穴二つ

おじさん(物書きの)

出口は一つ

 憎い憎い憎い、あの女が憎い。私の彼を奪ったあの女が憎い。

 あの女がいなければ、私が、私が。

「お嬢さん、そこのお嬢さん」

 なんだこの汚らしい男は。

「汚らしい男のお店で何か買わないかね」

「……興味ないわ」

「そうかい? 憎い女を呪い殺す藁人形とかどうかね?」

「呪い? 馬鹿じゃないの」

「これは簡単だよう、髪の毛いらず、お嬢さんほどの念があれば憎い女を思い浮かべながら藁人形を引き裂けばいい」

「……いくらよ」

「今日はもう店じまい、持って行くがいいよ」

 どうせ効果なんかありはしないんだ。そう言うことだろう。馬鹿にされてるんだ私は。

「ただし、覚悟して使うんだよ。人を呪……」

「人を呪わば穴二つでしょ、知ってるわよそれくらい」

「そうかい。でも続きがある。相手を不幸にした後は必ず自分にも不幸が訪れる。だが、呪った相手に優しくすれば救われる」

「呪う相手に優しくする? なんなのそれ」

「覚えておくがいい」


 こんな藁人形……。呪い。あの女がいなければ、憎い、あの女が憎い。憎い憎い。

 気がつくと藁を引き裂いていた。

 なによこんなもの、くだらない。

『受理』

 なに今の声。誰?

「誰かいるの?」

 まさかさっきの男のいたずら?

 どうしようもない不安感に駆り立てられ走り出すと、開けられたマンホールの蓋につまずき、そのまま穴に転落した。


 気を失っていたらしい。気がつくと目の前に憎い女がいた。

「あ、気がついたのね。大丈夫? 怪我してない?」

 何でこの女が……。

「ええ、平気よ」

「わたしは落ちたときに足を挫いちゃって」

 穴から差し込む明かりだけで薄暗いが、それでもはっきりと分かるくらいに女の足は腫れ上がっていた。

「立てないくらい痛くて……折れてるのかな……」

「そう、大変ね」

「肩貸してもらえないかな」

「なんで?」

「え、なんでって……」

「なんで私があんたを助けなきゃいけないわけ? 馬鹿じゃないの。これは私から彼を奪った罰よ!」


 やった、やったわ。蓋も閉めてやったし、あの女はあそこで死ぬ。いい気味だわ。最低の死に方だもの。

 それにしても身体が痒い。あんな汚いところに落ちたからだ。早くシャワーを浴びて綺麗にしないと。

「お嬢さん、愚かなお嬢さん」

 振り向くとさっきの汚らしい男、それにあの女。

「なんで、その女は……」

「人を呪わば穴二つ、救われるのはどちらか一人。言ったでしょうに、優しくしろって」

「なんなのそれ、じゃあ私は? どうなるの」

「手遅れですねえ。自分の身体をご覧なさいよ、あまりに掻き毟るもんだから骨まで見えてるじゃないですか」

 口だけが動いている? なにを言ってるの。それにこの女、哀れむような目で私のことを見やがって……。憎い…にく……。

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穴二つ おじさん(物書きの) @odisan_k_k

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