六話

 気が付けば、祭りの賑わいが遠くに聞こえていた。

 シュウに手を引かれて歩いていくうちに、段々と森が見えてくる。

 そしてあっという間に、神社の御神木のところまで戻ってきた。

 まるでひと時の夢を見ていた様な感覚だ。

 だが、クラスメイトの明が出てきたり、明についてまわる司が出てきたりと、夢にしては随分おかしなものだった。

 シュウは舞と手を繋いだまま、笑みを浮かべる。


「安心しなよ、夢ではないからね」


 そう言った。

 舞の考えている事など見透かしているかの様な口ぶりに、舞は、顔を赤らめて俯いた。

 自分の考えている事が知られるのは、やっぱり、少し恥ずかしい。


「僕はずっとあの場所で修業をしていたんだ。一年前、今日までに修行を終わらせると、そう決めた」

「…どう、して?」


 舞の問いかけに、シュウの真剣な眼差しが向く。

 熱を孕んだ情熱的な視線に、舞は頬を赤らめた。


「舞ちゃんと現世を過ごしたくなったからさ。一年に一度しか会えない織姫と彦星なんていうのも随分ロマンチックだけど、ほら、僕はだからね」


 星座になぞらえておどけるシュウとは反対に、舞は顔を赤くしたままだ。

 心臓が煩いくらいに唸っている。

 自分と過ごしたくてそう思ってくれたなんて、きっと今、どんな国のお姫様よりも幸せなんじゃないだろうか。

 そんな事を考えるくらいだ。


「だから、もっと僕の事を知って、好きになって」


 シュウは繋がっている手を引いて、舞をそっと抱きしめる。

 ここまで距離が近づいたのは初めてで、舞は突然の出来事に頭の中がぐるぐるとし出す。

 これはやっぱり夢なんじゃないだろうか。

 名前以外、何一つだって知らなかったシュウの事をたくさん知れて、まさかこんなに距離が近づくなんて思いもしない。

 嬉しい、素直に嬉しいのだが、それ以上に、舞は、目が回りそうだ。

 今なら嬉しさで、きっとどんな事だってできるし世界だって平和にしてしまえるかもしれないなんて、わけの分からない事を考えだすほど、幸せだ。


「好きだよ。舞ちゃんの事が。一年に一度の逢瀬じゃぜんぜん足りないほど」


 柔らかい声に、舞は何も言えず、ただ、シュウの腕の中で何度も頷いた。

 もっともっと、シュウの事が知りたいと思う。

 そして、小さい頃から抱いていた感情に花が咲いた事が嬉しくて、舞は、高揚して震える指先で、シュウの浴衣の振袖をそっと握った。




   ***




 七夕祭りの次の月曜日、学校は朝から騒がしかった。

 どうやら一つ上の学年、三年に転校生が来るようで、三年生は浮足立っている様だった。

 舞はいつもの様に教室まで行き、自分の席につくと準備をする。

 後ろでは本を盾にしている明が、ちらちらと舞を見ては本に顔を戻してを繰り返していた。


「なあに?」


 そんな明に、舞は声をかける。

 今は司もいないから、特に突っかかられることもない。

 声をかけられた明は、一瞬びくっと体を跳ねさせるが、諦めた様に、本から顔を半分出した。

 もちろん、目は隠したままで、本から出したのは口元だ。


「ど、どんな災難…愛が激重な男からの求婚、やばくないっすか…死ぬまで一生ついてまわるっすよ、多分…の常識欠如してるの、やばすぎ…」


 何のことを言っているのか、舞にはよく理解が出来なかった。

 ただ、明は舞を心配しているのだろうか。

 舞がいまいち理解できていない事を悟ってか、明は、とうとう本を顔から完全にどかした。


「あの鷲崎のお坊ちゃん、の時間が長すぎて、多分、結婚観念とかやばいっすよ…自分なら絶対ついてけない…」

「えっと…?」


 うげぇ、と顔をしかめる明に、舞は首を傾げる。

 シュウの事を言っているのは理解が出来た。

 こっち、とか、あっち、とか言うのは、恐らく現世と、シュウが過ごしてきた狭間の事をそれぞれさしているのだろう。


「神様にお付き合い期間とかあるわけねぇっすよ…?わかってんすか…?告白なんてもうゲームのガチャ確定演出でしょどう考えても…ウェディングピックアップガチャでしょ…」


 シュウは神様ではないが、神様と一緒にいる時間があまりにも長かった。

 現世で過ごしてきた舞とは、恋愛の価値観が根本的に違うと言いたいのだろう。


「えっと…日野寺さんは…?ほら、よくお迎えにくる…」


 あなたはどうなのかと聞く舞に、明は途端に顔を本で隠してしまった。

 司と明は、幼馴染と言われても納得が出来るし、付き合っていると言われても納得が出来る。

 二人の関係は、どんなものなのだろうか。

 不思議に思うが、シュウの話からすると舞と同じように一般人なのは司の方で、恐らく狭間にも、頻繁に出入りをしている。

 どんな関係なのか気になって、つい、聞いてしまった。


「あ~~…帰りたい、引きこもりたい。自分に恋愛の話なんてEXモード過ぎて無理…」

「…えっと…なんか、ごめんね?」


 正直、明が何を言っているのかが理解できず、つい謝罪の言葉が出てしまった。

 明は本を頭にのせると、机に突っ伏した。

 これ以上喋るのは無理という事らしかった。


 結局、よくわからないままに午前の授業を終えて、昼休みになった。

 友達とお昼ご飯をとろうと弁当を出すと、廊下が妙に騒がしくなる。

 一人、机に突っ伏し続けていた明が「きた…来ちゃったよ…頼むから飛び火やめてくれぇ…」と怯えているのか祈っているのか分からないうめき声をあげる。

 次第に騒がしさは教室に近付いている様な気がした。

 そういえば、三年生に転校生が来たんだっけ、と、舞は思い出した。

 二年の廊下が騒がしいのは不思議だが、学校の案内を受けているとか、そんなところだろうかと考えた。


「おい、そこのトリのツガイ


 司が教室に入ってくる。

 何人か、司に視線を向けて、今日は日野寺に声をかけないのかと珍しい光景を見るような顔をした。

 舞も同じように司に視線を向けて、首を傾げる。

 が、すぐに目を見開いた。


「こいつどうにかしろよ。案内しろってうるさくて敵わねぇんだよ」


 こいつ、と司が引っ張ったのは、学校指定の制服に身を包んだ、シュウだった。

 しっかりと、胸には校章の入った名札がつけられていて、名札が示す学年の色は、一つ上の三年生の青色だ。


「え、え、あ、えっ?!」


 どうして学校に居るの?!と聞きたかったが、あまりの驚きにうまく声に出ず、舞は目を白黒させるだけだった。

 頭に本を乗せた明が「うわっ、無理…陽キャなふりして愛が激重なヤンデレ降臨無理…」と早口で呟く。

 困惑している舞を前に、シュウは顔色一つ変えず、ただ、柔らかい笑みを浮かべ、舞の頭をそっと撫でる。

 まわりでクラスメイトが「うっそ、あれ舞ちゃんの彼氏?!」「え、でも舞ってさ、たしか一年待ってる人いたよね?」とざわめき立つ。

 今目の前にいて、舞の頭を撫でているのが、その一年待ってようやく会えていた本人ですと知ったら、クラス中が騒ぎ出して煩くなるに違いない。

 だが、舞にはそんな事は一切関係がなかった。

 関係がなかったというより、気に出来るほど余裕がなかったと言った方が正しいだろう。


「ちゃんと両親に許可をとって学校に通わせてもらえる事になったんだ。三か月くらい前から決まっていたんだよ」

「そ、そう、だったんだ…」


 一年待たずに、学年は違えどこうして会える機会が増えるという事に、舞は頬を赤くした。

 頻繁に会えるのだろうか。

 それとも、受験勉強なんかで忙しい時期に差し掛かってくるから、結局会えなくなってしまうのだろうか。

 そんな事を考えたが、シュウは余裕そうで、笑みを浮かべる。


「か…帰って良いっすか…自分、関係ないっすよね…」


 恐る恐る明が言うと、シュウは目を細めた。

 まるで蛇に睨まれた蛙の様に、明がびくぅっと体を跳ねあがらせる。

 シュウの何が怖いのか。

 そもそも明は人とあまり話さないから、突然知り合いが増えれば慄くのも無理はない。

 見かねた司がため息をついた。


「お前は帰ろうとすんな、このタコ。それから、お前らはよそでやれ。ここは学校だ、バカ」


 明と舞たちに釘を刺すと、司は明の腕を引っ張って、教室をそそくさと出て行ってしまった。

 不良の様に見えるが成績は悪くなく、外で素行が悪いという噂も聞かない司は、実は、ただ面倒見がいいだけなのではないだろうか。

 シュウが司を見送り、笑顔で口を開く。


「はは、あまり人の事を言えた様には思えないけどね、太陽フレアくんは」


 ひらひらと出入り口に向かって手を振った後、シュウは、顔を赤らめている舞に視線を向けた。

 友達は気を使ってか、別のグループに混じって昼食をとるつもりの様で、遠巻きに、舞とシュウを眺めている。

 舞の地元の友達と同じような雰囲気だ。


「学校、案内してくれるかい?」


 やんわりと舞の腕をとって、シュウが舞に顔を近づける。

 舞は、顔を真っ赤にして俯くと、小さく頷いた。

 お弁当は、後でシュウと食べれば良いと思う。

 幸い、まだ包みは開いておらず、舞は片手にお弁当を持って席を立ちあがると、シュウと一緒に教室を出た。


「突然僕が来て、驚いただろう?ごめんね」

「う、ううん…その…一年待たずに会えるの、凄く、嬉しいから…」


 ようやく言えた言葉に、舞は、恥ずかしさで俯いたままだった。

 シュウは舞の腕から手を離し、かわりに指を絡める様にして手を繋ぐ。


「そう。僕も嬉しいよ。修行の日々は大変だったけど、頑張ってきた甲斐があった。そうだ、お昼をまずは食べよう。どこがおすすめ?」


 その言葉に、舞は顔をあげる。

 柔らかいシュウの笑みが視界に広がる。

 まわりは学生の声で溢れている。

 夢のようで、けれど、現実。

 その事に、舞はようやく、笑った。


「それなら、中庭に行こう?とてもね、綺麗なんだ」


 花が咲いた様な笑みだった。

 あまりにも突然すぎるその反応に、シュウは次第に頬を赤くする。

 余裕のふりをしていただけに過ぎないシュウにとって、それは不意打ちとも言えた。

 ずるい、敵わない。

 そう思い、空いている手を額に当てた。


「シュウくん?」


 シュウの反応に舞は首を傾げ、どうしたのかと心配そうに顔を覗き込む。

 そんな舞に、シュウは、やっぱり彼女には敵わないなと、そんな事を思った。

 それと同時、一年待たずに会えるという幸せを、シュウは噛み締めたのだった。

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鷲は恋を運ばない @tachi_gaoo

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