第9話 倉敷の真相

 事件はしばらくして、急転直下で解決を迎えるのだが、そのきっかけとなったのが、中学生の自殺未遂問題だった。

 倉敷が殺されてから半月ほどが経っていた頃だったが、事件に関してはまだほとんど分かっておらず、地道な聞き込みなどの捜査が行われている段階だった。

 何しろ、情報がほとんでなく、倉敷という男がどうしてこの教団に入信したのか、さらにはそもそも倉敷という人物自体を知る人間がほとんどいなかったのだ。

 会社でもいつも孤独で、一人でいることが多いという証言しかなく、

「何を考えているか分からない」

 という話しか聞こえてこなかった。

 家族から離れて都会で就職し、田舎におほとんど帰ったこともないという。親からの苛めがあったということは、本人と家族しか知らないので、その情報も当然警察は掴んでいない。

「ただ、就職で都会に出てきた青年」

 というだけの情報だった。

 仕事にしても、それほど優秀でもなければ、怠けているわけでもない。

「真面目に仕事をしているように見えるが、心の底では何を考えているか分からない」

 という意見ばかりで、誰も倉敷の本当の顔を知らないのだ。

 教団で聴いてきた新見という男性が倉敷であることはほぼ間違いないだろう。最初に教団で話を聞いたために、教団で得た情報は、彼の情報の中での氷山の一角のように思っていたが、実際には、世間体の方が謎に包まれている。

「それであれば、もっと教団で突っ込んで新見のことを聞いておけばよかった」

 と、清水刑事は感じていた。

 辰巳刑事も、

「ここまで聞き込みをして、被害者の情報が得られないというのも珍しいくらいですね。これなら、本当に腹を割って話のできる人なんかいないんじゃないでしょうか?」

 と言った。

 そんな時、倉敷の家の近くで聞き込みをしていた時に訊いたウワサを耳にしたのを思い出していた。

「倉敷さんは、ご近所付き合いのほとんどない人でしたね。まあもっとも、若い人の一人暮らしの人なんだから、近所づきあいの苦手な人がいてもそれはしょうがないと思うんですが、あの人はこちらが挨拶をしても、挨拶を返してこないんですよ。なんて失礼な人なのかと思っていたんですが、ある時、近所の中学生を持つお母さんから言われたことがあったんですよ。どうやら、倉敷さんはその人の重学生の息子さんとはよく話をしているようで、その中学生がいうには、『倉敷さんは、本当は気さくな人で、挨拶されたら、ちゃんと返せる人なんだけど、最初に挨拶した人が倉敷さんのことを不審者のような目で見たことで挨拶ができなくなった』というんです。それも彼の被害妄想ではなく、他の人よりも感じ性が強いだけなんじゃないかってですね。その奥さんは、実は息子からそう言われて倉敷さんをそういう目で見てみたそうなんです。すると、息子の言っていることがよく分かる気がするというんですよね。要するに倉敷さんという人は、人から勘違いされやすい人だってですね」

「なるほど」

「それでですね。その性格って普通なら短所はないですか? でも、その奥さんが息子から聞いたことによると、倉敷さんはそれを長所に変えようとしていたというんです。そして、実際には長所としてもそれを活用できるようになっているので、短所の方は目をつぶるという感じですね。つまりは、人から嫌われるのは覚悟の上で、自分の長所を伸ばしているということなんですよ」

「長所と短所は紙一重と言いますからね。倉敷さんにとっては、長所を伸ばす方を選択されたんでしょうね」

「ええ、その奥さんも、自分の息子に望むこととして、短所を治すことも大切だけど、それ以上に長所を伸ばすことをしてほしいと願っているというんです。だから、それまで倉敷さんを白い目で見ていたその奥さんは、倉敷さんに対しての見方を変えて、今ではすっかりあの人のことをいい人だと思っているようなんですよ」

「その奥さんと倉敷さんはよくお話とかしているんですか?」

「いいえ、それはないようなんです」

「話もしないのに、相手にいい人だと思わせるというのは、倉敷さんという人は、皆さんと見方をちょっと変えただけで正反対の性格に見せるという力を持った人なのかも知れないですね」

 と聞き込みを行っていた辰巳刑事が聞いた話だった。

 それが、事件が発生してから二日目のこと、教団を訪れた次の日の情報だった。

 二日三日の間で少し集めることができた情報も、次第に集まらなくなってくる。実際に、これだけの情報では、事件の真相に辿り着くのはなかなか難しいと思われていたのであった。

 一週間が経った頃、辰巳刑事と清水刑事は食事に出かけ、話の流れからが、自然とこの事件の話になった。

「本当によく分からない事件ですね」

 と、辰巳刑事がいうと、彼の本心がどこにあるのかよく分からない清水刑事は聞き返した。

 今までのパターンをよく分かっている清水刑事は、いつものような気持ちになっていた。

「どういうことだい?」

「最初は会社のトイレで人が殺されていて、しかも昼間のこと、会社という見つかりやすい場所ということもあって、情報は掃いて捨てるほどあるのかと思いきや、実際には宗教団体などの閉鎖的な場所が出てきたかと思うと、その宗教団体は思ったよりも、オープンだったこともあって、自分たちが感じているよりも、かなり事件が簡単なのではないかと思えた。それにも関わらず、気が付けばほとんど情報が出てくることはなく、いたずらに時間を費やしているだけにしかなっていない。何度かの紆余曲折がある事件というのは結構ありますが、今回のはその中でも幾分か特殊な事件に思えて仕方がないんですよ」

 と辰巳刑事はいう。

「確かにその通りだね。でも、数少ない情報とはいえ、積み重ねていくだけの材料は揃っていないのだろうか? あまりにも情報が出てこないことで、結び付けられるだけの話をこっちで勝手に忖度して、結び付けようとしないという変な気の遣い方をしていないかとも思えるんだけどね」

 と清水刑事は言った。

「私が気にしているのは、三日目だったですかね? 近所の奥さんの中で、中学生のお子さんを持った奥さんの話が話題になったでしょう? あの奥さんだけが、あの話の中で倉敷という男を贔屓目で見ていたようじゃないですか。大人は皆彼を無視する形でいるのに、中学生の子供が倉敷と仲がいいというのも、何かあるような気がするんですよ」

 という辰巳刑事に、

「そういえば、その奥さんや子供から話を聞いたんだっけ?」

 と清水刑事が聞くと、

「ええ、話を伺おうとお宅まで行ったことは行ったんですが、その時奥さんは仕事に出ているようだったので、だったら、その子に訊いてみようかと思ったんですが。その子からは話すことを拒否されました」

「拒否された?」

「ええ、どうもおかしいと思って近所で、そこの家庭のことを聞いてみたんですが、どうやらその中学生の男の子は、学校で苛めに遭っていたようで、引きこもり一歩手前にいたそうです。母親とも結構揉めていたようで、時々喧嘩している声が聞こえてきたり、息子が暴れているのは聞こえてきたりしていたそうです」

「そうなんだ。家庭環境が複雑なんだな。ところで父親は?」

「それが、三年前に離婚したようです。理由は分かりませんでしたが、家庭内で息子が暴れるようになったのは、それが原因ではないかというんです。ただ、普段は仲がいい親子のようで、何かあった時だけ暴れているようなんですよね。だからこの間の奥さんの話も、親子が仲のいい時に訊いた話ではないでしょうか。そういう意味ではあの奥さんの話には信憑性があるような気がするんです」

 と辰巳刑事がいうと、

「それはどういう意味だい?」

 という清水刑事の問いに、

「いつも仲がいい親子というのは、一見非の打ちどころがないように感じますが、逆に言えば、お互いが探り合っている時間が長いだけのような気がするんです。たまに衝突しているくらいの方が、穏やかな時間は仲直りしたいという気持ちになったり、もう喧嘩をしないようにするにはどうすればいいかを模索することになるので、却ってお互いに本音が言えるのではないかと感じているんです。だからあの親子の平静な気持ちの時の話というのには、信憑性がかなりあるように思えるのは私だけでしょうか?」

 と辰巳刑事は言った。

「なかなか鋭い観察眼だ。私も同じことを感じるね」

 と清水刑事はそう言いながら、相変わらずの辰巳刑事の目の付け所と、発想の奇抜さを奇抜と感じさせない考え方に一目置いているのだった。

 そんな家族においての中学生の子供は、一人っ子であるがゆえに、父親は息子に過大な期待を寄せ、母親は常識的で平均的な期待を寄せていた。離婚前の夫婦はどうやら、本当の仮面夫婦だったようで、特に母親は世間体を気にしすぎた。

 そのことで夫も次第に家族への愛情が覚めていき、息子のこともどうでもよくなってくる。

 息子の方は、両親ともに嫌いだったが、どちらかというと父親の方がましだった。期待を寄せていると言っても言葉で言われるだけで、具体的に、何になってほしいのか、何を目指してほしいのかなどの詳しいことを口にするわけではない。

 しかし、母親は息子に対して直接的な指示や文句をいう。息の抜けどころがなくて、ノイローゼになってしまいそうなくらいである。

 そんな二人の教育方針の違いは、さらにお互いを離すことになったようだ。

「お金で繋がっているだけの夫婦」

 という感覚が小学生の時のその少年の頭にはあった。

「お父さんは仕事をして、お母さんにお金を渡す。お母さんはお金をお父さんが持ってくるから、築説的にお父さんに文句を言えない」

 そんな関係が続いていることで、すっかり冷めてしまった夫婦間には、どこか母親が家族の中で一番偉く、父親は母親の言いなりで、息子はそんな母親に恐怖を感じる。少し歪な考えではあるが、

「お金で繋がる一種の主従関係」

 という構図に、小学生の子供としては見えたのだった。

 殺された倉敷という男が、そんなこの少年と仲がいいという、辰巳刑事はどうしてもこの少年のことが気になって、何度か聞き取りをしようと試みたが、一度は少年自ら、

「何も話すことはない」

 といって断られ、その次は母親から、

「息子に近づかないでください。警察に事情を聴かれたなどというウワサが流れれば、ロクなことはないので、世間体も悪いし、やめてください」

 ということだった。

 親からそう言われてしまうと、無碍に警察として動くわけにはいかない。

 そのせいもあって、それ以上無理をすることはできなかった。何しろ親権は母親にあるからだった。

 両親が離婚して、息子は父親と一緒に本当は暮らしたかった。

 しかし、離婚の時の条件で、

「親権は母親に」

 というものがあり、母親と離婚することだけを考えていた父親に取って、息子という厄介者を背負わなくていいのは、望むところだった。

 そのせいで一緒にいるのが嫌で嫌でたまらない母親と一緒にいなければいけない息子は、どこで知ったのか、中学生になった彼は、教団に相談を持ち掛けるようになり、そのうちに入信してしまったようだ。

 まだ未成年なので、本当の入信は母親の許可がいり、できるはずもない。

 しかし、この教団は、幸か不幸か、勉強会の形も呈しているので、そちらでまずは勉強することにした。

 少年は結構勘が良かったり頭が良かったりする、校長がこの教団の命名の意味を、、何と中学生の段階で看破した。それは、教団の他の連中も、さらに校長をもビックリさせるものだった。

 校長は、

「この子は、私の後を継げるほどの逸材だ」

 と感じ、本当は手放したくないと思っていた。

 だが、家庭での少年の立場は微妙なものになっていた。母親は生活をしていかなければいけないことで息子に構っている暇はなくなった。そういう意味では解放されたというべきであろうが、いつ怒り出すか分からない母親と一緒に暮らすのは、地獄のような思いだったのだ。

 一度恥を忍んで父親に会いに行ったが、

「行くんじゃなかった」

 と思うほど、実に覚めていた。

 明らかに、前の家族のことは忘れて、これからの自分の人生を歩むということにだけ集中しているようにしか思えない。

 そんな家族の本性に完全に気付いてしまった彼は、もう卑屈になることもなく堂々と教団に通い続けた。

「どうせ家族は自分のことで精いっぱいで、何も言わないんだ」

 と思ったからだった。

 彼が警察署で質問をしたのはそんな時だった。

「相手は誰でもいい、聞いてほしいと感じたらしいです」

 と、あの時、密かに先生に、

「どうして彼はあんな質問をしたんでしょうか?」

 と気になった辰巳は、先生に訊いてみた時の答えだった。

 もちろん、先生が彼の真意を分かるはずもなく、無難に答えただけだった。

 辰巳にもそんなことは分かっているので、それ以上先生に何も聞かなかったが、学校の先生といえども、しょせんは公務員、子供一人一人の向き合っていないことがハッキリとし、辰巳はショックを受けていた。

 そんな状態から、一週間が経った時、

「中学生が自殺未遂をした」

 という話が聞こえてきた。

 聴いてみるとその時の少年で、命に別状はないというが、しばらくは入院が必要だという。

 母親が付きっ切りで寄り添っているようだが、父親は、一度様子を見に来ただけで、その一度キリだという。その一度も、ただ来たというだけで、誰ともロクに話もせずに、状況だけを聞いて帰ったという。完全に

「離散した家族」

 であった。

 遺書のようなものがあったとは聞いていない。だが、教団では、

「あの少年が自殺未遂? 何となく分かる気がする」

 という話が訊けた。

「あの子は、いつもどこにいても、心ここにあらずという感覚で、話をしていても、まるでリモートで会話をしているような感じがして、呼吸スラ感じないようなことがあったくらいなんです。いつかはこんなことになるのではないかと思っていましたけど、我々にはどうすることもできませんからね」

 といっていた。

 この教団は人の相談には乗るが、その人が自殺未遂、あるいは自殺をしたとしても、それはその人の選んだ道であり、否定も肯定もしない。だから、責める気もなければ、絶対に自殺をしそうでも、止めることはしなかった。

 とめてはいけないというルールがあるわけではなく、

「世の中には、どうすることもできないことだってある。生殺与奪の権利なんて、存在しないんだ」

 というものであった。

 実に冷たいように見えるが、実際に冷たい関係で、だが、それも致し方がないと感じる辰巳刑事だった。

「そういえば、倉敷が殺されたということで訊きとりにいった時も、誰も彼の死を悲しんでいるという人はいなかった。偽名を使っているということもあって、イメージがわかないというのもあるだろう。それだけに、余計に教団の得体の知れない雰囲気が感じられそうだ」

 と感じていた。

 しょせん、宗教団体などそんなものではないかと辰巳は思ったが、考え方には一目置く者がある。

「宗教団体は利用するものであって、決して利用されてはいけない」

 というのが教訓ではないかと辰巳刑事は思っていた。

「どうして少年は自殺を思い立ったのだろう?」

 という思いと、もう一つは、

「なぜ今なんだろう?」

 という思いが渦巻いていた。

 見ているといつ自殺をしてもおかしくないと、学校では見られていたが、逆になかなか自殺をしないことで、まわりも、

「思いすごしだったかな?」

 と感じるようになっていた。

 それだけに自殺未遂を起こしたのが今だったということに、何か意味があるような気がして、辰巳刑事は、早く彼が回復してくれることを待った。

 倉敷が死んでか二週間。自分たちが知らない何かが存在しているのかも知れない。辰巳刑事にとって、二人の関係は、どうしても切っても切れない関係に思えて仕方がないのだった。

 それを思うと、少年が警察で訊いた質問の本意がどこにあるのかを探ってみる必要があると、辰巳刑事は感じた。

 少年と仲が良かったという人が後日、警察にやってきた。

「実は、彼が自殺しようとした理由なんですが……」

 といってやってきた男性は、年齢的にはちょうど死んだ倉敷と同じくらいであろうか。

 やはり、教団の入信者であるが、入信したと言ってもごく最近のことで、教団歴は、中学生である自殺未遂を心得た少年よりも短いくらいだった。

「私は、彼よりも歳は取っていますが、教団では彼の方が先輩です。でも、彼は私をよく慕ってくれました。何でも相談してくれるし、私も思わずここまで相談してくれる彼を見ていると、自分が偉くなったのではないかというような錯覚に陥るくらいでした。そんな彼が自殺をする一週間くらい前だったでしょうか? 妙なことを言い出すんです。自分が人を殺したのかも知れないとですね。この間から倉敷さんのことがあったので、ひょっとしてそのことではないかと思っていたんです。なぜなら倉敷さんと少年は結構仲が良かったからですね。もっと言えば倉敷さんは今の私のような立場だったんです。少年からいろいろ相談を受けて、それに対してしっかりと答えていたということですが。そんな倉敷さんを慕っていたのは、あの少年だけだったんです。彼は私に倉敷さんの過去も語ってくれました。もう死んでしまった人なので、いいと思ったのでしょう。倉敷さんという人は。まわりからとんでもない過去を持った人で、誹謗中傷を浴びていたと思われているようですが、実は違います。彼の本当のことというのは、小学生の頃、苛めっ子だったということだけです。しかも、そのウラでは父親から迫害を受けていたという事実を隠していたんですよ。そして中学になってから彼は自分の悪口をネットに載せるようになった。つまり彼に対しての誹謗中傷は、自作自演だったんですよ」

 という証言に、辰巳刑事も清水刑事も衝撃を受けた。

 まさかそんなことだとは思ってもなく、実際に聴けば聞くほど倉敷という男は酷い男だというイメージしか湧いてこなかった。

「どうして、彼はそんなことをしたんでしょう? 自虐的すぎませんか?」

 と清水刑事が聞くと、

「確かに新見さんは、自分を自虐的に見ていたことは間違いないと思います。それは一度やってしまうと、彼の中にあるマゾ的な部分が顔を出したのではないでしょうか? 彼が自分を誹謗中傷したのは、小学生の頃、自分が父親から苛められていたという事実を隠したいからでした。どうして隠したいのかという本当の理由はよく分かりませんでした。ひょっとすると新見さん本人にも分かっていなかったかも知れません。新見さんという人は、だから世間がいうようなとんでもない人ではなく、思慮深い人だったと言えるのではないでしょうか? それは大人では理解できないもので、少年のような子供の心に近い人でなければダメなんでしょうね。でも、だからこそ新見さんの思惑はうまくいった。そして理解しているのは少年だけなので、少年のいうことを大人が間に受けるわけもない。少年はそんな新見さんに距離を感じたのかも知れない。自分だけが分かっているはずなのに、新見さんはそれを嬉しくは思っていないし、本当に自分のことを仲間だと思ってくれているかということも分からずに、疑心暗鬼になっていた。そこで、彼は新見さんを殺そうとした。衝動的だったのかどうか、本人にも分からなかったようですが、でも、本人は本当に殺していないのではないかと言っています」

 と彼は言った。

「じゃあ、本当に殺したのは他にいるということかな?」

 と辰巳刑事が聞くと、

「ええ、そうだとしか思えません。でも、そうなると少年にはまったく心当たりはないんですよ。自分の相談にはよく乗ってもらっていましたが、少年は新見さんのことをほとんど知らなかったようなんです。新見さんが誰にも話していない秘密を除けばですね」

 と彼はいう。

「うーん、よく分からないですね。じゃあ、あの殺人未遂(?)現場を誰かが見ていたということでしょうか?」

「そうだと思います。ただ、それも偶然見つけたのか、それとも少年のことを気にしている人がいて、その人が少年の尾行中に見つけたということなのか、どちらにしても、少年は本当の殺人を犯していないと言えるのではないかと思うんですよ」

「じゃあ、彼はそれをあなたにだけ言ったと?」

 と辰巳刑事が聞く。

「ええ、本人は誰にも言っていないと言っています。おそらくそうでしょう。誰かに感嘆にいえる話ではないですからね。たとえ言ったとしても、悪い冗談だと言って。、怒られるのが関の山ということではないでしょうか?」

 と男がいうと、

「よほどその少年のことが気になっていたんでしょうね。親のような人かな?」

 家族構成はややこしい。少年は両親とも、どちらも嫌いなので、もしそれが本当だとすると、、嫌いな親に見られていたということが、自殺未遂への引き金になったと言えるのではないだろうか。

 それから事件の話が急展開をしたのは、少年の父親が自首してきたことだった。

「私は、家内と離婚して、息子とも離れました。それからの自分の人生は坂道を転がり落ちるような本当の転落人生だったんです。誰からも相手にされず、何も考えずに、苦し紛れの離婚から、親権ももと元嫁がもらってくれるのなら、のしをつけてやってもいいというくらいになっていました。半分やけっぱちだったのかも知れない。だが一人になってみると、何もかもがうまくいかず、取り返しのつかないことをしたと思っていました。そこで私は息子をずっと見張っていたんです。宗教団体に行くのも分かっていましたし、息子が新見という男を慕っているのも分かっていました。しかしやつは話を聞けば聞くほどとんでもないやつではないですか。息子は子供だから分かっていないと思い、いつか薄子をあいつから取り戻そうと思いました。そうすることで息子が私に靡いてくれて、ひょっとすると一緒に暮らせるかもなんてことも考えました。でも、そのうちに息子が新見に不信感を抱いていることが分かってくると、やっと機会が訪れたと思ったんです。そこで新見を説得するつもりで息子の後を追いかけると、何とやつを刺して逃げるところでした。やつはまだ生きていましたが、このまま復活されては息子の罪が露呈すると思い、私がとどめを刺しました。その時は殺されてもいいやつだとしか思っていませんでしたからね。でも息子はその後自殺未遂を行います。私はその時、すべてを知りました。息子が自殺未遂したところに息子の遺書がありすべてを理解しました。私は息子のためにやったと思ったんですが、本当にそうなのかが分からずに、自首してきたというわけです。息子は悪くありません」

 と父親は言った。

「う―ん」

 と辰巳刑事は唸ったが。

「でも、私は後悔していません。確かに新見は言われているような悪い男ではないかも知れない。しかし、彼の一つの自分の中にある秘密を隠したい一心で考えた自分への誹謗中傷が、結果として自分の命を抹殺することになり、さらに私たち親子をこんな目に遭わせることになるからですね。そういう意味では、正義感を振りかざしているのを見ると私は虫唾が走るほど嫌なんです。息子が通っていたあの宗教団体、あの宗教団体がどのような主旨でたっているかということも、勉強しました。確かに彼らの言い分は正しいかも知れない。でも万民に受け入れられなければ、それはまったくの無駄なことにしかならないんですよ。それを思うと私は実に世の中の理不尽さを呪いたくなるくらいです」

 と言った、

「でもね、あなただって人のことは言えませんよ。自分が先ほども言ったように苦し紛れでやったことが、あなたにとってすべての現況ですよね。どうして息子さんがあんなことをしたのか、そして、あなたが巻き込まれなければいけなかったのかということを、他人事として考えてしまうと、それは何の問題解決にはなりませんからね。そのあたりはよく考えないといけませんよ」

 と、清水刑事は父親にいった。

「教団も、事された新見さんも、あなたも、あなたのお子さんも、すべてどこかで歯車が狂っていたんですよ。そこに誤解や猜疑心が生じ、問題解決にもっとも安直な方法が選ばれてしまった。あなたと息子さん二人で一人の男を殺したわけですよね? あなたと息子さん、それぞれが半分悪いわけではありません。二人とも立派に一つ一つの犯罪を形成しています。裁判などでは減刑も多少はあるでしょうが、自分が一つの大きな罪を犯したということだけは忘れないでくださいね」

 と清水刑事は言った。

 それを聞いて。うな垂れたまま何も言えない父親も、病院のベッドでまだ起きることのできない息子も、言ったことから何を考えて生きて行けばいいというのだろう?

 辰巳刑事も清水刑事も、あの教団が掲げていた命名の意味を、今一度、思い出していたのだった……。


                  (  完  )

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

誹謗中傷の真意 森本 晃次 @kakku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ