろまで翔び、中央広場のオブジェを切り崩した後、勢いを無くし宙に消える。
宙に飛び上がった魔獣が
再びティアマトに視線を向けると、剥き出しの牙の隙間から炎の柱を噴き出した。
ゴウッと音を立てながら燃え盛る火柱が、糸を繋いだかのように真っ直ぐティアマトに向かっていく。
─ティアマトは
先ほどの斬撃を放った後すかさず剣を構え直し、今度は縦に構えていた。
火柱がティアマトの数メートル先まで迫った時、再び刀身が輝き、振り下ろされた。
今度は縦に放たれた斬撃は、三日月型の弧を描き、迫っていた火柱を割りながら魔獣に向かう。
やがて三日月は、空中で魔獣を切り裂いた。
「ゴアアアアアアァ…!!」
魔獣の悲鳴と共に、その身体は塵となり、やがて消えた。
─────
「─やれやれ…。」
ティアマトは剣を背中に納めると、襲撃や戦闘で半壊した広場を見まわしため息をつく。
「だいぶ派手にやられちまった。あとでお偉いさん方に何と言われるやら…。」
敵勢は初めの勢いを無くし
各所でも兵士たちが各々の戦闘を終え、
火を放たれた建物の消火活動や、逃げ遅れた市民の救助を行なっていた。
事態は間も無く終息をみせるだろう。
緊迫していた兵士たちの表情もどこかに安堵した様子が窺えた。
しかし、最悪の事態となるのはここからだった。
もはや耳に懐かしい落雷の音が
中央広場を中心に轟いた。
それは、先ほどまでの落雷とは違い
墨で黒く塗りつぶしたように黒く、巨大であった。
再び兵士たちが剣を取り、
緊迫とした空気が流れる。
しかし、先ほどまでの魔物の襲来の時よりも遥かに 兵士たちの表情には焦りや絶望が見られた。
そして、
それはティアマトも例外ではなかった。
「おい、嘘だろ…。」
「─魔人が来たってのか…?」
ドラゴ×ウィッチ ─竜と魔女が恋した世界─ 中尾タイチ @yhs821
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