1年♥組メスガキ先生

かぎろ

1年♥組メスガキ先生

 時は令和60年……

 教師の数が減り、質も低下し続けている時代……!

 バカな大人に教師をやらせるより頭のよい子どもにやっていただいた方がましであった!


「これにて国会を閉幕とさせていただくッ! アホアホ衆議院は……子どもでも教師になれるように、子ども先生法を可決するゥゥウウッッ!!!!」

「「「「ワァァァァァアアアアアア!!!!!!!」」」」


 そしてここ、笛垣高校でも子ども先生法に則り、続々と「こども先生」が採用されているのであった……



     ◇◇◇



「メスガキせんせー、トイレ―」

「ちょっと♥ 先生はメスガキだけどトイレじゃないぞ♥ 認識能力よわよわ♥ ざこ生徒♥」

「あははっ! ざこって言われちゃったー!」「先生かわいー!」「私、先生にならざこって言われてもいい!」


 スーツを着た小さな女の子と、制服姿のクラスメイトたちが戯れているのを、僕は端っこの席でぼんやり傍観していた。

 僕は鹿島健太、高校一年生。オタクだ。静かにラノベを読める環境を好む。

 いまは全然、静かではないが。


 教卓のあたりで騒がしくしている女子たちから視線を切り、窓の外を見る。

 頬杖の上で、溜息をひとつ。

 うるさいな、あいつら。何が子ども先生だよ。ちやほやされてるけど、ちょっと頭がいいだけのガキだろう。

 高校生おとなの僕に敵うわけがないじゃないか。


 ――――猫宮ねこみや紗理奈さりな先生は、1年♥組の担任を務める〝子ども先生〟だ。何でも、飛び級に飛び級を重ねたスーパー少女だそうで、イギリスのどこかの大学で博士号を取ったらしい。その後、子ども先生として笛垣高校に赴任。主張の強いツインテール、甘い系の可愛らしい顔立ちと声の持ち主でありながら、自分より大きな生徒や教師たちをも恐れず小生意気な態度をとるという、そのギャップが、むしろ大好評となっていた。


(……ま、僕はあんなメスガキには靡かないけどな)


 そう思いつつメガネを整え、ちら、と再び教室の前方に目をやる。

 クラスメイトの女子グループが猫宮先生とガールズトークみたいなのをしている。

 グループのなかでも特にうるさい西園寺が何かを言い、きゃはきゃは笑っている。猫宮先生は悪戯っぽく目を細め、にまっと笑って何かを言った。グループがまた、どっと沸く。


 ……騒がしい。

 てかあいつら、明日中間テストだけど勉強しなくていいのか?

 そんなんじゃわからされるぞ、猫宮先生の出す難問に。

 ま、僕は〝わからせる側〟なわけだが。

 高校に入って初のちゃんとした試験……腕が鳴るね。




     ◇◇◇




 見事に赤点をとった僕は放課後の空き教室で猫宮先生の補習を受けることとなった。


「ざぁーこ♥」

「ち、違う! 僕は地元の中学では成績上位だったんです。確かに笛高は偏差値も高いし、うちの中学から笛高に行く人が出るなんてなーとか感心されたけど……僕の頭脳がこんなに通用しないわけがありません! これは何かの間違いです!」

「おにーちゃん♥」


 猫宮先生は教卓に小さなお尻で腰かけ、脚を組み、僕を見下ろしている。


「発言の前に挙手しないとだーめ♥」

「ぐっ……」


 僕は机に座ったまま手を挙げた。ついでにメガネもクイッと上げた。


「はいおにーちゃん、どーぞ♥」

「先生。僕はしっかり勉強をしていた。予習、復習、ばっちりだった。それなのに僕が赤点を取るなんて、何かの間違いに決まっています」

「ふぅーん? でもこの問題とか、授業できちんとやった範囲だよぉ? 覚えてないの~?♥」

「くっ……そ、そこは教わった気も……だが理解が深いかと言われれば……」


 猫宮先生が、くすくす♥と鈴の転がるように笑う。


「おにーちゃんの予習も復習も、あんまり効果なかったんだね♥ 無駄うち、ごくろーさま♥ くすっ。なさけなーい♥」

「な、何だと……!」

「だからぁ……♥ そんなよわよわザコ生徒のおにーちゃんはぁ……♥」


 教卓からぴょんと降りて、先生が僕の隣の机に座る。

 耳元に、吐息と囁き。


「(せんせいが、マンツーマンでおしえてあげるね……♥)」

「ひょあああっ!?」

「(まず、この問題から……。これは解き方さえわかれば簡単な問題だよ……♥ ここを移項してあげるの……。そしたら次は、どうすると思う……?♥)」

「う、あ、こ、ここに、だ、代入」

「(うん……♥ 入れて……♥ そしたら、つぎは……?)」

「た、たぶん、右辺を」

「(そう……ゆっくり左辺に動かして……♥ くすっ……♥ じょうずだよ……♥ このまま、いけそうかな……?♥)」

「あ、あ、あ! もうちょっとでわかる、いけるかも……! いけそう……!」

「(あと十秒で正解しないと罰ゲームだよ……♥ じゅーう……♥ きゅーう……♥)」

「う、く……! だめだ、あとすこしでわかるのに……!」

「(はーち……♥ なーな……♥ じゃーあー、よわよわのおにーちゃんには、ヒントをあげちゃうね……♥)」

「えっ!? ぼ、僕の胸元のボタンを外して何を……!?」

「(答えの一部は……これだよ♥ くりくり……♥)」

「ひゃんッ! さ、鎖骨の辺りを指でなぞられているッ!? こ、このなぞり方は……数式ッ!?」

「(ろーく……♥ ごーお……♥)」

「うぅ……もうちょっとで答えが、で、出っ……」

「(よーん……♥ じゃあそろそろ……激しくするね♥)」

「えっ? ……ぐあッ!? ま、まだ解き終わってないのに追加で問題を!?」

「(さーん……♥)」

「待って待って! 無理無理無理! はい一問目解けた! 解けてる! もう解けてるからぁっ!」

「(にーーーーーい……♥)」

「あ、あれ? 一問目の解き方がわかったら急に他の問題もわかるように……あっ、あ、ああああっ!?」

「(いーーーーーーーーーち……♥)」

「と、解ける! これそういうことだったのか! だ、だめだ、解けすぎて歯止めが、と、解ける、解けちゃう、解ッ……♥」


「(ぜろ♥)」


「(ぜろ♥)」


「(ぜろ♥)」


 僕は課された問題を、全て、解き終えていた。

 精魂尽き果てて机の上でダウンする僕。

 そんな僕の頭を撫でて、猫宮先生は小さく笑った。


「……くすっ♥ いっぱい答え出せたね、おにーちゃん♥ 先生うれしいな♥ おにーちゃんのこと……気に入っちゃった♥」

「き……気に入った……って……?」

「明日も明後日も、いっぱい補習でしごいてあげる♥」


 愕然。

 え……まだ補習、あるの。


「この調子なら、期末テストで挽回できるよ! 先生といっしょにがんばろ♥」

「ちょ、ちょっと待ってください。先生の教え方はわかりやすいのですが、なぜか全身に疲労感が蓄積するというか……あまり何度もはできないというか……」

「えー? 真面目にお勉強するおにーちゃん、かっこよかったのにー……」


 急にしおらしくなって、上目遣いになる猫宮先生。目にはうっすらと涙が滲む。

 えっ何!? すごい胸にきゅんときたんだけど何この感情!?

 僕は顔を逸らしつつメガネを整え、「ま、まあ、あと数回なら……」とごにょごにょ言った。

 すると……

 先生の目元に意地悪な影が差す。

 口角が上がり、にひひっ♪とニヤついた。


「ちょっろ♥ じゃ、明日までの宿題、これと、これと、これと、これと、これと、これと、これと、これね♥」

「多くないか!?」

「きゃははっ! 今日の補習は終わりだよ♥ 気を付けて帰ってね、おにーちゃんっ!」


 猫宮先生はツインテールをぴょこぴょこさせながら教室を出ていった。

 僕はわなわなと震えながら立ち尽くす。

 「わからされた」のか……この僕が……二重の意味で……!

 でも教え方が謎に上手かったし、明日明後日も辛抱強く補習をしてくれるみたいだし、面倒見のいい先生なのかもな。子どものくせに。

 なんだか悔しい気持ちになりながら、僕は机の上のノートを鞄に入れた。


 ノートの下にいつの間にかメモ紙があった。

 こう書かれている。




  おにーちゃんへ♥


   からかってごめんね♥

   まじめに補習受けてくれてありがと~!!

   がんばる姿、だいすきだよっ♪


             さりな先生より♥




 僕はそれをその場で二十回くらい読み返し、帰宅途中の電車内でも三十回くらい読み返し、家で風呂に入りながら脳内で七十回くらい反芻し、寝る前も「だいすきだよっ♪」について考え続けていたら一睡もできなかったけど全然猫宮先生に堕とされてないが? 全然好きじゃないが? は?




【おわり♥】

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