[3] 交戦
「戦闘は避けられない、と思う」
ひとまず結論をささやく。大蛇が聞いてもおそらく理解できないだろうが小声で。
晶子さんも大蛇に視線を集中させたまま、簡潔に聞き返してくる。
「なぜ」
「人語を解さない可能性が高い」
魔力を過剰摂取した動物は別種の存在に変化する(そうなる前に耐え切れずに死亡するケースがほとんどだが)。そうして長命化した魔物は人間の言葉を理解し、人間みたいに振舞うようになることが結構多い。
一方すぐそこにいる大蛇は、太さは私のウエストより細いぐらいで、長さは伸ばしたら5Mほど? くすんだ緑色をしていて、普通の青大将が巨大化しただけのものだ、まだ魔物に変化するまでには至っていない。
要するに現状、交渉による衝突の回避は望みようがないということだ。
「毒はない、けどできる限り距離とった方がいい」
確実にそうとは言えないが、大蛇は魔力溜まりにしばらくとどまったことで、一時的に変身している状態だ。能力は基本的に元の動物を引き継いでいる。特殊な力はない。
ある程度の傷なら、魔術を使うにしろ病院に通うにしろ、修復可能だ。しかしどちらにしろ何らかのリソースを消費するからできれば傷を負うのは避けておきたい。
大蛇は動かない。あちら側にはこちらと戦う理由がなくて、このまま立ち去ってくれればよしとでも思っているのかもしれない。
こちらも同意見ならばよかった。がしかし大蛇を放置すればさらに変化が進行して立派な魔物となって領地に災害をもたらす可能性が飛躍的に上昇する。それは困る。
仕方がない、がんばろう。私は晶子さんに手短に作戦を伝えた。
「了解しました」
宣言すると同時に晶子さんは行動を開始した。
大蛇に向かって直進する。敵もまた両目を開くとのそりと体を起き上がらせた。
私と大蛇のちょうど真ん中あたりで晶子さんは立ち止まる。わかりやすく片手にナイフを構えて見せた。
起き上がった大蛇の頭は周りの木々の高さを超える。ひょっとすると誰かがその存在に気づくかもしれない。
気づいたところでそれが正確になんであるのか理解できる人間はいないだろう。まあ都市伝説の1つや2つ増えるとなれば、それはそれで街の彩りになっていいことだ。
数秒にわたるにらみ合いの末、先に動いたのは大蛇――鎌首をもたげると直線的な軌道で晶子さんへと突き出した。
噛みつき? いや単純な頭突きとしても十分な威力がある。かよわい人間相手なら一発で致命傷になりうる。
晶子さんの反応は早い。多分私がそれを攻撃と認識する以前に動き出していた。
ふわりと黒のロングスカートがはためく。大蛇と距離を保ったまま、右方向に大きく跳びのいた。
緑色の巨体がその脇を通りすぎていく。大蛇の攻撃は大きく外れる結果となった。
けれども攻撃はそれで終わりではない。次いで大蛇はその尻尾を大仰に振り回す。
晶子さんは一瞬ためをつくってから垂直に跳び上がると近くにあった枝に乗った。大蛇の尻尾はその木ごとなぎ倒すが、それを予測していた晶子さんは何事もなく着地する。
人間離れした華麗な体捌き。私もそれなりに鍛えてはいるが、というか晶子さんに鍛えられているが、到底かなわない。
先の私の忠告通りに晶子さんは万一でも傷を負わないように大きく安全マージンをとって戦ってくれている。ほんとはもっと無駄を省けるはずだ。
もちろん私もただ見ているわけではない。
大蛇に対して注意を払いながらも魔術を組み立てていく。地脈の影響を強く受けるがそれも予測の範囲内。おおよそ作戦通りに進行している。
「明菜様!」
鋭い声が飛んできた。やはり彼女の危機察知能力は私より数段優れているようだ。
大蛇はずるずると木にからみつくと枝を伝って高速で移動する。人外の相手は難しい。こちらは予測に人間のパターンを使っている。どうしてもそこからずれてしまう。
ぼとり。何か重いものが地面をたたく音。
背後をとられた。振り返っているヒマはあるか――多分ない。そんなことをしている間にやられるだろう。
晶子さんは素早い動作で手に持ったナイフを投げ飛ばした。刃は最短距離で私に向かって迫ってくる。
その意図は読めない。とりあえず右足を軸に体を回転させて間一髪で避ける。
ナイフはそのまま空中を滑る。私を噛み殺そうと接近していた大蛇の眉間に突き刺さった。
すばらしい判断!
もし私が回避しなかったらとかそれは考えないでおく。日ごろからちゃんと訓練しててよかった。
小さな刃にその身を貫かれて大蛇は怯む。といってもそんなに長い時間ではない。すぐに回復する。
問題ない。準備はとっくに完了している。最後の鍵、大蛇を特定座標に誘導することにも成功した。
私は魔術を起動する。特別な言葉も動作も要らない。意識の中でそれは進行する。
構成に従い魔力は蛇のいる座標に集中し、一気にその周辺の気温を下げる。
大蛇の動きが鈍くなり、ついには静止する。
コマ送りにみたいにゆっくりとその巨体を地面に横たえた。
大きな音を立てることなく彼は眠りについた。
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