Day30「握手」#文披31題

 大皿の上、最後一つ残ったおかずを前にあたしとあの子は互いに睨み合っていた。今晩の献立は鶏の唐揚げ、あたしの大好物である。

 しかし数がよくなかった。うっかり奇数であったためこうして無言の牽制合戦にあいなってしまったのだ。気のないふりで副菜のお浸しをつつきつつも、意識が大皿に向いているのはお互い勘づいていることだった。


「……やめましょう。こんなことで喧嘩しても仕方ないし」


 先に折れてくれたのはあの子の方だった。


「ほら、手を出してください」


 差し出された左手に、条件反射で箸を置いて握り返す。食卓を挟んでかわされた掌は、今思えばどう見ても罠だった。

 あたしの片手の自由がなくなった隙をつくように、さっと伸びた箸が肉を攫った。


「すみません。早い者勝ちということで」


 もごもごと咀嚼しながらあの子が言う。利き手と逆が出ていた時点で気づかなかったあたしの負けか。腹を立ててもつまらないし満足そうな連れの顔に、絆されておくことにした。

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