第37話 最終回 王子様と聖女様は
その後、王子様と聖女様はいつまでも幸せに暮らしました、めでたしめでたし。
とはならないのが現実だ。
2月1日、カミラ王妃が王宮の隣にあるゾーイ大聖堂にお隠れになった。そこにはディーン・スペンサー教王が住んでいる。彼女は実家に帰ってしまったのだ。
長年実権を握っていた王妃が拗ねて、ヘンリー王は困ってしまったらしい。
「ジルベール、王太子として修行しろ。王の代理として、国政の舵取りをしなさい」
王子に丸投げして、隠居のようになってしまった。
王の仕事はことのほか忙しい。
各種式典、会議などが目白押しだ。
自然、わたしは王妃代理のようになってしまい、ジルベールに引きずられて多忙になった。
喫緊の課題はサイラス王の扱いと王不在のオースティン王国との外交だ。
ジルベール、わたし、大臣たちによる会議が連日のように開かれた。
「サイラス王は戦争の首謀者です。できるだけ早く死刑を執行すべきです」
「オースティンの国民感情を逆撫でするのではありませんか。殺すのはまずいでしょう」
「虜囚にしておいても、オースティン国民には嫌われます。さっさと始末した方が、後腐れがないのではありませんか」
「サイラス王は囚人食を口にしません。このままでは餓死しそうです。美味しい食事を提供してよろしいでしょうか」
「ジルベール殿下、ご決裁を」
「クロエ、きみはどうすれば良いと思う?」
「えっ? とりあえず、美味しいものをあげておいてください」
「ライリー会戦には勝ちましたが、講和条約を結んだわけではありません。オースティン王国を降伏させませんと」
「そもそも宣戦布告されておりません。あれは戦争ではなく、事変だったのでは?」
「サイラス王が軍を率いていたのですぞ。戦争以外のなにものでもありません」
「オースティンはいま、空城のようなものです。攻め入って、占領すべきです」
「ヴァレンティンから侵略するのはやめておいた方が良いのでは」
「戦闘体勢を整えつつ、降伏条件を提示してはいかがでしょうか。ヴァレンティンの傀儡政権として、ブライアン公爵を王に立てるよう要求してはいかがでしょうか」
「ジルベール殿下、ご決裁を」
「クロエ、きみはどうすれば良いと思う?」
「占領とか、傀儡政権などは、後々に禍根を残すのではないでしょうか。取り急ぎ不可侵条約を結び、両国とも共存共栄できる道をさぐるべきかと思います。サイラス王は暗愚でしたが、オースティンは悪い国ではないのです」
「おお、クロエ様の仰せのままに」
シロー・トードーが王太子の間に陳情に来た。
わたしがジルベールに頼み、王子は山男と面会した。
「今年の夏にカイシュタイン山に再挑戦したいのでやす。真夏なら、頂上へ行けると考えておりやす。ぜひ王家の後援をお願いいたしやす」
「後援とは、具体的にはなにを求めているのだ?」
「人員と金銭的援助をいただきたくお願い申し上げやす。それと、クロエ様にご同行いただけると幸いなのでやすが」
「人と金は出そう。クロエはだめだ」
ジルベールは国内の街道の整備をしたいと望んでいる。
主要街道をすべて石畳で舗装したいと言う。
城や砦の新築や修理にも手をつけたいようだ。
官吏が少なくて、予算がどれほどかかるのか、算定もできない。
「国勢調査から始めないと! ジュリア・クラーク公爵令嬢を財務担当官として招きたい。クロエ、きみに任せるから」
「えっ? わたしは話したこともないですよ」
「交渉してみてくれ」
話してみて、ジュリア嬢はとても優秀な人材だとわかったが、面倒くさい人でもあった。
ジルベールはそのことを知っていたにちがいない。わたしは厄介事を押しつけられたのだ。
王太子は軍事調練に熱心だ。
それは良いことなのだが、彼が軍事に熱中して、わたしは大臣たちとの会議などに代理出席させられることが日に日に増えていった。
「クロエ様、ご決裁を!」
「ご判断ください、クロエ様」
「この書類にサインしてください。王太子殿下のサインでなくても良いのです。クロエ・ブライアン様の名で!」
「クロエ様、大寒波が襲来しました!」
水晶を持ってきてもらって、季節の魔法を行使!
大忙しだ。
最近は水晶の調達もわたしの仕事になってしまった。
官吏に指示するのが日常になった。
「極寒の中での訓練はとても有意義だったよ。お疲れさま、クロエ」
わたしが季節の魔法を行使した後、ジルベールが王太子の間に戻ってきて言った。
「ジルベール、軍事よりも政治に注力してください。ガスパール将軍やアイザック万人隊長は優秀な指揮官なのでしょう? 軍事調練は任せてはどうかしら?」
「将軍は退役したいと言い出した。アイザックは豪傑で、前線指揮官としては優秀だが、統括的な司令官タイプではない。私には軍事の才能があると思うんだ。きみには政治的手腕がある。私の代理をつとめてくれ。頼むよ、愛しいクロエ」
ジルベールにキスされた。
彼の部屋へ誘われた。
わたしは彼の言いなりになってしまう。
夏冬の聖女は全力で王子に尽くしている。
王太子の婚約者は、どこの国でも楽ではない。
婚約破棄された夏冬の聖女は隣国へ。王子が愛してくれるから全力で尽くすことにした。 みらいつりびと @miraituribito
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