第2話(後編)猫野環だって女の子だ
「環は観たい映画あるか?」
「私は……」
まずは映画館へ。
環はアクション映画のポスターを見つめていた。
「それにするか?」
「いや、今日はデートって事だから恋愛映画とかのが! それに、この映画は2だし……」
「俺も恋愛映画よりはアクション映画のが観やすいし、チケット買ってくる」
「あ、シュウッ」
やっぱり環が観たいのが一番だよな。
「環、ほらチケット」
「あ、お金……」
「俺が払うから」
「でも、付き合わせてるのは私なわけだから!」
「形だけとはいえデートなわけだし、気にするな」
「あ、ありがとう……」
「環はこの映画好きなのか?」
「前作も観ているし、この監督の他の作品も観ている。スタント無しで俳優自らアクションをするんだ。命をかけて演じる姿がかっこよくてな」
「へぇ。この俳優、結構な年齢だよな? 俺らの親世代くらいでは?」
「だから素晴らしいんだ!」
環は瞳を輝かせながら語る。
やっぱり環ってこういう作品が好きなんだ。
「俺、こういう映画観たことはないから楽しみだな」
「しゅ、シュウはどんな映画が好きなんだ?」
「俺、映画館で映画あんまり観ないから。だって映画って高いだろ」
一回につき2000円はかかる。
中学生の時はバイトなんて出来なかったし、限られたお小遣いでやりくりするしかないし。
「そうか、世間一般では高額なのだなっ」
「今は月額が数百円のサブスク入って映画観た方が安い」
「そういうものなのか」
まあ、お金持ちに生まれた環には分からない感覚か。
「あいつ、男として最低な発言してるわよっ! 映画が高いってケチくさいわ」
「でも、シュウくんの家庭環境考えたらその考え方になるのは仕方ないんじゃ……」
「思っても言わないべきよ! 映画デート台無しじゃないっ」
ん?
やっぱりなんか視線を感じるような。
「でも、こういう映画は映画館で観た方が良い気はする」
「ああ、大迫力だからなっ」
いざ映画が始まると、やはり大迫力だった。
内容は刑事である中年男性が凶悪犯を捕まえるまでを描いた話だった。
刑事なのに高所から飛び降りたり、窓を突き破ったり、色々無茶苦茶な感じがアメリカって感じだが。
「どうだった? シュウ!」
「ああ、続編から観ても戸惑わず観られる内容だったし、普段は冴えないおっさんって感じの刑事が犯人を追い詰める姿はすごくかっこよくてすごく良かった! 大迫力で映画館で観て良かったなぁと」
「だろ⁉︎ やっぱり映画館で観るに限るな。ちなみにこれ、来年も続編をやるんだ」
「マジか。観に行こうかな」
「おぉ、じゃあ一緒に行こう!」
「そうだな。語りたいもんな」
映画館で映画観るってのも悪くないな。
「だがな、シュウ! 今日観た作品の前に3作ある!」
「あ、そうだったな」
「私の部屋にDVDがあるから布教する!」
「ありがとうな。お前らからは色々な物を教えてもらうな」
「お前ら?」
「衣都からはゲーム、環からはアクション映画。俺は図書室で借りた本を読むくらいしか趣味という趣味が無かったからな」
好きが増えていくのってこんなに嬉しい事なんだな。
「でも趣味がそんなに無いって事はこれから増える楽しみがあるって事ではないか?」
「ああ、そうだな」
「なら、高校生になった今は色々な事に挑戦出来るな! アルバイトもしてるしっ」
まあ、普通の高校生が貰う給料にしては引くぐらいの額は貰ってるんだよな。
学費も特待生制度利用して免除されてるし。
でも……。
「俺だけ幸せになって良いんだろうか」
「シュウ?」
俺はあの家にいるのが辛かったから逃げたようなもんなのに。
「悪い。グッズとか買うのか?」
「ああ! パンフとフィギュアは必ず買うと決めている」
「お前も衣都もヲタク気質なんだな」
「そうだな! 私達はそうやって気晴らしして生きているな。家が厳しい分ストレスもあるからな。澄香もそうだ」
「千石さんも?」
「ああ、澄香はアクション映画は観ないが映画をよく観るし、舞台やミュージカル観劇が好きだぞ?」
そういえば、リビングで映画を観ながら俳優の演技にケチつけてたっけな。
「まあ、あいつも常日頃芝居してるからな」
学校限定で。
「まあ、シュウから見たら学園での澄香に違和感は感じるかもしれないが……分かってあげて欲しい」
「分かってあげる?」
「私達の中で一番繊細なのは澄香だよ」
「一番図太いじゃなくてか?」
「シュウは私より乙女心が分からないなっ」
「そりゃあそうだろ。お前は女の子で俺は男」
「ま、また女の子扱い……」
「女の子だろ」
「シュウといると調子が狂う! それもこれも変な洗脳をしてきた澄香のせいだ」
「バーベキュー終わったらあの壁や天井に貼られた俺のポスター剥がせよな。恥ずかしいから」
「わ、分かっているっ」
千石澄香が一番繊細……?
あんな気が強くワガママなお嬢様が?
「おぉ、飲食店がたくさんあるなっ」
映画館が入ってるショッピングモールには何十店舗もの飲食店が入っていた。
「環は食べたい物あるか?」
「や、やっぱりイタリアンだなっ! あそこにある店、うちのクラスの女子達が美味しいと話していた」
「本当に行きたいのは?」
「て、定食屋……」
「よし、行くか」
「先程から全然デート感ない気がするんだが、いいんだろうか? 映画も恋愛映画ではなかったし」
「デートとはいえ、お互いが無理したら疲れるだけだろ?」
それに俺は環の事はよく知らない。
寮監としてどんな女の子かしっかり把握はしておきたかった。
「はぁ、この店のミックスフライ定食ずっと気になってたんだ!」
「すげぇ量だな」
「はっ! シュウの量を上回ってしまった!」
「でも、いつも夕飯一番おかわりするのは環だし……今更だろ」
「確かにそうだがっ! 改めて思った! こんなんだから私は女の子扱いされないんだなって……」
「俺は環の食べっぷり見るの好きだけど」
「へ?」
「いつも幸せそうな顔して食うだろ? 作る側としてはすごく嬉しい」
「そうか! 引いてないのだな?」
「ああ、もりもり食う女子は俺は嫌いじゃない」
「そんな事初めて言われた」
「それにデートで定食屋に一緒に行ける女子って貴重だぞ」
「そうか! 私は貴重なのだなっ」
「貴重、貴重」
「シュウといると色々考えすぎてた自分がアホらしくなるな!」
やっぱり先輩の事ずっと引きずってんだろうな。
「千石さんだって言ってただろ? 世の中に何人男がいると思ってるんだよ。その先輩に振られたら全部終わりなのか? 違うだろ?」
「そ、そうだな」
「環を大事にしてくれる男を次は好きになったらいい」
「私を大事に……」
「ま、俺はだめだけどな? 寮監には恋愛禁止ルールがあるから」
「じゃあ、私ら寮生以外の女子から言い寄られたらシュウは付き合うのか?」
「付き合わねぇよ。お前らの世話があるんだぞ? それに、俺はモテない。陰キャだからな」
「そうか、他の誰とも付き合わないんだな⁉︎」
「何瞳輝かせてんだよ」
「だって彼女出来たから寮監やめるわって言われたら美味しい飯にありつけなくなるっ」
俺は完全に餌をあげる人なんだな、こいつの中で。
「やめねぇよ。3年間責任持って寮監すると伯父さんにも約束してるし」
「良かった! シュウが居なくなったら寂しいからなっ」
「家事やってくれる人が欲しいだけだろ」
「断じて違う! 前の寮監が辞めてから暫くは私達で家事はしてたし……澄香の料理は壊滅的だったがっ」
そんなにひどかったのか。
「逆にあいつの料理見てみたい気もする」
「なぁ、シュウ。シュウの代わりはいないんだ! 衣都も前より部屋から出てくるようになったし、澄香も言いたい放題言える相手はシュウだし、私もシュウのおかげで先輩の事前ほど気にならなくなったよ」
「千石さんの場合は俺が嫌いなだけな気がするが」
「とにかく! 私はシュウを認めているんだ。私達の正体を知っても週刊誌に売り飛ばさなかったしな」
「誰が売るかよ」
「だが、売ったらかなり金にはなるぞ? 寮監の仕事をするよりかはな」
「俺は動物愛護の精神があるんだ。んな事するか」
「学園長がシュウを寮監にするわけだな」
俺は誰かを傷つけてまで手に入れる金なんて欲しくない。
「お前は自分に流れる妖の血についてどう思ってるんだ?」
「私の中に流れる血は猫の血だからな。身体能力が普通の人間に比べて異常に高いのと危機管理能力には長けている。だから、この力は人々を守る為に与えられた物だと捉えている」
「ポジティブだよな、環は」
「この力があればシュウの事も守ってやれるからなっ! 安心して寮生活を送るがいい」
「俺が環に守られるのか」
頼もしいけど。
「私のがシュウより強い! 間違いない!」
「まあ、それはそうかもしれないけど……でも、寮に不審者が現れた時は俺が身を挺してお前らを守るよ。寮監だし、唯一の男子だからなっ」
「私が戦った方が……」
「だめだ。俺は守られるより守りたい方だから」
「私を守るというのかっ⁉︎」
「そりゃあな。いくら強いとはいえ、不審者は怖いだろ? お前だって」
「そ、そうだな。怖くないと言うのは嘘になる」
「なら、自分が寮で一番強いからって頑張る必要はない」
「やっぱりシュウだけが私を女子として扱ってくれるんだな」
俺が協力する事で環の女性としての自信がつくと良いけど。
だって中学生の時に好きな人に言われた事がずっと心の中に残ってるなんてきついだろ。
「当たり前だろ。お前も寮内恋愛禁止令の対象だ、しっかりな。だから、安心するんだな」
「安心……?」
「寮監は第二の保護者みたいなもんだから。そう思ってくれたらいい。同い年だけど」
「そう……思えるだろうか」
「環?」
「よし、シュウ! 次はどこへ行こうかっ」
「そうだな。とりあえずこのショッピングモールぶらぶらすっか」
せっかくだし。
昼食を終えると、俺達はショッピングモール内を見て回る。
あと、安くなってたら新しい調理家電が欲しい!
ミキサーとかたこ焼き器とか?
必要最低限の家電しかないからな、あの寮。
「シュウ、可愛いぞ! 子猫だっ」
「ペットショップか」
「はぁ、可愛いな。子猫は」
「お前も猫だろうが」
「そうだが! 子猫の可愛さには負ける!」
環はショーケースに入っている猫を愛しそうな瞳で見つめている。
「しかし、やたら寄ってくるな。子猫だからか?」
「いや、私が化け猫だからな。猫がたくさんいる地方に試合で遠征した時はたくさんの猫に囲まれて大変だった」
「狸や蛇と違って猫はそこら中いるから大変だな」
「猫と女子にだけはモテる私だ! そういえばずっと聞きたかったんだが」
「ん?」
「シュウは動物がいると聞いて寮に来たんだよな?」
「伯父さんから聞いたんだな」
何でも話すな、あの人は。
「しゅ、シュウは動物だと何が一番好きなんだ?」
「犬」
「犬だと⁉︎」
「懐っこいし、飛びつかれたい」
「私と対極にいる動物じゃないかっ」
「まあ、そうなるな」
「はっ! じゃあやはりシュウは澄香が……」
「何でだよ」
「だって狸もイヌ科だしっ」
うわ、そうだった。
「けどあいつに犬らしい要素はないだろ。とても懐っこいとは言えないぞ?」
「それもそうだな。だが、シュウ! 考えてみろ。狸の姿をした澄香がベッドに入ってきたらどうする⁉︎」
「なんだ、その例えは」
「あのふっさふさの毛が真横にあるんだぞ? 耐えられるかっ」
「うっ……そう言われると迷うな」
中身があいつとはいえもふもふなのか。
「迷ってるじゃないかっ! 子猫よ、私らでシュウを猫派に引き摺り込むぞ」
「あいつがずっと変化したままでいたら俺はどうなるんだろうか」
「澄香と一つ屋根の下にいてドキドキしない男はいないと思ってたが、シュウだけドキドキのベクトルが違うな!」
「何でよりによってあいつが化け狸なんだ! もふらせろなんて死んでも言えない、悔しくて」
「シュウが澄香の事は女の子として意識してない事はよく分かって安心したよ」
「当たり前だ。あんな狸女に騙されまくる学校の男達がバカなんだ」
「二人は本当ーに犬猿の仲だなー」
環と親しくなったら、千石澄香とも親しくし寮監としての地位を確実なものにする必要がある。
でも、あいつと俺はとにかく相性が悪い。
「あいつ、絶対に寮から追い出してやるわ」
「スミちゃん、また狸になってる。早く戻って戻って」
そういえば、千石澄香がカップルに大事なのはスキンシップって言ってたな。
今のところデートっていうより友達同士って感じがすごいし、バーベキュー当日に無事にカップルと思われるのだろうか?
「おたま、もっとイチャつきなさいっ」
「す、澄香っ⁉︎」
「どうした? 環」
「わ、私とした事が……気配を感じ取る能力が疎かになっていたようだ」
「何の話だよ?」
「私もシュウもデートである事を忘れてた気がする」
「まあ、途中で違う女子の話する時点でアウトだな」
「そうだった!」
「まあ、それだけお前があの二人を大好きなんだって伝わったが」
「でも……ちゃんとシュウの事は異性として意識してるから安心したまえ! ちゃんとデートだ!」
「えっ? あ、ああ」
「……って私は何を言っているんだ! バカおたまーっ」
あ、耳と尻尾出てきた。
「環、耳と尻尾」
「わ、私とした事がっ! 化けるな、私っ」
どんどん、尻尾伸びてきてるし。
猫の気持ちを落ち着けるには……。
あっ!
「よーしよし」
俺は環の顎の下を撫でる。
「しゅ、シュウ……?」
「あ、耳と尻尾萎んでいったな。どういう仕様なんだ?」
「わ、私を猫扱いまでするとは」
「だって猫だろ」
顎撫でるのって化け猫にも効くんだな。
「シュウ……もっと」
「えっ!」
「す、スキンシップだ!」
カップルというより猫と飼い主のスキンシップなんだが、これ。
「わ、分かった」
環に頼まれ、俺は顎の下をひたすら撫でる。
「シュウに顎の下を撫でられると安心する」
環は気持ち良さそうな顔で言う。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
「思ってたスキンシップと違う気がしたんだが」
「でもおかげで尻尾と耳は生えなくなったから。ありがとうな、シュウ」
「まあ、それは良かったけど。お前の正体がバレたらまずいからな。またやばくなったらしっかり守ってやる」
「なぁ、シュウ。澄香をもふるのは難しいだろうけど、私はいくらでももふらせてやるからな」
「また顎の下撫でられたいだけだろ」
「なっ⁉︎」
「あんな甘えたお前初めて見たぞ、環」
「しゅ、シュウには何故か甘えてしまうのだ。衣都も言ってたけど……」
やっぱり俺がお兄ちゃんだったからか?
「まあ、甘えられるのは嫌いじゃないからいつでも甘えて良いからな」
俺は環の頭を撫でる。
「私、シュウの彼女の振り何とか出来る気がしてきたよ」
「俺は自信ないけど……」
「大丈夫だ。失敗しても気にするな! 私は過去をちゃんと乗り越えてみせるから」
キラキラした笑顔で言う環は頼もしかった。
「環、雑貨屋見て良いか? 調理家電見たい」
「構わないぞっ」
「ありがと。ミキサーやたこ焼き器気になっててな」
「どちらも心惹かれるな! でもシュウ、自分の小遣いで買う気か? 寮で使う物だろ?」
「セール品とか狙って買うし、それに俺自身も料理大好きだからな」
「シュウは良いお父さんになりそうだな」
「なれると良いけど」
「座敷童子ちゃんだってシュウを気に入ってる様子だし」
「まだ会えてないけどな」
座敷童子ちゃんとやらが未だに謎の存在だな。
「シュウは怖がらないのだな? 座敷童子ちゃんを」
「おばけには会いたいって思ってるし」
「何と⁉︎」
「弟の事、聞けたら聞きたい。あっちで上手くやってるのかって」
「ああ、そうか。弟さんが……」
「もう亡くなってから大分経つし生まれ変わってるかもって思うけどさ、実家いた時に時々あいつの存在を感じていたんだ」
近くにいるような気がして。
「シュウ……」
「俺らが過去にしないとあいつも生まれ変われないよな」
「私の母が亡くなったのは私が物心をつく前だったが、人を失うというのはなかなか乗り越えられない事だっていうのは想像がつく。ゆっくり時間をかけて過去にしていって良いと思う。焦る必要は無いさ」
「ありがとうな。せめて俺は100歳まで生きて母さんを安心させないとな」
「なら、私とシュウはずっと一緒にいられるな。私も100歳まで生きられる自信はあるぞ」
「環がいたら寂しくないな、老後も」
俺は絶対に絶対に母さんより先に死んではならない。
もうあんなに泣く母さんを見たくないからだ。
「シュウ、ミキサーもたこ焼き器もちょうどセール品があるぞ」
「お、これにするか」
「料理の幅が広がるな」
「ああ。朝はスムージーを作って……夜はたこ焼きパーティーとかな」
「楽しそうだな」
「あ、でも千石澄香がたこ焼きパーティーは嫌がるか」
「シュウは澄香と仲良くなれると良いな」
「どうだろ」
「でも、シュウと澄香は似ているから」
「は? どこが?」
「頑張り屋なところと人に頼るより頼られたいってとこだな。二人とも世話焼き気質だ」
まあ、あいつは環と衣都にはやたら世話を焼くもんな。
今回の恋人のフリ作戦だってあいつ発案だし。
「良い買い物をしたな」
無事にお目当ての品は買えた。
「ああ。明日の朝早速フルーツジュースを作ろうかなと」
「楽しみにしているぞ」
「あ、そうだ。環」
「ん?」
「これやるよ」
俺はリボンのバレッタを環に渡す。
レジの近くにあったのでついでに買ったのだ。
「い、良いのか⁉︎」
「ああ。そのワンピースに似合うと思うし」
「あ、ありがとう! 男子からのプレゼントは初めてだっ。とても可愛い!」
「気に入ったのなら良かった」
「やっぱりシュウは他の男子と違うな。ありがとうな、私を女にしてくれて」
「だから、その言い方はやめろ」
その後、引き続きショッピングモールで買い物をして本日のデートは完了した。
環との距離は前より縮まったように思う。
「シュウ、どうだ? バレッタつけてみた」
「おぉ、いいな。似合ってるな」
「か、か、可愛いか⁉︎」
「あ、ああ。可愛い……ぞ?」
「私、男子に女扱いされないのどうでも良くなってきたな」
「えっ」
「シュウが可愛いって言ってくれたらそれだけで私は救われるんだ」
「救われるのなら良かったけど。バーベキューは行くんだろ?」
「ああ。それはそれだ。もう少し付き合ってくれ、シュウ」
「そうだな。そしたらお前もトラウマを乗り越えて違う恋を見つけるがいいさ」
「違う恋か」
「何なら俺のクラスに土屋っていう……」
「私の恋は私が決めるから」
「それもそうだな」
今日一日でよく分かった。
猫野環だってちゃんと女の子だ。
だから、先輩とやらには分からせてやらないとな。
「シュウくんお帰りなさい」
「い、衣都⁉︎」
帰るなり衣都が抱きついてきた。
「どうした?」
「私、寂しかったんだよ。シュウくんが浮気するから……」
「う、浮気⁉︎」
「なーにバカな事言ってるのよ、衣都」
「それもこれもスミちゃんのせいっ」
「衣都、ルール忘れてないわよね?」
「うっ……」
「まあ、初めてのデートにしては上出来だったんじゃない? おたま」
「は?」
「や、やっぱり見てたのだな! 澄香っ」
「だって私はプロデューサーだもん」
マジか、見られてたのか!
「もしかして衣都もいたのか?」
「ええ。一人だと寂し……助手がいるからね、プロデューサーにだって」
何がプロデューサーだ。
「つまりあの顎撫でも……」
「は?」
「何の話? 私とスミちゃんは一瞬だけ二人を見失ったから」
「私のファンに出くわしてしまったからね。最悪にもっ」
「そ、そうか」
顎撫での瞬間は幸いにも見られてなかったようだ。
「良かったな、シュウ」
「あ、ああ」
「つまり、あれは私達だけの秘密だな?」
「なっ⁉︎」
「またお願いするよ」
環はにやりと笑った。
改めて思い出すと結構恥ずかしいな、あれ。
見られてなくて良かった!
「たこ焼き器だ。シュウくんが買ったの?」
「これで今度たこ焼きパーティーしような」
「私、ウィンナーやキムチも入れてみたい」
「そうだな。タコばかりじゃ飽きるからな」
「私、たこ焼きパーティー初めて……」
「庶民しかしないパーティーだものね」
「千石澄香、お前はどうする? 参加するか?」
「参加してあげても良いわよ。私がいないとパーティーが盛り上がらないでしょ?」
「つまり食べたいんだな、たこ焼き」
「そ、そんな事一言も言ってないわよっ」
狸耳と尻尾出しながら言われてもな。
無事にデートを終え、環と千石さんとバーベキュー当日どうするか話し合いを繰り返していく内にいよいよ当日がやって来てしまった。
環はこないだ俺とデートした時の格好でバーベキューに参加する。
俺は後から合流するという流れだ。
千石澄香が俺に用意したハイブランドの服は落ち着かない。
ハイブランドのジャケットにパンツに靴を揃えた高校生って周りにマウントとってるみたいでやだな。
俺の感覚が庶民すぎるんだろうけど。
普段の服はプチプラブランドだし。
「いい⁉︎ ヘマしたら許さないから」
「で、何で最初から環と一緒に参加じゃないんだよ?」
「まずは環だけにして様子見よ。それに後から彼氏が現れたら盛り上がるし」
「環だけにして本当に大丈夫か……?」
俺と千石澄香は木陰から環がバーベキューのメンバーと合流するのを見守る。
「お前、環か? どうした、その格好」
「い、イメチェンってやつですよ」
「イメージ変わりすぎだろ! ドッキリかと思った。はぁ、笑えるっ」
あの失礼極まりないのが先輩か。
「藤原くん、今すぐ殴りに行っていいかしら?」
「千石澄香、落ち着け。また狸の姿になってんぞ」
まあ、環が部活でどう扱われてるかは想像がつきやすい。
前に学園で練習風景を見た際も男子と稽古していたし、雑に扱われている感じはあった。
「やっぱり変でしょうか?」
「変っていうか。落ち着かないんだよな。やっぱりいつもの環のが一緒にいて気が楽なんだわ。男子感あって」
「分かる。何かあったのか? 猫野。お前らしくないぞー?」
「ちょっと、からかいすぎだよ! 男子達」
「環、そういうのも良いじゃんっ」
あ……環、手が震えてる。
そうだよな、可愛いって言って貰いたかったよな。
きっと期待してた答えじゃなかったんだ。
「わ、私だって女子だ! た、たまにはこういう女の子らしい格好もしたい! それの何がおかしいんだ?」
「た、環……?」
「す、好きな人だってできるし……可愛いものは好きだし……先輩方が見てきた私はほんの一部でしかないのだっ」
環は顔を真っ赤にしながら先輩達にはっきりと言った。
よく勇気出して言ったな。
「どうしたんだよ、環。急に……」
「環、待たせたな」
俺は環の元へ行き、環の肩を抱く。
「なっ……だ、誰?」
「環の彼氏です。環から一緒に参加すると聞いてますよね?」
「いや、彼氏とか冗談だって思ってたし……なぁ?」
「あ、ああ」
は?
「なぁ、俺の彼女が嘘つくように見えるのか? こんなにピュアで真っ直ぐで真面目な良い子が」
「しゅ、シュウ⁉︎」
「まるで環に彼氏が出来るのはあり得ないともとれるが?」
「そ、それはっ」
「俺は環を本気で愛してる。だから心配で今日もついて来てしまったし、今環をバカにされて非常に腹が立っている」
自分で言ってて恥ずかしくなってきたが、ここまで言わないと信じては貰えない!
もう環が傷つくのは嫌だから。
「私はシュウくんに可愛いって言って欲しくてこういう格好も躊躇なくするようになりました。この姿も私の一面なんです。今日シュウくんを呼んだのは剣道部の皆が学校バラバラになっても私にとっては大切な仲間で……そんな仲間にだからシュウくんの事紹介したいなって思ったわけで」
「悪かったよ、環。からかったりして悪かった」
「先輩……」
「環も女の子だもんな。配慮が足りなかったよ、俺。ごめん! 本当は……そういう格好悪くないって思ってるぞ、環」
「あ、ありがとうございます」
「彼氏さんもすみませんでした。失礼な発言を」
「分かれば良いんですよ」
デリカシーはないが、悪い先輩ではない事はよく分かった。
話したら分かってくれたし。
環が好きだった先輩だもんな。
「バーベキュー、和やかな雰囲気で終われて良かったな」
「ああ! それもこれもシュウのおか……」
「あら、私を忘れて貰ったら困るわ」
「澄香!」
「あんた達だけバーベキュー楽しんでずるいのよっ」
「ならお前も参加すれば良かったじゃないか」
「嫌よ。あの先輩の顔見ただけで怒りで狸化するわ」
「和解したのに?」
「あんた達簡単に許しすぎなのよ。私なら一生恨むわね」
「お前苦労する性格だな」
「うるさいわね。おたま、これでもう洗脳解いて良いからね。今からこの男の事はその辺の石ころと思いなさい」
無茶苦茶な奴だな。
環に俺の事すげぇ好きな女の子になりきれって言ったくせに。
「それは難しい相談だな」
「は?」
「シュウに私は熱い愛の告白をされたわけで」
「あ、あれは演技だからな⁉︎」
「そうよそうよ」
「それでもシュウが私を庇ってくれた事が私にはとても嬉しかった! だから、シュウを嫌いになんてなれないよ。澄香」
「何で……環まで。私達の絆はどうなるわけ……?」
「澄香?」
「いいっ! 一人で高級焼肉食べてくるからっ」
「あ、澄香っ」
なんなんだ? あいつ。
「大丈夫か? あいつ」
「後で話をするよ。澄香はきっと不安なんだと思う」
「不安?」
「澄香には私達しかいないから。私達が離れるんじゃ無いかってずっと怖がってるんだ」
千石澄香が一番繊細だと環は前に言ってたが。
俺は千石澄香の事だけは全く何も知らない。
あいつとも衣都や環みたいに距離を縮めるべきだが、嫌われてるし……なかなか難航しそうだな。
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