賽の河原の鬼は笑う

高黄森哉

除霊


「そんで、子供の霊ってなんやねん」


 いかにもかたぎでは無さそうな男が尋ねた。彼はこう見えて霊能力者なわけだが。


「専門家じゃないんですか」


 細身の若い男は言った。


「専門家や。ただでも、俺は超能力者ちがうから」


 霊能力者も超能力者も同じものではないか、と思ったが、男は口にしなかった。目の前の、こんなヤクザな男を怒らしたら、どうなるかわかったものではない。


「弟です」

「弟? その弟は生きてるんか」

「勿論、死んでます。生きてたら霊にはなりませんから」

「そんなことない。生霊っつうのがあってな。まあええわ。今回は関係あらへん」


 霊能力者は、目の前のなにかを手で払いのける仕草をした。そのせいで、彼の煙草の煙が、ふわふわっと依頼者の鼻先まで流れていき、むせかえりそうだ。


「それで、どないした」

「ごほがほ。えっと、両親がおかしくなったんです。弟が死んでから。いや、精確には彼らは、おかしくならなかったんです。弟が死んだときは流石に悲しんでいたんですが」

「ほう」

「でも、それからちょっと経って、まず親父が弟がいるかのように振舞い始めたんです。でも、それは、ちょっとした思いやりだったんだと思います。母親は相当、参ってましたから。でも、そのうち、母親は本当に見えるようになったんです。それどころか、半信半疑だった父親まで」

「ふうん。なるほどなあ」

「お願いします。弟の霊を祓ってください」

「んな、強引な」


 依頼人は、はっと顔を上げた。


「別に生活に支障がないんやろう。その内、出ていくで」

「いや、実は彼女との結婚が控えてるんで。その、親に顔を見せたくて。でも、あんな状態の親を見せたらどう思われるか分かったもんじゃありません」

「はいはい。分りましたよ。お祓いすればいいんでしょう」

「はい。いくらですか」

「うーん、まあ、今回は簡単やから三万ね」

「はい。良かった。それだけか」

「じゃあ五万」

「セリ!? 勘弁してください。彼女とのデートでお金がないんです」


 霊能力者だかは、困ったように、なんじゃそりゃ、と言ってから半笑いをした。いかにも突き放すような態度だが、大阪ではこれが優しさだ。


「分ったじゃあ始めよう。この程度なら出向く必要もないわ」


 そう言って、前かがみから、背筋を伸ばした。


「そんで最初に知っといてもらいたいのは、なぜ弟の霊が召喚されたのか。除霊した後、また出てもらっても困るしな。その方が商売あがったりやけど。ま、サービスで教えたるわ。で、親父が言っとたんやろう。あそこに弟がいる、って。違う」


 眉を上げ覗き込む。


「あ、はい。その通りです。あそこら辺にいるって」

「つまり降霊術」


 霊能力者は、彼の経験則による独自の分類学により、霊障を特定した。


「お前さんの親父が始め言い出したその時はまだ、ただのこじつけやったんやろうな。カーテンが揺れたとか、床が軋んだとか。でも、ある時から本当に霊になってしまったんやろう。実はな、親父さんがやっとったのは降霊術の一種や。知らず知らずのうちにやってしまう人が多くて叶わんねん。依頼でも、一番多いわ」

「そう、なんですか」

「言霊って知ってる。言葉には内容を引き寄せる魔力がある。やから、呪文が成り立つ。西洋医学では暗示という名でも知られとるわ。あれも大元の原理は呪術と一緒や。オオカミ少年って知ってるか」


 狼が出たと、嘘を何べんもついた少年。最後に本物の狼を引き寄せてしまう。嘘も百篇繰り返せば本当になる。


「あれも、もしかして」

「繰り返しの呪文」


 と、彼は静かに言った。


「さてと、呪文には呪文をぶつけんねん。所謂、呪詛返しや。やり方は様々やが、今回は、これが一番やろうなあ。メモとり」


 彼はスマホのメモ機能を立ち上げて、準備をした。


「おん、かかかび、さんまえい、そわか」

「おん、かかかび、さんまえい、そわか」


 依頼人は、彼の言葉を復唱する。


「これはなんという意味ですか」

「自分で調べ。三回唱えな意味無いで。一セット三回、治るまで繰り返す」

「三回」


 ポチポチと画面を押す。


「これでなんとかなるんですか」

「もちろん。これをする前に、両親に除霊する断りを入れときや。呪われんで。彼らも無自覚ながら呪術師であることを忘れたらあかん」

「はい。分りました。早速試してみます。ありがとうございます」


 依頼人はなんどもなんども礼をして、そして事務所を出ていった。扉が完全に閉まってから、痩躯で丸眼鏡の紳士が、奥から現れる。


「粋なことをしますねえ。あの呪文は地蔵菩薩の御真言。賽の河原積みで子供を助けに現れるのもまた地蔵菩薩です。ふふふ」


 彼は小指を立ててコーヒーを飲む癖がある。


「あなたは鬼です。彼らだって石を積んでいたのに。弟くんの形の石を。しかし、あなたは、それを呪文によって壊してしまうんだ」


 それで紳士はコーヒを一杯飲む。


「じゃないと、地蔵菩薩の気を惹けないからな。ただ石を積んでるだけでは」


 ―――――― 彼らに地蔵菩薩の加護があらんことを。

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賽の河原の鬼は笑う 高黄森哉 @kamikawa2001

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