第3話(後編)彼女達に快適な生活を提供する寮監に俺はなりたい。

千石澄香が足を痛めたので、朝の業務が一つ追加された。


「ほら、千石澄香。俺が学校まで送り届けてやる」

「はぁ、車のが安全なのに」

「自転車とか乗った事ないだろ? お前」

「そりゃあ無いけれど」

「じゃあ貴重な体験が出来るな」


千石澄香は庭に置かれた自転車を不満げな表情で見つめる。


「スミちゃんいいなぁ。シュウくんの後ろ乗れて」

「代わって欲しいものだな! 澄香」

「あら? 何で代わって欲しいの? 衣都、環」

「そ、それは……」

「まさに青春って感じだからな! 少女漫画みたいでっ」

「法に触れてんのよ」


千石澄香とだけまだ距離があるからいっぱい話して仲良くならないとな。


「とりあえず、俺の腰に捕まって乗るといい」

「はぁ⁉︎ そんな事できるわけっ」

「落ちるぞ?」

「う……」

「落ちたら余計怪我悪化する」

「わ、分かったわよ! 掴まれば良いんでしょ!」

「ほら、一応ヘルメット買っといた」

「あ、ありがと」


とはいえ、女子を乗せて自転車を漕ぐなんて初めてだな。


自転車の後ろに乗せるのなんざ弟くらいだったし。


「ほ、ほら! 掴まったわよ」

「あ、ああ」


う……千石澄香の胸が背中に当たる……!


掴まれと言ったくせに意識してどうする、俺!


「じゃあ、俺と千石さんは先に行くから」

「気をつけてな、シュウー! 澄香ー!」

「スミちゃん、ちゃんとシュウくんの言う事聞いてね」

「分かったわよっ」


千石澄香を後ろに乗せ、俺は自転車を走らせる。


自転車、久しぶりに乗ったけど風が気持ちいいな。


「どうだー? 初めての自転車は」

「風が気持ちいい気がしなくもないわね」

「やっぱりひねくれてやがる」

「別に私の為なんかに自転車買わなくても良かったのに。自転車って普通の高校生からしたら高いんでしょ?」

「久しぶりに乗りたくなったし、ちょうど良かったんだよ」

「あんたは自分の為にお金を使わなすぎなのよ」

「なんて?」

「別にっ!」

「しかし女子乗せたのは初めてだな」

「丁重に扱いなさいよね、私の事」

「本当にワガママなお姫様だな」

「だから、姫じゃなくて女王様っ」

「何で俺がお前と好き好んでSMプレイしなきゃならんのだ」

「ちょっと! 気持ち悪い妄想やめてよねっ」


お前が言い出したんだろうが、女王様って。


「言っておくけど俺はMじゃない」

「何の主張よ」

「それにやっぱり姫だろ。女王様って威圧感あるけどお前には一切無いからな」

「失礼ね!」

「だから俺は学園の奴らみたいにお前を崇め奉ったりはしない、絶対に」

「あんただけよ、そんな男子」

「ツッチーから引かれた」

「でも……そうしてくれた方が気が楽よ」


やっぱり千石澄香は学校の奴らに違和感を感じているんだな。


みんな千石さんや澄香さん、澄香様呼びで特別扱いだもんな。


環や衣都くらいだもんな、本当に仲良いの。


「じゃあ名前で呼んで良いか?」

「絶対嫌よ。あんたに心を開いた事になるじゃない」

「頑なだな。そんなに俺が嫌か」

「嫌よ。私には二人だけだったのに……あんたがどんどんあの子達と仲良くなるから」

「不安なのか?」

「私は……あの二人が私から離れたら嫌なの」

「あの二人すげぇお前の事好きじゃん」

「そんなの……いつ変わるか分からないじゃない! 私に飽きる事だってあり得る」

「信じてやれよ、そこは」

「あんたみたいに家族に愛されてる人にはわからないわよ」


千石澄香も衣都並みに家族に悩まされているようだ。


「お前からあの二人を奪う気はねぇよ。言っただろ? 俺はお前ともちゃんと仲良くなりたい」

「だから私はっ」

「お前の家族はひでー奴らかもしれねぇけど、俺は千石澄香を見放さないから。実の家族がクソなら俺と家族になればいい」

「な、な、何言ってるの……」

「俺の事を父親だと思ってくれたらいい。寮監だしな」

「な、なんだ。そっちね」

「は?」

「ややこしいのよ! プロポーズみたいな言い方しないでっ」

「お前相変わらず早とちりだな」

「あんたの言い方がいけないのよ! 天然たらし男!」


天然たらし⁉︎


「初めて言われた」

「無自覚だったわけ? 呆れた」

「あ、学校近づいてきたぞ?」

「仕方ないわね。変化するわ」


千石澄香は狸の姿に変化した。


まさか狸を乗せて自転車走らせる事になるとは。


「ほら、カゴのが安全だ」


俺は狸になった千石澄香を持ち上げ、カゴの中に入れる。


「ちょ、ちょっと⁉︎ 何また私に触れてくれちゃってんの! セクハラッ」

「狸にセクハラもくそもないだろ」

「はぁ、最悪」


これで千石澄香と俺が自転車二人乗りしてる事はバレずに済むな。


「狸だ……」

「何であの人狸カゴに乗せてんの?」


違う意味で目立ってるけど!


「シュウ⁉︎ 何で狸と自転車相乗りしてるわけ⁉︎」

「げっ。ツッチー」


ツッチーに見つかった。


「可愛いな、もふもふで。って、なんか威嚇されてる⁉︎」


あ、狸の姿だといつものあざとかわいいキャラはやめるんだな。


「えっと、怪我をしていたからとりあえず拾ったんだ。ほっとけないし」

「そんな昔話みたいな出来事朝からあるんだ⁉︎ 後から恩返しされるやつ⁉︎」

「鶴の恩返しじゃねぇんだから」

「本当シュウは優しいよなぁ。昨日だって千石さん助けてたし」

「お前らがオロオロしてっからな」

「そりゃあ千石さんに触れるのは恐れ多いじゃんっ! 女神様だぞ! シュウは千石さんを崇めないレアな奴だからいいけどさ」


崇めたくなる奴じゃないからな。


「だって千石澄香だって俺らと同じ高校生だし」

「バカか⁉︎ 千石さんのお父さんが学園にいくら寄付してるか知らないわけ⁉︎ 」

「関係ないだろ。父は父、娘は娘だ」

「お前本当恐れを知らないな」

「千石澄香は女神様じゃない。千石澄香だって普通の女の子だ」

「それ千石澄香様ファンクラブの奴らの前では言わないようにな?」

「ファンクラブがあるのか」

「ま、隠し撮りした写真をグッズ化するような連中だけどな」

「クソだな、そのファンクラブ。本当のファンなら本人が不快になる事すんなって」

「まあな。とはいえ俺も買った事あんだけど」

「今すぐ捨てろ。いいな?」

「シュウ、顔こわいよっ! わ、分かったよ」


そりゃあストレス溜まるよな。


千石澄香が寮であんな荒れた性格になるのも仕方ない気がしてきた。


人間不信なのも。


「しかし、この狸瞳が大きくてキラキラしてるなぁ。普通の狸と違うような?」

「そ、そうか?」

「撫でていいー?」


ツッチーが手を近づけると、千石澄香はツッチーの顔を引っ掻いた。


「あ……」

「痛ぁ!」

「いきなり手を近づけるから。犬じゃないんだぞ」


俺だって千石澄香をもふった事はない。


もふらせてくれるはずもないし。


「でも狸って飼うのだめじゃなかったっけ?」

「け、怪我をしている間だけだ」

「手放せなくなったりしてー?」


手放すも何も一緒に住んでるんだがな。


「まあ、手放したくない可愛さだけどな」


中身が千石澄香ってとこが気に食わないが、この狸のもふもふさには抗えない。


「シュウって動物好きだもんなー」

「ああ」

「朝から和んだわ」

「そういや、ツッチー……今日朝練は?」

「いやぁ、久々に寝坊しちゃって。今からグラウンド行くの怖いなぁって」

「さっさと行けっ」

「分かったよ! 怒られに行ってきます!」

「いってら」


ツッチーに怪しまれなかったよな?


まあ、この世に妖がいるだなんて普通は思わないか。


「一応礼は言うわ。送ってくれてありがとう」

「ああ」

「特別に尻尾もふらせてあげる」

「えっ! 良いのか⁉︎」

「反応きも。尻尾だけね」


俺は恐る恐る尻尾を撫でる。


思った以上にもふもふだった。


「はぁ、これが求めていたもふもふ……」


もふもふと戯れながら仕事ってこういう事か!


はぁ、撫でる手が止まらない!


「ちょ、ちょっと……な、長い。撫ですぎよ」

「ああ、悪い! つい触り心地良くてな」

「ヘンタイ」

「触らせたのはお前だろっ」

「あんた、優しく撫でるじゃない……」

「そりゃあ千石澄香様の尻尾なわけですから」

「他の人は狸姿の私を見かけたら尻尾強く鷲掴みにしたり引っ張ったりするわ」

「ああ、太い尻尾だからそういう事する奴はいそうだな! 確かに」

「優しく触ってくれたのはあんただけよ」

「これからも優しく触るぞ」

「も、もう触らせないっ」

「えっ。尻尾もふるのこれで最後……?」

「環にお願いしたら良いわよ」


環は尻尾より顎の下を撫でられるのが好きだからな。


「やだ。千石澄香の尻尾がいい」

「と、とんでもないヘンタイ寮監がうちに」

「でもお前、尻尾撫でられるの好きって顔してたぞ?」

「し、してないし! 撫でられるのはお腹のが好きだもん!」

「お腹……」

「さ、触らせないわよ⁉︎ あんたには。お腹は環と衣都にしか触らせないんだから」

「あの二人にしか触らせないくらい弱点と?」

「う……」

「犬みたいで可愛いな」


狸も犬に近いんだな。


「う、うるさい」

「ツッチーの事は拒否ったのに俺には触らせてくれてありがとうな、千石さん」

「本当……うざ」


とはいえ、千石澄香の信頼はまだ全然得られてない気がする。


「体育祭もだるいけど、三者面談もだるいよなぁ」


昼休みになると、俺はツッチーと学食で昼食をとる。


「俺は来週だったな」

「俺は今日なんだわ」

「朝練遅刻するわ、狸に引っ掻かれるわ、三者面談はあるわ散々だな? ツッチー」

「今日運勢最悪だったし……」

「あはは。進路とか一年のうちに決まらないよな」

「なー? 進学校とはいえさ、一年生で決めるのはムズイって」


体育祭の前にも一大イベントがあるとは。


とはいえ母さんには苦労かけたくないし、いい大学に入っていい企業に就職するというざっくりな目標ならある。


そういえば、衣都と千石澄香は家族仲があまり良くなさそうだったな。


環はお父さんが大好きみたいだけど。


あいつら三者面談なんかして大丈夫だろうか……?


妖への変化は感情に左右されるし。


『シュウくん、放課後うちのクラス来られる?』


ん? 衣都からメッセージ?


『構わないよ』

『良かった。今日私三者面談だからシュウくんから念送って貰いたい』


念⁉︎


『ごくごく庶民の俺の念でよければ』

『ありがとう。お腹ずっと痛くてシュウくんのお弁当残しちゃった。ごめんなさい』

『大丈夫か?』

『三者面談終わったら残り食べる! 大事なおべんとだから』


そうか、衣都の三者面談は今日だったか。


「シュウ、誰とメッセージ? 女子か?」

「と、友達。違うクラスのっ」

「あれ? シュウ、違うクラスに友達いたんだな?」

「ま、まあな。バイト先が一緒で」

「ふーん?」


今日はツッチーに嘘ついてばっかだな。


でも、千石澄香達と一緒に住んでることは絶対に秘密だし、彼女達が妖だって事は特にバレてはいけない事項だ。


友達だけど内緒にしてごめん、ツッチー。


「シュウくんっ」

「衣都。お待たせ」


放課後になると衣都のクラスへ。


教室には俺達しかいない状況だ。


「あのね、シュウくんにお願いがあって」

「ん?」

「さっきから手の震え止まらなくって……」

「そんなに家族がだめなんだな」

「私は失敗作ってお父さんから思われてるから」

「で? お願いって? 俺でよければ力になるぞ。三者面談の場にいてやる事はできないけど」

「抱きしめて欲しいの」

「だ、だ、抱き⁉︎」

「安心……したいから」


まあ、友達ならハグもありか?


それに衣都は一番初めに俺を信頼してくれた子で寮の環境に順応できたのも衣都が受け入れてくれたからだ。


「わ、分かった」


これも衣都のため。


俺は勇気を出して衣都を抱きしめる。


「男の人に抱きしめられたの初めて」

「そ、そうですか」


うわ、いざ抱きしめると心臓がっ!


意識せざるをえなくなる。


俺も女の子を抱きしめるなんて初めてだし。


「シュウくんの心臓バクバク?」

「い、衣都の緊張がうつったのかなー?」


違うけど。


「環ちゃんとスミちゃんにこの事は言ったらだめだよ? 私達だけの秘密にして」

「いや、言ったらシメられるの間違いないから」


特に千石澄香は大激怒するに違いない。


「シュウくんとの秘密出来ちゃった」

「大丈夫になったか?」

「うん、大丈夫なった」

「なら良かったけど」


これは寮監としてアウトなのでは?


まあ、衣都の表情が和らいだのは確かだし。


「ありがとう、シュウくんっ」

「おぅ」

「衣都」

「お、お父さん……」


教室の入り口に目をやると、テレビで見た衣都の父親が立っていた。


「行くぞ」

「うん。じゃあね、シュウくんっ」

「あ、ああ」


衣都は慌てて父親と面談へ向かった。


見られてないよな?


というか衣都の父親、やたら圧がある人だな。


衣都が怖がってしまうのも無理はない。


だけど、娘を失敗作なんて言うような父親なんて父親失格だ、俺は許せなかった。


「お? シュウではないかっ」

「環……」


廊下に出ると、偶然環に会った。


ん? 環の隣には中年男性。


「君が藤原柊哉くんかっ」

「私の父上だよ、シュウ」

「は、はじめましてっ! 藤原柊哉です」

「娘からはよく話を聞いているよ。寮では大変お世話になっているみたいで」

「いえ……」

「それで? 娘との将来についてどう考えてるんだ?」

「はい⁉︎」


唐突!


「娘との交際を考えているというのならこの私を倒すつもりでいてもらわねばな」

「た、倒す⁉︎」


いやいや、警視総監を倒すとか無茶な!


「ち、父上! やめてください。しゅ、シュウはそんなんじゃないのでっ」

「だが、お前はやたら彼を気に入ってるようだが?」

「あ、そろそろ面談の時間ですよ。行きましょう、父上」

「藤原柊哉くん、娘を傷つけたらただじゃおかないからな?」

「わ、分かりました」


衣都のお父さんとは別の圧が!


でも、環と環の父親は良好な関係みたいだな。


「シュウ、すまない! また後でな?」

「ああ」


衣都の父親も環の父親も怖かったな。


なんだかどっと疲れてしまった。


「遅い! この私を炎天下の中に置くとか痛い目見たいようね?」

「あ……」

「何よ? まさかこの私を忘れてたわけじゃないでしょうね?」

「い、いや!」


自転車置き場に行くと、千石澄香が待ち構えていた。


「日焼け止めたっぷり塗ったけど、太陽は乙女の大敵なんだから」

「てっきり他の奴に送ってもらうかと」

「は? 脅してきたのはあんたじゃない! 今日だってあんたの作ったお弁当注目されちゃうし……」

「大体、俺はお前の連絡先だけ知らない。連絡先知ってたら炎天下の中置いておく必要もなかったが?」

「何でこの私の連絡先をあんたに教えなきゃいけないわけっ。男の連絡先は父親だけの貴重なスマホよ?」

「一応俺はお前の寮の寮監で緊急連絡先は貰う義務があるんだが?」

「良いじゃない。昭和は携帯電話が無くても何とかなったのよ?」

「今は令和なんですけど」


連絡先すら教えてくれないとかお堅すぎるだろ、千石澄香。


「あんた、いつもより良い香りがするわね?」


げっ。


そうだ、狸は鼻が利くんだった。


「せ、制汗剤だよ! 汗の匂いが気になるからな」

「何色気づいてんだか。でも、衣都と似た匂いがした気がするけど」

「衣都に借りてたからな、制汗剤っ」

「あっそ。なら、良いのだけど」


浮気を疑う嫁かよ、こわ。


「それよりお前んとこは三者面談は?」

「あるけど、父はリモート参加ね」

「り、リモート⁉︎」

「今は仕事でシアトルにいるからね」

「し、シアトル……」

「ま、本当に仕事なんだか。愛人と旅行の可能性もなきにしもあらずだから、あいつの場合」

「そういうのバレてるもんなんだな、娘に」

「だって私自身が本妻の子じゃないし」


は?


「父親が手をつけた屋敷の使用人が私の実の母親」

「そ、そうだったのか」

「本妻が子供の産めない身体でね。私の存在を知った父が実の母親にお金を渡して私を引き取ったわけ」

「えっ! それってつまり……」

「表向きは本妻の子としてるけど、実際の私は母に売られた事でお嬢様に成り上がったってだけ」


なるほど、だから千石澄香は人間不信なのか。


「何でそんな重大な話を俺に?」

「あんただってぺらぺら陸上やめた話を私にしたじゃない」

「そうだけど! お前の話のが重大な話だろ」

「別に。あんただって私が人間不信である理由分からないまま私に塩対応されても気持ちが悪いと思ったから。分かったなら私には関わらない事ね」


千石澄香が環と衣都しか信頼しない理由はよく分かったけど……。


「なら尚更関わる、お前に」

「は?」

「俺がお前の人間嫌いを治してやる。せめて俺だけは信頼できる人間ってお前に思って貰えるよう頑張るから」

「な、何バカな事言ってるの……」

「だってそんなクソみたいな連中のせいでお前一人がずっと人間不信に悩まされんの理不尽だろ」

「わ、私にはあの二人がいるし……」

「でも、あの二人だってお前とずっと一緒なわけじゃないだろ」

「それは……」

「だから、俺が頑張るだけだ」

「何でそうなるわけ⁉︎」

「まずは俺から平気になればいい。身近だし、手っ取り早いだろ」

「あんたに関係ないじゃない! 私の事なんて」


理由を聞いた以上はほっとけないし。


「関係ある! 寮における俺の立場はお前の保護者だからなっ」

「うざ……」

「ほら、早く帰るぞ。変化して後ろ乗れ」


俺は狸化した千石澄香を後ろに乗せて自転車を走らせた。


「ご馳走様っ」

「お、今日も弁当綺麗に完食してるな。美味かったか?」

「別にっ。お腹が減っていただけよ」

「さすが。狸はよく食うもんな」

「狸呼ばわりしないでくれるっ⁉︎」

「事実だろ」

「好きで狸に生まれたわけじゃないっ」


帰宅後も変わらず千石澄香はいつもの如くきつい対応だ。


「はぁ。なかなか気難しい小娘だな」


ん?


また手紙が落ちてきた。


『らいしゅーのにちよーびはすみかおねーちゃんのおたんじょうび』


座敷童子からの手紙⁉︎


「それだっ」

「何よ? 急に大きな声を出して」

「お前、来週の日曜日は空けとけよ?」

「は? 無理だけど? 食事会だし」

「食事会?」

「両親に呼ばれてるわけ。三者面談の期間には間に合わなかったけど、私の誕生日にはあの人日本に帰るから」

「なんだ、いい両親……」

「バカなの? 建前よ、お祝いなんて。実際は婚約者家族と私ら家族の食事会ってわけ」

「こ、婚約者だぁ⁉︎」

「あら、千石家の娘なのよ? いるに決まってるじゃない」


まあ、ご令嬢だもんな。


「そうか」


くそ、誕生日パーティーは無理か。


「残念ね? 私に婚約者がいてがっかりした?」

「別に。ただ、お前の気持ちはどうなんだ?」

「従うしかないから仕方ないのよ。それに恋愛結婚よりお見合い結婚のが上手く行くって言うから」

「なら良いけどな」

「私が生まれて喜んでなんかないのよ、家族は。なのに食事会で祝いも兼ねてって皮肉なものね」

「お前も苦労してんだな」

「必死なのよ、私」


千石澄香がいつもクラスで完璧な女の子を演じてるのも、人間不信なのも、全部家庭環境が原因なんだな。


でも、誕生日に憂鬱な気持ちになるって嫌だな。


「スミちゃん、足良くなって良かったね」

「ええ。ヒールが高い靴を履かなければならないから良かったわ」


あっという間に千石澄香の誕生日当日がやって来た。


ドレスアップした千石澄香を見てやはり大手企業のご令嬢なんだと実感する。


「どうかしら? ドレスアップした私は」

「嫌味な金持ちって感じだな」

「失礼ね! 美しいと言うべきよ、そこはっ」

「いつもの私服の千石澄香のが俺は落ち着く」


変にギラギラしたアクセサリーとかつけてないし。


「こ、これだから庶民はっ! 私の魅力を全く分かってないだけよ、藤原くんは」

「ヒールでずっこけないようにな? お前おっちょこちょいだから」

「令嬢なめんな! 慣れてるのよ、私はっ」


やっぱり口が悪いお嬢様だな。


「それじゃあ、行ってくるわね」

「澄香、大丈夫か?」

「辛くなったらすぐに帰ってきて……」

「大丈夫! 衣都と環は心配性ね。私はあんた達の百倍鋼のメンタルなのよ」


千石澄香は心配する二人の頭を撫でると、食事会へと向かった。


「シュウ……澄香はああは言ったが、心配だ」

「えっ?」

「スミちゃんは私や環ちゃんと違って弱音を吐くのが苦手な子だから……」


そういえば、環が前にこの寮で一番繊細なのは千石澄香だと言っていたな。


それにあいつは……うちの弟とよく似てる。


辛くても弱音を一切吐かない。


泣くのはいつも一人になった時。


「よし、ケーキ作るか」

「け、ケーキ⁉︎」

「どうせあいつ食事会では食った気しないだろうからさ。俺達でケーキを作ってやろ」

「私と環ちゃんとシュウくんで?」

「誕生日当日に憂鬱な気持ちで終わって欲しくないだろ?」

「分かった! ケーキを作るのは初めてだが」

「私、フルーツたくさん買って来るね」


俺らに出来る事はしないとな。


それに今日こそあいつに美味いって言わせてやる!


「おりゃああ! 生クリームを泡立てるのは私に任せたまえ!」

「力仕事はやっぱり環だな」

「シュウくん、フルーツたくさん切った!」

「け、ケーキにドリアンはやめた方が良いと思うぞ? 衣都。うっ……」

「フルーツの王様なのに?」

「千石澄香がブチギレる未来しか見えない」

「そっか。残念……」

「ど、ドリアンは私達で食べて処理するとしよう」

「うん」


ドリアンの匂いに耐えながら3人で誕生日ケーキを作り上げた。


「スポンジ真っ直ぐ切れなかったから……」

「手作り感満載なケーキになってしまったな!」

「まあ、見た目は二人の不器用さが出て良いんじゃないか?」

「シュウくん一人で作ったら完璧だった……」

「だな。私達は不器用だから……」

「でも、俺は楽しかった! それに千石澄香だってお前らが頑張ってくれたって分かったら嬉しいはずだ」

「シュウ……」

「そうだよね、シュウくんっ」

「さて、あとは部屋の飾り付け……」


リビングに目をやると、いつの間にかリビングが誕生日パーティー仕様になっていた。


「あれ?」


俺達3人はずっとケーキ作りに集中してたからリビングを飾る暇なんてない。


『ぼくがやっておいたー』


キッチンカウンターには座敷童子からの手紙が。


「ありがとうな、座敷童子。お前もこの寮の仲間だもんな」

「さすが座敷童子殿だっ」

「可愛い飾り方だね」

「後はケーキを冷蔵庫に入れてあいつの帰りを待つだけだな」


ドリアンを三人で処理し、リビングで映画を観てやり過ごす。


だけど、三人での夕飯を終えても千石澄香が帰ってこなかった。


「もう十時だよな」

「シュウくん、お父さんみたい」

「澄香だぞ? 大丈夫だって」

「うちの寮特に門限無いし……」

「もしかしたら婚約者殿と良い感じになってそのままホテルに……」

「スミちゃんが私達より先に大人に⁉︎」


あいつ、人間不信なのに大丈夫か?


それに両親の事大っ嫌いだって。


「ん? シュウ、部活の先輩から来たぞ」

「何だ? 環」

「橋の所に狸がいたーって」

「この写真の狸は千石澄香だな。よし、行ってくる」

「えっ?」

「狸化したって事は何かあったに違いない。あいつは怒りや悲しみを強く感じた時によく狸化するから」

「私達の事理解してきたのだな」

「寮監だからな。お前らは留守番頼んだ」

「ミキサーあるし、スペシャルなジュース作る? 環ちゃん」

「そうだな! ケーキ以外にもスペシャルな物を作ろうじゃないかっ」


二人を寮に残して俺は千石澄香を探しに行く。


「確かさっきの写真の橋は……いたっ」


さっき環の先輩から送られてきた写真に写っていた橋の上に狸化した千石澄香はいた。


「藤原くん……?」

「お前、遅いぞっ! 心配したんだぞっ」

「あんたお父さんか何かなの⁉︎」

「良かった、お前が狸で」

「どういう意味……」

「環の先輩からこんな都内の橋の上に珍しく狸がいたって送られてきたからな」

「確かに何人かからは写真撮られたけど」

「何かあったんだろ?」


狸化するなんて異常事態だ。


「ホテルの部屋に連れ込まれただけよ」

「思ったより異常事態だった」

「私の婚約者だからって調子乗りやがったの。だけど、怖くて……怖くて……気付いたら狸化して……焦って逃げてきた」

「ひどい話だな」

「情け無いでしょ? あんな強気な事言ってたくせにいざ婚約者に会うと怖くて怖くて仕方が無くなった。私を見る目がやらしくて……」

「情け無くなんかねぇよ。怖くて当然だ」

「でも、父には失望されたわ」

「ほら、あいつらが心配してるから帰るぞ」


俺は千石澄香を抱き上げる。


「ちょ、ちょっと!」

「おかしいのは身勝手なお前の父親だ。お前は一ミリも悪くない。本当は行くの嫌なのに頑張って食事会参加したんだろ? すげぇよ」

「でも、また言われるのよ。私は本妻の子じゃない、所詮汚れた血が流れてる子供だって。私が何かで失敗する度にたくさん言われてきた」

「強引に引き取っておいてそりゃあないな」

「でもそういう男なの、父は」

「父親が何だ。お前を道具としか見てない親なんかの言う事なんざ聞き流せば良いんだよ」

「あんたには分からないわよ。家族に愛されて幸せじゃない」

「確かにお前の家庭環境とは大分違う。でも、今の俺にはもう一つ家族ができた。それがお前らだ。だから、お前が実の家族に大事にされないなら俺らでお前を大事にする。それなら安心するだろ?」


千石澄香が最低の両親のせいで心を閉ざしてしまうのはあってはならない事だ。


「あんた本当お節介のお人好しすぎんのよ」

「よく言われる」

「ホテルの食事……全然味がしなかった。すごく美味しいって有名なレストランだったのに……」

「そりゃあ息が詰まる場なら仕方がないさ」

「あんたの作ったハンバーグが食べたいってずっと思ってしまってた」

「えっ?」

「今日、私は誕生日なのよ? 作りなさい」

「分かった」


珍しく素直だな、千石澄香。


「さっきの男の事はあんなに怖かったのに。不思議ね、あんたの間抜けな面見たら吹き飛んだわ」

「失礼な奴」

「ありがとうね、柊哉」

「は?」

「いつまでも私ばっかり藤原くん呼びだと意地っ張りなガキみたいじゃない」

「ガキだろ」

「は?」

「また狸化してびーびー泣いてても俺が見つけてやるよ。都内での狸出没はすぐ話題になってSNSやニュースで拡散されっからな」

「びーびー泣いてなんかないわよっ」

「引っ掻くなってっ」


でも名前で呼んでもらえて本当良かった。


ちょっとは信頼してもらえたって事だよな?


「スミちゃん、おかえりー」

「心配したのだぞ、澄香っ」

「ごめんなさいね、二人とも」


帰宅した時には安心したのか、千石澄香は人の姿に戻っていた。


「わ、リビングが……」

「座敷童子殿が用意してくれたのだ。そして私達からはこのケーキをっ」

「三人で作ったケーキだよ、スミちゃん」

「あ、ありがとう」

「ケーキの前にハンバーグだろ? 千石澄香」

「そのフルネーム呼びやめてっ」

「痛っ! 耳引っ張るなっ」


千石澄香はいきなり俺の耳を引っ張った。


「私はあんたの事呼び捨てしたわよ。あんたも呼びなさいよ」

「へ?」

「澄香……って呼んでよ」

「あ、ああ。澄香っ」

「ま、学校で呼んだらシメるけどねっ」

「お前も気をつける事だな」

「わ、分かってるわよ! 柊哉っ」

「あれれ? 二人仲良くなった?」

「うむ。呼び方が変わったのだなっ」

「私ばっかり意地張ったって仕方ないでしょ」


衣都や環並みに距離縮まったって事で良いのか?


「二人が仲良くなるのは良い事だな」

「ぎ、ギスギスするよりかはね」

「それより何か臭うわね?」

「消臭スプレーしたんだけどね」

「澄香は鼻が利くな、やはりっ」

「ドリアン……うっかり買っちゃって。ケーキに載せたらスミちゃんが怒るってシュウくんに言われて三人で食べて処理したんだけど」

「あら、衣都が買ったのね。なら仕方ないわ! 買ったのがおたまと柊哉だったらぶちギレてたとこだけどっ」

「俺らに対する扱いひどくないか?」

「私もだめなのかっ! 澄香っ」


やっぱり狸には誤魔化せないか、ドリアン臭。


「ほら、お望みのハンバーグだ」

「全く、よくも私を庶民の舌にしてくれたわね?」

「相変わらず庶民バカにして」


生まれつきお嬢様じゃない澄香も元庶民だろうが。


「責任取って私と結婚しなさい」

「はぁ⁉︎」

「なーんてね。本気にした? だとしたら愚かね」


まあ、冗談言える余裕出てきたなら良かった。


「ど、どうしよ。環ちゃん」

「ま、まさか澄香まで?」

「あんた達? 何ビビってるの?」

「け、ケーキ取り分けるなっ」

「わ、私は紅茶入れるの」


ようやくちゃんと寮の一員として認められた気がする。


「座敷童子ちゃんからすみかおねーちゃん誕生日おめでとうってお手紙来てたわ」

「仲間に入れば良いのになっ」

「相変わらず座敷童子ちゃんはシャイだね」


まあ、まだ座敷童子とやらには会えてないが。


というか俺はそういうのが見えない体質だから無理もないか。


「おやすみ。眠くなってきちゃったから寝るね」

「今日は慣れない料理をしたから疲れたな、衣都!」

「おやすみ、二人とも」


澄香が食事を終えると、環と衣都は寝室へ。


あいつら慣れない料理頑張ってたからな。


なんかやばい色のドリンクも作って澄香に飲ませてたし。


「疲れた」

「お前もお疲れか」

「父と電話で話してたの。はぁ、ストレスで蕁麻疹出てきそうっ」


寝室で父親と電話していた澄香がリビングに戻ってきた。


「大変だな」

「でも、あんた達が祝ってくれたから嫌な誕生日では終わらなかったわ」

「誕生日に憂鬱な気持ちでいるのは悲しいからな」

「ねぇ、教えなさいよ」

「何を?」

「連絡先……狸出没情報で探されるの複雑なんだけど」

「ああ、そういう事か。ん? 良いのか?」

「私が良いって言ってるんだから良いのっ」

「わ、分かった」


澄香と連絡先交換をした。


「私、あんたの事はちょっとだけ信じてみようかなって思ったの。ちょっとだけね」

「そうか。じゃあもっと信頼して貰えるよう頑張らないとな!」

「が、頑張らなくて良いっ。それは困る……」

「何で困るんだ?」

「わ、私はあの二人みたくちょろくないのっ! それにこれ以上距離詰められたら……」

「何だよ?」

「もう寝るっ!」

「おい……」


なんなんだよ、あいつ。


だけど、連絡先は交換できたわけだし。


かなり前進したな。


よし、立派な寮監になれるよう頑張らないとな。


『おにーちゃんがしあわせそうでよかった』


えっ?


座敷童子からの手紙がまた飛んできた。


「まさか……な」


幸せそう、か。


俺は幸せになって良いんだろうか?


また頭に弟の顔が浮かんできた。


「だーかーら、あんた達が起こしたら何しでかすか分からないから私が柊哉を起こしに行くって言ってるのっ」

「いや、澄香。澄香にだって多少の下心はあるんじゃないのか?」

「私も怪しいと思う。急に名前で呼び合うし……」

「私は下心なんてないわよ! 真面目だもの! 名前呼び合うのはあんた達だってそうじゃないっ」

「しかもスミちゃん、男子に馴れ馴れしくされるの嫌なはず。でもシュウくんの事は許した」

「面倒くさいのよ、あんたらぁ!」


翌朝、朝から三人娘の騒ぎ声で目が覚めた。


「朝からうるさいぞ、三人娘」

「あぁ! 起きちゃったじゃないっ」

「あーあ、スミちゃんが譲らないから」

「だなっ」

「あんた達前科あんの分かってる?」


何を揉めてたんだ?


「朝から何なんだ」

「大体、柊哉! 寝室のドア開けっぱなしは不用心よ!」

「寝落ちしたからさ」

「私達が妖って事忘れすぎ! 食べられてもいいわけっ」

「お前らそういう昔話に出てくる恐ろしい妖感ゼロじゃん」

「私らシュウくんを食べるよりシュウくんに食べられたい」

「衣都は相変わらずわけが分からない事を言うな」

「私もシュウに食べられたい派だぞ!」

「あ、あんた達……何過激な発言してるわけ」


今日も朝から騒がしい寮だ。


「ほら、早く支度しろ。環は朝練だろ?」

「そうであったな!」

「私、スミちゃんがこないだ通販で取り寄せた紅茶飲みたい」

「良いわよ。バタフライピーって言うのよ。青い紅茶で最近人気なのよ」

「必殺技みたいなお名前だね」

「必殺技⁉︎」


朝から何でそんなに元気なんだ?


この三人娘。


「いただきますっ」

「朝からカレーって……」

「たまには良いだろ。一度はやってみたかったんだ」

「私は嬉しいぞ、シュウッ」

「わ、私もカレー好きだから嬉しいよ」

「ま、某野球選手だってやってた習慣だものね」


また新しい一日が始まる。


三年間寮監として彼女達に快適な生活を提供するのを頑張ると決めた。


ちゃんと恋愛禁止のルールも守って。


そう、守らなければいけなかったのに……。


まさか破らざるを得なくなる日がやって来るのをこの時の俺は気付かなかったんだ。


(おわり)







ここまでお読みいただきありがとうございます。続きや書き下ろしを含めたお話を追加の上、文学フリマで本として頒布予定です!


本作の続報が気になる方は胡桃澪のTwitterまで。


ひとまず試し読みという形で短期連載させて頂きました。


よければお手に取ってくださいー!


何卒よろしくお願いします。








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寮監の仕事が妖のお世話だなんて聞いてないっ! 胡桃澪 @miorisu

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