第3話(前編)千石澄香は難攻不落(?)
環とも衣都とも思いのほか早く打ち解けられたが、まだ問題は残っている。
そう、千石澄香だけ俺に一切心を開く気配はないという点だ。
「ん……もう6時か」
「シュウくん、起きた……?」
目を覚ますと、真横に下着姿の衣都がいた。
「い、い、衣都ーっ⁉︎」
「あ、私また脱皮してた……?」
だからそれ脱皮じゃなくて服脱いでるだけ!
そんな事より!
「何で俺の部屋に⁉︎」
「怖い夢見て。シュウくんの部屋開いてたから入っちゃった」
「入るなよ! 気軽に男子の部屋に」
「シュウ、目覚めたかっ⁉︎ 特製プロテインを作ったんだ。一緒に……」
「あ、環……」
「いーとー! これはどういう事だっ」
あ、環が猫に変化した。
「環ちゃん怖いよ、シュウくん……」
衣都は衣都で蛇の姿になってるし。
「シュウも部屋に鍵はかけろっ」
「いや、まさか入ってくるとは思わないし」
「私だって私だって添い寝したかった!」
「いや、何で⁉︎」
「猫は添い寝が好きなんだっ」
まあ、よくテレビで芸能人がペットの猫と添い寝してるの紹介してるの見るけど。
「あんた達、朝から何ラブコメしてるわけ?」
げっ! 千石澄香!
「す、スミちゃん」
「澄香、私らは寮監と仲を深めようと」
「朝からうるせぇんだよ。ルール守る気あるのか?」
千石澄香の口がいつも以上に悪い⁉︎
「澄香、すまない」
「スミちゃん、機嫌直してっ」
「おたま、あんた……洗脳まだ解けてないわけ?」
「それは……」
「藤原柊哉、あんたが来てからろくな事がないわ」
「スミちゃん、そんな言い方良くないよ」
「あんた達が藤原くんに好意的でも私は違う。信頼なんかしてやらない。私達の関係を揺るがすというならね」
「俺は千石さんとも打ち解けたらって思ってる」
「私は嫌!」
やっぱり彼女だけは難攻不落だ。
「ほら、環の分」
「おぉ、今日のお弁当も期待大だぞっ」
「衣都、受け取れ」
「シュウくんのお弁当ならいつもよりたくさん食べられるの」
今日も弁当はメンバー別に内容を変えている。
最初は大変に感じたけど、今は慣れてきてメンバーに合わせたメニューを考えるのを楽しむまでになった。
「ほら、千石さんの」
「ま、受け取ってあげないでもないわ」
「毎日それかよ」
とはいえ、千石澄香にだけ嫌われてるまんまなのはやっぱり腑に落ちない。
だから、時間をかけて様々な作戦を立てるしかないと思う。
三年一緒に暮らすわけだしな。
おかずを全てハート形にした可愛いお弁当にしてやった。
たまたまSNSで流れてきた女子高生のアカウントでそういうお弁当を見たんだった。
俺が寮監でいる限りは可愛いお弁当たくさん作ってやれるって分からせてやる。
ちなみに千石澄香が好きなおかずを敷き詰めてる。
「何にやついてんのよ? きもっ」
「千石さんに美味しく食べてもらいたいからな」
「ま、いつもまあまあな弁当だけどねっ」
「今日はお前の為に特別仕様にした。これで文句は言わせないぞ、もう」
「はぁ? 絶対うちのシェフが作ったお弁当には勝てないわよっ」
「俺は相手を思って作ってるからな、毎日」
とはいえ、弁当だけじゃ千石澄香はどうにかならないと思う。
色々な作戦を実行せねば。
3人と3年間トラブルなく平和にやり過ごす為に!
さっきちょっとトラブルあったけど、今後は俺が気をつけていけばいいし。
「シュウ、おはよう! もうすぐ体育祭だなっ」
「ああ、そういえば今日だっけ? 出る競技決めるの」
クラスに着くとツッチーと今日もホームルームが始まるまでの間に話す。
そうか、もう体育祭の時期か。
「そう。リレーだけ今日の体育でスピード測って決めるらしい」
「ツッチーはサッカー部だから走りに自信あるだろ?」
「まあな! でもさ、先輩に聞いたけど借り物競争と障害物競争どっちかは出るの必死なんだって。悩むよな」
「借り物って人もあるのか?」
「らしい! 好きな人とか引いたりしてな」
「好きな人……いないからツッチーでいい?」
「何それ誤解されるからやめてっ!」
「だめかぁ」
リレーか。
スピード測る時はあんまり本気出さない方が良いよな。
だって俺はもう……やめたんだ。
「えっ! 千石さんのお弁当可愛いっ」
「ハートづくしですね!」
昼休みになると、早速千石澄香の弁当が話題になった。
「そ、そうね。こういうお弁当挑戦してみたかったから……」
すげぇ焦ってる。
「シュウ、飯行こうぜ」
「ああ」
「藤原くん、ちょっと待って。藤原くんに用があったんだった!」
「せ、千石さん⁉︎ ごめん、ツッチー先に行ってて」
「おぅ!」
千石澄香は笑顔で話しかけてきたが、ずーっと一緒に暮らしてきた俺にだけ分かる。
怒ってやがる。
てめぇ表出ろよの顔だ、これ。
「何なわけ? あの弁当っ」
空き教室に連れて行かれ、俺は千石澄香から責められる。
「何って……お前可愛いの好きかなって思って」
「好きだけどっ! あ、あんな愛妻弁当みたいなはっずかしい弁当ありえないんだけどっ! まさかあの二人にも作ったわけ?」
「は? お前にだけだが? 二人のはいつもと同じくシンプルな……」
「わ、私にだけ? 何それ嫌がらせ⁉︎」
「お前に喜んで欲しくて頑張ってみただけだ」
「何で急に⁉︎ 普段あの二人と比べて私に塩対応のくせにっ!」
「言っただろ。弁当には俺の想いを込めて作っているって。嫌がらせでこんな面倒くさい事するか」
お前の事は嫌いじゃない、お前ともちゃんと信頼を築きたいって意味でな。
「わ、私を優遇するなんて私の扱いが分かってきたじゃない!」
「おい、千石澄香……尻尾生えてんぞ」
「なっ⁉︎」
「その姿で教室戻る気か?」
「ここで一人で食べるっ!」
「そうですか」
「はぁ、最悪……」
千石澄香は完全に狸の姿に変化した。
しかもその姿のままスマホで弁当を撮影してる。
気に入ってんじゃねぇか。
というかスマホで弁当を撮影する狸……。
クソ可愛いっ!
正体が千石澄香っていうのが悔しいが。
「何よ? 早く行きなさいよ! 土屋くん待たせたら可哀想じゃない」
「ああ」
まあ、最初はぶちギレられたけど好感触か?
「千石さんの話なんだったの?」
「あ、えっと……ちょっと仕事頼まれただけっ」
「まあ、千石さんは生徒会にも入ってるらしいし、色々な仕事引き受けてるからな。さすが完璧美少女。トップ3の中でもダントツのハイスペだもんな」
「あはは……」
寮で火事起こしかけるくらい料理は壊滅的らしいし、寮だと口悪いし、さっきだって狸化する間抜けな一面を見てきたばかりの俺には同意しかねる。
「でもシュウは頼りにするんだな? 千石さんが誰かにものを頼む事なんてあまり無いのに」
「あ、ああ。俺が千石さんに下心全く無いからじゃないか? 分かってるのかと」
「すげぇな! 千石さんってそういうの見抜けるのか! まあ、他の男子は千石さんに話しかけられただけで秒で好きになるし」
「何それこわ」
「ほらその反応! シュウなら千石さんに手を出す心配無しだなー」
まあ、一緒に住んでる分本性を知ってて何も起きないわけだから。
「ツッチーはまだ好きなのか?」
「さすがにもう諦めたわ。高嶺の花すぎて! 今はサッカー部のマネに夢中! 相手にすらされてないけどっ」
「そうなのか」
「ま、万が一千石さんを好きになったら応援してやるからさ」
「無いな。俺、年上が好きだし」
「マジか⁉︎ 初めて知ったわ」
まあ、実際この人が好きだって人には出会えていない。
たまたま好きな女優が年上ばかりだから何となく年上の女性に惹かれるのかなって思う程度だ。
「はぁ、飯食った後に体育かよ」
「今日一番やな時間割よなー! ま、リレーの選手決めだから全力で頑張るけどなぁ!」
「お前はリレーで活躍してモテたいだけ」
「よく分かったな!」
「単純だから、ツッチーは」
昼休み終わって早々体育の授業の日はかなりだるい。
しかもリレーの選手選抜もある。
だけど俺は本気を出す気力はない。
「シュウ足おっそ!」
「走るのはあまりな」
「俺は余裕でリレー出られるタイム叩き出したからっ」
ちょっと遅くしすぎたか。
本当は平均くらいにしたかったけど。
「ま、本番は俺応援役に徹するから」
「応援よろ!」
俺には本気を出せない理由がある。
「千石さんっ⁉︎」
ツッチーとの話に夢中になっていると、突然周りがざわつき始める。
どうやら千石澄香が足を捻ってしまったらしい。
「大丈夫か⁉︎」
「藤原くん……」
「俺が保健室まで運ぶ!」
俺は千石澄香を抱き上げる。
「な、何やってんだよ! シュウ! 千石さんにそんな事……」
「支えて歩かすよりこっちのが足の負担軽いだろっ」
「な、な、な……」
まずい、またたぬきの耳が生えてきた。
やむを得ない。
「スピード上げるから覚悟しとけ」
「へ? あんたさっき足遅……」
俺は全速力で走り出した。
「シュウはっやっ!」
「えっ? さっきあいつあんな速かったっけ?」
周りのリアクションは大方予想していたが、俺は気にせず走り続ける。
「とりあえず、耳と尻尾が引っ込むまではここにいるぞ」
「無理よ。気持ちを落ち着かせないと狸化が進んじゃうの」
「とりあえず深呼吸」
「分かってる! いつもそうしてるもの」
「あんま長く抜けてると俺との仲疑われるぞ?」
「絶対狸化食い止めるっ」
「今日は狸になってばっかだな」
「ね、ねぇ。あんた、やっぱりさっきのリレー選抜本気を出してなかったのね」
「やっぱりって……分かってたのか?」
そうだ、俺はあえて手を抜いていた。
「わかるわよ。化け狸は人を騙す能力があるから誰かが嘘をついていたら見抜く力もあるの」
「お前にはバレてたか」
「本気出さないの腹立ったし」
「本気出したら陸上部の勧誘がうるさそうだし……」
「まあ、速すぎるものね。陸上部入ったら? 別に部活終わってからでも寮監の仕事はできるじゃ無い」
「陸上は小学生の時に辞めたんだ」
「やってたわけ⁉︎」
話すしか無いか。
「小学生ん時陸上部で一番足が速くて、中学も陸上部に力を入れている学校を受けるよう教師から言われていた」
「なのに辞めたの?」
「弟が入院してたからさ。親父が出て行って母さんは働き詰めであいつの見舞いに毎日行けるのは俺だけだったから。あいつの側に出来るだけいると決めた」
「弟さんの為に……」
「だけど陸上部を辞めるって話した時に顧問は勿体ないだの弟の為に自分を犠牲にする必要はないって言われた」
「ろくでもない顧問ね」
確かにあの時はぶん殴りたくなったな。
「確かに走るのは好きだったけど、走る事よりもずっとずっと弟が大好きで大事だったから。あいつはいつ死ぬかわからないって状態で毎日不安になってるのに俺だけ好きな事やって弟を一人にさせるのは嫌だった」
「なら、またやり直せばいいじゃない。高校で」
「無理だ。寮監の仕事に専念したいんだ。俺、好きなんだよ。今の仕事が」
「でも、リレーには出なさい。私に恥をかかせた罰として」
「はぁ⁉︎ 助けたんだが!」
「それでも。さっき手を抜いてたって事は中学でもずっとそうしてきたんでしょ? だったら久々に思いっきり走れて良いじゃない。部活は無理でも自分の力を貢献なさい」
「分かったよ。どうせ断りようがないしな」
まさか衣都や環にもしてない話を千石澄香にするなんてな。
「私は家族が大っ嫌いだからあんたの気持ちを完全には理解出来ないけど……でも、陸上をやめた事……正しい選択だと思うわよ」
「えっ?」
「私もね、環が入院してた病院に行った時にある男の子に会ったの。毎日お兄ちゃんが見舞いに来てくれてすごく嬉しいって子。一人で千羽鶴を折ってくれるすごく優しいお兄ちゃんだったんですって」
「えっ」
「しかも私と話したきっかけもおかしいの。私がただ屋上でぼんやりしてただけなのに死なないでって慌てて後ろから抱きついてきて」
「早とちりだな」
「でも過保護な感じがどことなくあんたに似てた」
「そうなのか」
「だから、あんたの弟だってあんたに毎日会えて幸せだったと思うわよ」
そうだと良いな。
あいつ、来世でもお兄ちゃんの弟になりたいって言ってくれたもんな。
「ありがとうな」
「ふんっ」
「耳も尻尾も無くなったし、保健室行くか」
「ふ、藤原くんっ」
「ん?」
「た、助けてくれたのは一応感謝してる」
「おぅ」
素直じゃないけどこいつはやっぱり良い奴だ。
だから腹立つ事は多いけど嫌いじゃない。
「シュウ、お前リレーアンカー決定だって!」
「ま、マジか」
「嘘つくシュウが悪いーっ」
「だって陸上部入りたくないし……」
「早速陸上部の奴らが話しかけたそうにシュウを見てるけど?」
「アンカーはやるけど陸上はやらん。逃げるっ」
「あ、お前らー! シュウが逃げたぞー! って、やっぱり速い!」
放課後になるなり陸上部の奴らから逃げる羽目になった。
「ただいま」
「は? 藤原くんが体育祭の競技何出るか知りたい? 本人に聞いたら? って何で首を横に振るのよ。いつもみたいにお手紙書いたら良いじゃない」
帰宅するなり、千石澄香が誰かと話す声が聞こえた。
「あ、でもリレーのアンカーは決まったみたいよ? 足速いのがうっかりバレて。何よ? 瞳輝かせて」
「誰と話してるんだ?」
「あ、また消えたっ」
ああ、座敷童子の奴か。
「何の話してたんだよ?」
「座敷童子ちゃんがあんたが体育祭で何に出るか知りたがってたから」
「俺に聞けばいいのに」
「そうね。手紙はたまに書いてるわけだし」
「俺が出るのは障害物競争とリレーと徒競走と綱引きと長縄だぞー! 座敷童子ー!」
「あの子、もしかしたら体育祭に来たいのかも?」
「体育祭にか?」
「いつもそんなに話さない子なのにたくさん聞いてきたのよ」
「まあ、男児だからスポーツが好きな子だったのかもな」
「というか何で私帰って早々あんたとこんな喋ってるわけっ!」
「それより足は?」
「まだ痛むけどっ」
「じゃあ、明日から俺が送り迎えすっから」
「は? 実家に頼んで車頼むつもりだったんだけど」
「自転車、買ったから」
「じ、自転車っ⁉︎」
「それでお前を後ろに乗せれば万事解決」
「そんな恥ずかしい事出来るわけないでしょっ! それに二人乗りは法律違反だからっ」
忘れてたな。
「あ、でもお前は人間じゃないから法律適用外では?」
「何その屁理屈っ」
「学校近づいたら狸に変化すりゃあいい。そしたら俺と千石さんの二人乗りはバレない」
うん、その手があったな。
「ば、バカなのっ⁉︎ とにかく私は実家に……」
「自転車……結構高かったんだぞっ」
「庶民はすぐ金の話するわよね! ケチくさっ」
「あのハートの弁当を作ったのは俺でーすってクラスのグループチャットに晒されても良いのか?」
「あ、あんたごときが私を脅すというの⁉︎ 仕方ないわね、意地でも治すから治るまでは送り迎えを許してあげるっ」
「よし、決まり」
「学校では冷静沈着でいられた私がペース乱されまくりよ」
「でも今日はお前とたくさん話せて良かったよ」
「は?」
「お前とは仲良くなりたいからな、ちゃんと」
「な、仲良く……」
あれ、また耳と尻尾が生えてきた。
「明日のお弁当も可愛いのを作るから期待しとけよっ」
「あ、あの二人にはどうしてやらないのよっ」
「相手が千石澄香だから作ったんだよ、あの弁当は。俺が寮監を続ける理由の一つにはお前から美味しいって言葉を直接聞きたいがあるっ」
「絶対言わないしっ」
「なら、言わざるを得なくするだけだな」
「まさか私の胃袋を掴んでハートもゲットって魂胆⁉︎」
「まあ、そんなとこだな」
信頼を得る為には胃袋から。
「ふ、ふ、二人がどう思うかしら」
「は?」
「わ、私はあの二人みたいにちょろくないんだからねっ!」
「分かってるよ。高嶺の花の千石澄香様だもんな」
「バカにしてるわよね⁉︎」
「してないしてない」
今日は前よりほんのちょっとだけ千石澄香との距離が縮まった気がした。
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