第2回 恋愛×宇宙 プラネタリウムの忘れ物

幼いころから星が好きだった。

きっかけは定かじゃないけど、たぶん図鑑とか読んでからだと思う。

どこが好きかと問われれば……なんか神秘的?みたいなところだと答えると思う。


私が通っていた中学校の横にはプラネタリウムがあった。

市民会館に併設する小さな施設で見た目も古く設備も古かった。

投影機を中心として円状に置かれた赤い革張りの椅子は一部革がめくれ黄色いクッション材が見えているものもあるほどだ。

そんな場所だが私は確かに好きだった。私を魅了する映された偽物の星々も、体を押し返さずしっかりと受け止めてくれる古い椅子も、場面転換の度にギギっとなる年代物の投影機もすべて変わらず私を肯定も否定もせずただそこにおいてくれる。そんな空間が好きだった。

大体プラネタリウムの中に居るのは私ともう一人の男の子であり静かさも私の好みに合っていたのかもしれない。


しかしそんな古いプラネタリウムにも終わりが訪れた。

「年度末でこのプラネタリウム閉館になるんだよ」

中学校2年生の冬休み、いつものようにチケットを買うと受付のおじいさんが話しかけてきた。


「え……そうなんですか?年末で……」

「ん?あぁ、違う違う。年度末だよ。今年の3月」

「今年の3月……ず、ずいぶんと急ですね。」

「いやぁ……粘ってたんだけどねぇ、設備も限界だし客足もないしねぇ……せめてお嬢ちゃん達には伝えておきたかったんだよ。うちの常連さんだからね。」


このプラネタリウムが終わる……

別に演目はすべて覚えるくらい見ている後悔みたいなものはない。

ただちょっぴり寂しかった。何となくつけていたキーホルダーがなくなってしまうような感覚に近いかもしれない


『ここ……終わっちゃうのか……』

少しでも覚えておこうと思ったのか私は無意識にきょろきょろと見回す。

見回していると後方の席に座っているいつもの男子と目が合った。

同い年か少し上であろう彼は、私と目が合うと少しそのままだったが、興味を失ったかのように投影機へと目を向けた。

私も視線を前に戻し来るべき上映開始に備えた。


何十回も見た公演、セリフも何もかも覚えているはずなのに私は星に魅了される。

あっという間に公演が終わり私は席を立つ。


そこでふと思い出し私は彼のほうをちらっと見る。

すると彼と目が合った。彼もこちらを見ていたのだろう。

彼は立ち上がり私のほうへすっと歩いてくる。


「ここなくなるんだってね」

彼は口を開く。見た目よりも少し低い声だ

「あ、そうらしいですね。少し寂しいです」

「そうだね」

彼はまた投影機を見上げる。

「あのさ」

「はい?」

「最後の日、一緒に見ない?もしキミがよければだけど」

「はぁ……まぁいいですけど」


彼との最初の会話はこうして終わった。


彼と一緒に見ることを約束したのは最後の公演だけだったが、二人だけの常連が故かやはりよく合う形となった。

最初に言葉を交わしてから、お互いハードルが下がったのかよく話すようになった。

星や宇宙が好きになったりきっかけやこのプラネタリウムで好きな公演、思い出に残ってる公演、自分の身に起こった面白いことや悲しいこと……

公演終了後の短い時間ではあったが、彼とは細かな交流を重ねていった。

彼はとても心地よく私を受け止めてくれるようであった。そんな彼に私は少しであるが惹かれていった。


そして最終日、最後の公演が終わる。

おそらく最後になるであろう交流、彼とは最後の公演の感想を言い合った。

ふと会話が途切れる。

その時彼が切り出す。

「そろそろ帰らないとね」

「あ……そうですね」

お互い席を立つ。会場の扉を受付のおじいさんが開ける。

「忘れ物はないかい?もう取りに来れないからね」

「「はい、大丈夫です」」

おじいさんは私たちの返答に笑顔でうなずいた

「今日までありがとうね」

おじいさんの優しい声に顔をほころばす彼

その顔を見たとき私は彼と今後も関係を続けていきたいと思った。


お互い無言のまま外に出る。

「今日までありがとね。さよなら」

「……うん、さよなら」


お互いの言葉を交わし逆方向に歩き始める。

その時おじいさんの言葉が反響した。

『忘れ物はないかい?もう取りに来れないからね』

忘れ物、彼に今後の話ができていない。

私は振り返る。

「あの……!忘れも・・・・・・の……」


彼はすでに見当たらなかった。

私は最後の最後でプラネタリウムに忘れ物をした。


数年たった今でも私はその忘れ物を取ってある

おそらく、これからも、いつまでも










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1時間ライティング 保管場所 茶里 @frescanab77

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