16話 名前
森の奥深くから、たいまつの揩んだ光が明滅する光景が見えた。
それは、ハンクを救出するために急いでくるゾフたちの光だった。
赤い満月と同じ色のたいまつの明かりが、暗闇を切り裂いて人々を導く。
その光は、ラットたちの心に安堵を与え、救出の道を照らした。
その夜、ハンクの口より語られた母の死という真実がリリーの心に重くのしかかった。
彼女が再び目を覚ますと、新たな日が訪れ、窓の外は雨に覆われていた。
ゾフの治療により体力を取り戻したリリーだったが、その心には母の早すぎた死という重い事実が新たな影を落としていた。
そんな彼女は、窓ガラスに打ち付ける雨粒をただじっと見つめていた。
リリーは、母の存在が既にこの世にないことを何となく感じていた。
しかし、その事実をハンクから明確に告げられ、その哀しみはいっそう深くなった。
彼女の視線は遠くへと続いていき、あるいは母の面影の彼方に消えていった。
雨の音が彼女の哀しみをそっと包み込み、窓の外を見つめ続けるリリーの頬を、静かに伝う一筋の涙が照らしていた。
その頃、橋の下へと興味本位で足を運んだラットは、闇の中にひそむ生き物を見つけていた。
かすかな光の中で蠢くその影は、ラット自身と同じ大きさの巨大な鼠だった。
その怪物のような鼠は、自身の領土を侵されたと感じたのか、すぐさまラットに襲いかかってきた。
その急襲に答えるようにラットは、大きな鼠に立ち向かった。
華麗に身体をひねりながら、彼は鼠の喉元に一気に噛み付いた。
一瞬の衝撃が痛みと共に鼠を襲い、大きな体が地に落ち、動かなくなった。
勝利の余韻に浸ることなく、ラットは敵を討った証とも言える巨大な鼠を口にくわえた。
雨が激しく打ち付ける中、ラットは一心不乱にゾフの診療所の扉まで一心不乱に駆け抜けると、扉の前で足を止め、前足でガリガリと扉を掻いた。
診療所の扉がゆっくりと開き、その先からはハンクの心配そうな顔が見えた。
疲労と不安が彼の顔に刻み込まれており、その背後にはリリーへの深い思いやりが垣間見えた。
リリーの容体は安定していたが、まだ心配が残る状況だった。
そのため、ハンクは日が昇ると同時にリリーの看病を始めていた。
そんなハンクの視線がラットから、その口に咥えられた巨大な鼠へと移った。
彼の顔には言葉にすることのできない表情が浮かんでおり、ハンクは顎をかきながら深く考え込んだあと、口を開くのだった。
「狼、リリーのお見舞いか? 残念だが、そんな鼠は食べられない。どんな病気を持っているかわからないからな。」
ハンクの声は深い共感とともにラットに届き、、ラットは今まで口に咥えていた巨大な鼠を顎からはなした。
地面にボトリと落ちる鼠。
しかし、鼠が巧妙に演じる死んだふりだった。
息を吹き返したかのように、その鼠は突如として体を跳ねさせ、一瞬にしてハンク達の前から消えていった。
その速さは、まるで光が反射していくようだった。
その光景を目の当たりにしたハンクは、驚きから一転して、爽やかな笑顔を浮かべて大笑いした。
「ハハハハハッ!! おまえ、急所を外したな。狼なのに鼠一匹捕まえられないのか。しかたないから、今度狩りを教えてやるよ。」
そう優しく語りかけた。
そこには、狼を深く恨む狩人の姿はどこにもなかった。
「逃がした鼠にちなんでお前に名前を付けてやるよ。お前は今日からラットだ。」
その言葉を聞いたラットは、嬉しそうに二度喉を震わせ、小さく吠えた。
その声はハンクの言葉に対する明確な回答のように感じられた。
狼と雨 毎日雨ばかり降る過酷な土地に転生して絶望したが、なんとか人に拾われたので、番犬になって頑張った話!! @jesterhide
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます