だって、私はドラゴンだから

外清内ダク

だって、私はドラゴンだから



 そんなに大声を出さんでよろしい、勇者よ。ちゃんと聞こえておる。貴公らのような人種はどうしてこう、いちいち挨拶が仰々しいのだ? 「我こそはどこそこの騎士なになに!」だとか、「平和を乱す邪悪な竜よ、この俺が息の根をとめてやる!」だとか……様式美というものかね。ふぅん。

 ああ。やりたまえ。私は抵抗などしない。貴公が握るその聖剣だか魔剣だかを、私の鱗に突き立ててみるがいい。たぶん無駄だと思うよ……ほらね。一体どこから引っ張り出してきた骨董品なのか知らんが、そんなものではちっとも歯が立たないというのが、この身の呪わしさ。

 死ねないのさ……

 ふふ……そんなに悄気しょげることはない。今まで何百という「勇者様」が私を討ちにやってきたが、そのほとんどはダンジョンの途中で息絶えた。私のもとまでたどり着けただけでも貴公は立派な方だよ。どうだ。せっかくここまで来たことだから、少し話し相手になっていかないか?

 うん? いや、他意はないよ。単に寂しいだけさ。私はここで、ずっと独りぼっちだからね……

 ちまたで何と言われているか知らないが、私は別に、人間を憎んでいるわけじゃない。むしろ好きだ。昔は私も外の世界を自由に飛び回り、人間たちと戯れていたものさ。多くの人里を渡り飛び……おしゃべりをし……共に喰らい……祭りの輪に飛び込み……ささやかな幸せを共有できていた……

 信じられないか? そうかもな。なにせ、この図体ずうたいだ。しかし、怪物の異形をすら個性と認めてくれる人が、確かに私の周りにいたんだよ。

 綺羅星のような思い出が、たくさんできた。どれもこれも、ささいなことさ。でも、たまらなく愛おしいことばかり。

 でもね、勇者よ。貴公は誰よりもよく知ってるだろう?

 ドラゴンは、世界を滅ぼすものと決まってる。

 私の爪はあまりに鋭く、触れた人を切り裂いてしまう。

 私の脚はあまりに大きく、近づいたものを踏み潰してしまう。

 私の息はあまりに熱く、街も、城も、一吹きで消し炭に変えてしまう……

 私は必死にこらえようとした。己の中の暴力性、攻撃性、それを抑え込み、誰も傷つけずに済むように、私なりに我が身を律した。時には自分の爪を自分で噛みちぎったことも……漏れかけた火炎の息を飲み込んで自分の肺を焼いたこともあった。

 だが私は……ドラゴンは……世界を滅ぼすためにできている。神か何か、天上にいるくそったれ野郎がそう創ったんだ。我慢しきれるものじゃない。隠し通せるものじゃない。

 ついに私は人を殺してしまった。故意じゃなかった。だがそれがなんだというんだ? 私は死なせたくなかった人を死に追いやり、傷つけたくなかった人に一生の傷を負わせた。自分のしでかしたことの取り返しつかなさに、私は泣いた。すると今度はその涙が、毒の雨と化して人々の頭上に降り注ぐ。私は叫んだ。すると今度はその声が、衝撃波となって村を薙ぎ払う。

 私はもう、一歩も身動きが取れなくなった……

 なあ、勇者よ。分かってくれるかい。

 私はダンジョンの奥底に籠もった。

 もう二度と、外へは出ない。人間たちとは交わらない。そう心に決めて、引き籠もった。だって、私はドラゴンだから。人のそばにいるだけで、人を傷つけてしまうから。そしてそんな私をも許してくれる人々の寛容さを少しずつ食い潰し、いつか本当の怪物となって、皆の怨嗟を掻き立ててしまうだろうから……

 ありがとう、勇者よ。私のために泣いてくれるのか。

 君もまた、私の新たな思い出となった。だから頼む。どうか、早く、ここを離れろ。毒の涙がこの目から溢れ出て、君を飲み込んでしまう前に……



THE END.

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