Day31「遠くまで」#文披31題

 突然の思い立ちで訪れた海は、まだ日も高くない早朝だというのにすでに空気が生温い。今日も暑くなりそうだ。年甲斐もなくはしゃいで足元を濡らしながら、波打ち際を並んで行く。


「ああ、折角だから泳ぎたいね」

「駄目ですよ。水着もないのにどうやって帰る気ですか」


 これだけ暑ければ乾かないか、なんて笑うから危なっかしくて目が離せない。誰にともなく言い訳しながら、人目がないのをいいことにその手を取れば満足そうに握り返された。

 繋いだ手を引き合いながら取り止めもない会話は続く。


「今晩の献立は何にしましょうか」

「気が早いね、まだ朝だよ」


 寄せては返す波が俺たちの足跡を洗い流す。絡めた指に自然と力がこもった。



「――大丈夫」



 何が、と問うべきか。視線をあげたその先で、彼はひどく穏やかな顔で笑っていた。つられて笑いが漏れたところで急に彼が駆け出す。

 大きく跳ね上がった飛沫と笑い声の向こうで潮騒は静かに鳴いていた。



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『君と営む日々徒然』 #文披31題 幸崎 @yukizaki317

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