[4] 判断
風船が萎んでいくように大蛇の体から魔力が抜けていく。
彼は身体に魔力を止める術をまだ身に着けていなかったのだろう。その巨体はだんだんと小さくなっていきついには普通の青大将になった。
ただし彼はもう通常の枠に収まる個体ではない。身体構造が魔力に暴露され影響を受けやすくなっている。次があればより少ない魔力で同じサイズにまで変化できるはずだ。
「それでどうするのですか?」
小さくなった蛇を見下ろす私に晶子さんは問いかけた。
「えーとどうしよっか?」
同じ質問を私は返す。晶子さんは困った顔をするばかりで答えをくれない。
当然だ。機関に所属する魔術師は私であって晶子さんではない。彼女は機関及び魔術の存在を知ってはいるが一応立場としては無関係だ。
最終決定は私が下さなければならない。
簡単なのはこの場で処分してしまうことだ。
しかしそれはこちらの都合でしかない。いや私は勝利したのだ、それは強者の裁量に含まれるだろう。私がそれを実行しても責めるものはいない。
結局は気分の問題だ。私がそれを殺したくないと考えてしまっている。その気分を振り切って手を下すか、あるいは――。
無責任な話だけれど私はその問題を丸投げすることにした。
「その蛇連れて祠に行こう」
この地にはちょっと特殊な事情がある。
魔力の最も集中するポイントは大抵の場合、管理者が抑えているものだがここでは違う。その地点には祠が建っている。古ぼけた小さな祠だ。
別に私の代からそうなったわけではなくて、父の代でもすでにそうだったし、恐らくそのずっと前から今の状態がつづいているのだと思う。つまりは魔術師はこの地を治められているようで治められていない。
半分は魔術師のものだが、一番おいしいところは手に入れられていないといったところか。
山を降りるべく歩き出した。暗くなってしまうにはまあ時間はある。
「私が運ぶんですか?」
後ろからの声に振り返る。晶子さんがなんともいやそうな顔をしてこちらを見ていた。
「え、だめかな?」
「だめです。触りたくありません」
正直だ。晶子さんはやってくれることとやってくれないことがはっきりしている。
多分それはいいことだ。
さて困った。実のところ私もあんまり触りたくない。
ペットとして爬虫類を飼っている人もいるし、そういう人ならスキンシップも慣れているんだろう。
でも私はそういう経験はない。ないならそんなに恐れることもないのかもしれないが、なんとなくイメージのせいで触りづらい。冷たくてねちょっとしてそう。
私はしぶしぶ晶子さんに提案した。
「じゃんけんで決めましょう」
「しょうがないですね」
負けた。まあでも蛇の体はそんなに悪い感触じゃなかった。ちょっと重くてくたびれたけど。
ビルとビルの隙間の薄暗い路地に祠はある。以前はそれなりのいい感じのところにあったのだが開発が進んでこうなってしまった。まあそこが地脈のポイントであることに変わりはない。
「お狐様ー、こんばんはー」
祠に向かって呼びかける。都合のいいことに周囲には誰もいない。まあこんな路地裏、自分たち以外の人間がいることの方が珍しいのだが。
特に演出があるわけでもなく、祠の中からぬるりと狐耳を生やした輝くばかりの金髪巨乳の妖艶な美女が現れた。小袖を派手に着崩しておっぱいも半分ぐらい見えてるけどまあ彼女は気にしないだろう。
というか別段これが真の姿というわけでもないことだし。なんでか知らんが今のような姿を好んでとっている。そのあたりの事情を特に聞くつもりはない。
「なんじゃ、明菜、とついでにメイドか」
つまらなさそうに彼女は言った。
わざわざ彼女を訪ねてきて呼びかけるのなんて私か、いたとしても他の魔術師ぐらいしかいないだろうに。そうあからさまに退屈な雰囲気を出さないで欲しい。
お狐様はかなーり昔から生きてる魔物だ。もとは狐だったっぽい。どういう経緯で変化したか、断片的な伝説は残っているがどれほど信用したものかわからない。
この辻見の魔力的に最もいいポイントに陣取っている。ある意味彼女が真の管理者と言えるかもしれない。
お狐様は私、晶子さんと順々に視線を移動していって、最後に私の持ってる蛇に合わせた。
「なるほど、用件はそれじゃな」
一瞬で見抜く。話が早くて非常に助かる。
「よろしくお願いします」
私はまだ眠っている蛇をお狐様に差し出した。
受け取りながら彼女は言った。
「好きにしても構わんのじゃな」
「もちろんです」
私はどうやっても人間だ。人間の枠組みで考えてしまう。
人外のことは人外にまかせるのがいい。私たちには理解できないルールがそこにはあるものだ。
お狐様は蛇を連れて祠の中へとすーっと消えていった。
肩の荷が下りた気分。実際ここまで蛇を荷として抱えてきてたわけだけどそれはそれとして。
自分より明らかに強いとわかっている相手と話すのは少し緊張する。いきなり襲いかかってくることはないだろうけどそれでも。
「帰ろっか」
「そうですね」
私は晶子さんに声をかけた。彼女はそれにこたえる。
魔術師だからといって日々激しい戦闘に巻き込まれてるわけじゃない。何かあったとしてもだいたいこんなもんだ。明確な決着をつけず灰色でごまかすことも多い。
私は魔術師という生き方が好きなのだろうか。わりと楽しくやっていることは確かだ。けれども生まれてこの方ほかの暮らしを教えられなかった。だからこれが最良なのかは知らない。
「冷蔵庫の中、なんかあったっけ?」
「ろくなもんは残ってないですね」
「じゃあスーパーに寄ってこう」
とりあえず今考えるべきは夕飯のことだ。
魔術師の私はメイドの晶子さんを連れて街の中心をのんびりと、多少は優雅に見えるように、歩いた。
魔術師の私とメイドの晶子さん 緑窓六角祭 @checkup
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