第30話

 大ホールの中に入らず入り口付近のロビーで芽衣は時間を潰していた。どんな理由があるにせよ、唯と抱き合っていた彼氏のステージを応援する気にはならなかった。

 ロビーの隅で立ったままなんとなくスマホを弄っていると、お昼前に悠人の部のステージはあっけなく終わった。

 そういえば、各部のステージ時間がプログラムに記載されている時間と変更になったと、何度か校内放送が流れていた。そのせいか、思っていたより待っている時間は短かった。

 舞台裏に顔を出すつもりでここまで来たけど、そのときが来ると、なんだか少し気後れした。仮に先輩の行動が浮気ではなくても、幼なじみを抱きしめた彼の行動を非難しても誰からも咎められることはないだろう。普通なら。

でも、大輝に抱き寄せられキスされた自分にその資格はあるのか。芽衣は大輝に抗ってさえいないのだ。

 そう思うともう感情はぐちゃぐちゃだった。自分は唯と抱き合っていた悠人を責めるべきなのか、それとも大輝の抱擁とキスに逆らわなかったことを謝らなければいけないのか。

「芽衣、一人?」

 悩んでいた芽衣はクラスメートの女子に声をかけられた。

「うん」

最初、彼女の声に気がつかなかった芽衣は、慌てて相手に返事した。

「こんなところで一人で何しているの」

「なんとなく。美樹こそ一人でどうしたの。彼氏は?」

 美樹には同学年の彼氏がいる。芽衣と同じクラスの男子だけど、あまり絡んだことはない。

「あいつ、教室のカフェの調理担当なんだ。」

「そうなんだ」

「もしかして先輩待ち?」

 先輩待ちってなんだ。

「志賀先輩ならステージ裏にいたよ。こんなところで待っていないで行ってくれば?」

 自分から悠人に会いに行くのは癪にさわるが、こんなところで突っ立っているのも彼氏が出て来るのを一途に待っている女のようで、それも気に入らない。美樹の目にも悠人を待っているように思われたことだし。

「じゃあ、行ってこようかな」

「それがいいよ。芽衣、またね」

 胸の前で手をひらひら振って、美樹が去っていった。誰に見せるでもなく、わざとため息を一つついて、芽衣は正面に並んだ客席への入口の扉を通り過ぎ、舞台袖に続く通路を抜けてステージ裏に向かった。

 既にダンス部はステージから捌けていて、次に出演する番のフォークソング部の人たちが椅子や楽器をステージに並べている。

ステージ袖に立ち止まった芽衣は、照明を落とされて薄暗い周囲を見回した。実行委員らしい裏方の生徒が何やら忙し気に動き回っている。

「芽衣、こっち」ステージ袖から続くバックヤードから椅子を抱えてステージに運んでいた悠斗が、ステージ上から芽衣を見つけて手招きした。

 芽衣が悠斗のそばに行くと、悠斗は抱えていた椅子をフォークソング部員らしい男子に渡した。

「何してるの?」

 ダンス部の出番は終わったのだから、なぜ悠人が作業しているのかわからずに芽衣は首を傾げた。

「フォーク部が人手が足りないみたいで、慌ててステージの準備をしてるから手伝ってた」

 彼にはこういう面倒見のいいところがある。面倒見の良さ以外にも、芽衣は彼のいいところと嫌なところの両方を、彼との付き合いを通じて知った。

 実行委員会のミスによる学園祭のステージの出演時間のトラブルを解決したことだって、悠人の面倒見の良さや問題解決能力の高さの現れだと芽衣は理解していた。

 唯が実行委委員としてその当事者ではなくても、悠人は実行委員を助けただろう。ただ、それは理解していても、それと悠人と唯が抱き合ったのは別な話だ。

 わたしと芽衣とどっちが好き? 唯は悠人にそう問いかけたのだ。それに対して悠人がどう答えたのかはわからないけど。

「ちゃんと来てくれたんだ」悠人が芽衣に向かってほほ笑んだ。

「約束だもん、それはちゃんと来たよ」そこで話をやめておこう。芽衣はそう考えたのが……口が勝手にその先を続けた。「ステージの時間が急に変更になって大変だったんだって?」

「芽衣も知っているのか。そう、実行委員の影山のアホが間違えやがって。部長たちをなだめるのが大変だったよ」

「なんで先輩がそんな損な役回りをしたの?」

悠人の表情が少し陰ったのを見て、芽衣はさりげなく陰湿な質問を重ねた自分のことが嫌になった。「ごめん。何でもないの、忘れて」

「なにか聞いたの?」悠人が低い声で聞いた。「唯のことだろ」

「・・・…唯のためにいろいろ頑張って助けてあげたんでしょ」

「それはそうだけど、言い方」

「違わないでしょ」流そうとする悠人の態度に少しむっとして芽衣は、この話題を切り出したことを後悔したことを忘れて感情に流された。「唯を助けたんでしょ。それで唯と抱き合ったくせに」

「・・・…おまえ、見てたのかよ」

「見てないけど、先輩と唯が抱き合ってたって聞いた。好きじゃないなら思わせぶりなことはしない方がいいよ」

「誰から聞いたんだよ」

 美咲の名前を出すわけにはいかなかった。彼女は答えずにただ悠人を見つめた。

「誤解だよ」悠人はばつの悪そうな様子でそう言った。「いや、誤解つうか確かにハグしたけど、別に好きとかそういうのじゃないからな」

「好きじゃない相手とも抱き合うのね」

「俺が抱きしめたわけじゃねえよ。そもそもは」言い訳を始めた悠人だったが、何かに思い付いた様子で言葉を切った。「もしかして嫉妬している?」

「そんなんじゃないから」芽衣はあわてて否定したが、

「芽衣でも嫉妬することがあるんだ」芽衣の反応の理由に気をよくしたのか、悠人はそう言いながら芽衣の身体を抱き寄せた。「そんな心配いらねえのに」

悠人の無遠慮な手に驚いた芽衣が反射的に彼の

手を振り払おうとしたそのとき、舞台袖の入り口から唯が自分たちを見ていることに気がついた。

自分でもどういう感情の所以かわからなかった

が、芽衣は悠人の手から逃げるのを我慢し、身を固くしたまま悠人に抱き寄せられた。

「やきもち焼くなよ」抱き寄せた芽衣の身体にそっと手をまわしながら、悠人がささやいた。「おれが好きなのはおまえだけだから心配するな」

生まれて初めて父親以外の男性から抱きしめられ

た芽衣は、身を固くしたままじっとしていたが、視線は唯の方に向いたままだった。

この場所は暗くて、唯が立っている舞台袖の入口は明るいため、唯にこちらの様子がはっきり見えているかどうかわからない。

やがて、身をひるがえしてそっと外に出ていく唯の姿が芽衣の視界の端に映った。

先輩の手を振り払えばよかったのに、なんで大人しく彼に抱き寄せられたままでいたのだろう。芽衣は自分のしたすぐにつまらない真似を後悔した。

自分は唯に嫉妬したのか。唯への反発から抱き合っている自分たちの様子を彼女に見せつけようとしたのか。

芽衣は自分の気持ちをはっきりと定義できなかったが、ただ、できればすぐにでもこの場を去って、大輝に会いたかった。

 芽衣の「嫉妬」に気をよくした悠人は、ステージを後にして学園祭を回ろうと芽衣を誘った。それ自体はもとから約束していたことだったので、芽衣は混乱した気持ちを抱えながらも、素直に悠人と一緒に大ホールのある記念館を後にした。

 記念館を出ると、学園内には学園祭を訪れた人や学園生たちでにぎわっていた。記念館の入口に向かい合った中庭にも人があふれていて、高校棟の方に向かって歩いて行くだけでも大変だった。

 悠人が不意に芽衣の手を握った。思わず問いかけるように悠人を見上げた芽衣に対して、彼は言い訳するように、「迷いそうだから」と言った。

「どこに行く?」

いつも勝手に行き先を決める悠人が珍しく芽衣の方をうかがった。芽衣の嫉妬に気をよくした彼は芽衣に優しくしようとしているみたいだった。

「うちのクラスのカフェに行く?」芽衣は彼の好意に戸惑いながら聞いてみた。「三階の端っこだからたぶん空いていると思うよ」

 今日一日、朝の開店準備を除けば全く自分のクラスに顔を出していない。自分が手伝うまでもなく人では足りているだろうとは思ったけど、全く顔を出さないのもあとで責任者の真緒あたりに怒られそうだった。

 悠人も同意したので二人は人の流れとは反対方向にある芽衣の教室に向かった。

 カフェと書かれた画用紙が雑に張り付けられている教室の引き戸を開くと、意外なことに真緒ではなく唯が「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。

「唯ここにいたんだ」

 一瞬、身をひるがえして大ホールから去っていく唯の姿が芽衣の頭に浮かんだが、とりあえずさっきの様子は見なかったことにして、芽衣はかろうじて平静な声で唯に話しかけることができた。

 唯の方も特に気になる様子を見せずに、芽衣がクラスのカフェを手伝わないでいたことを冗談交じりにいじっただけだ。

 もしかしたら、さっきの芽衣と悠人の様子は唯には目撃されなかったのかもしれない、と芽衣は思った。

 むしろ慌てた様子だったのは悠人の方だった。

「俺がこいつを引き留めたなんだよ」

 それから彼は唯に向かって言い訳を続けたが、そのときだけ唯は少しいやそうな表情を見せたが、悠人は芽衣の弁護をするのに精いっぱいだったのか、唯の様子に気が付いていないようだった。

 それにしても予想以上に客の姿がない。ここにずっと居座ったら目立ってしまうくらい人影がない。

 唯の勧めに従って窓際の席についた二人は、顔を寄せ合ってメニューを眺めた。思っていたより悠人の顔が芽衣に近づいていたが、あえて距離を置くのも不自然に思えて芽衣はそのままの距離を保っていた。

自分のクラスが運営するカフェながら面白みのないメニューだった。ろくに手伝っていない芽衣がわがままを言ってよいわけはないが、飲み物はお店で買いこんできた1リットルのペットボトルから移すだけの冷たい飲料か、粉末にお湯を注ぐだけのホットドリンク、食べるものは袋から出して紙皿に移す焼き菓子だけ。

 文句を言う気はないが飲みたいドリンクも食べたいお菓子もない。

「芽衣に言うのもなんだけど、あまり気合入ってない店だな」

 悠人も情報量に乏しいメニューを持て余している。結局ふたりはあまり乗り気のしないまま、アイスコーヒーを、オーダーを取りに来た唯に注文した。

 注文を聞く間、唯は悠人と目を合わそうとしなかったが、そのことになにか意味があるのかどうか、芽衣にはわからなかった。あからさまに嫌われている様子はないので、まあ、いいかと彼女は思ってそのことはもう考えないようにした。

 悠人の機嫌は悪くなかった。自分の話を黙って微笑みながら耳を傾ける芽衣の様子と、さっきの芽衣の嫉妬が彼を上機嫌にさせ、いつも以上に饒舌にしていた。

 芽衣がもともと悠人を見直したきっかけとなった悠人の意外と鋭い洞察力は、今ではもうその欠片すら見いだせなかった。

「芽衣」

「なに」

「おまえ今日は、なんかすげえ可愛いよ」

 芽衣は少しイラッとした。いつも彼女の容姿に関して上から目線で話しかけてくる悠人に対して、もともといい感情を抱いていなかったのだ。

 そんな芽衣の感情を見誤ったのか悠人は、テーブルの上で飲み物のグラスをなんとなく触っていた芽衣の手を、自分の手で覆った。そして、その手を優しく撫でた。

 なにかいやな物体が手の上を這っていて、芽衣はそのじめっとして生暖かい物を反射的に振り払った。

 まずい、と気づいたときにはもう遅かった。芽衣の視界には悠人が驚き、傷ついた表情を浮かべている様子が映ったが、さらに視線を少し離れた教室の入り口の方に向けると、大輝が芽衣の方を見ていた。

彼の視線は、芽衣の方というか、芽衣の顔よりやや下に向けられていた。彼女が振り払う前に、悠人に手を撫でられていたところを目撃されたに違いない。

悠人は芽衣の視線をたどって教室の入り口を振り返った。傷ついているような悠人の表情が怒りに満ちたように赤くなった。悠人は立ち上がり、事情をのみ込めずに驚いている大輝を睨んだ。

「やめて」

 芽衣は悠人の手を改めて握って彼を止めようとした。今度は悠人が芽衣の手を振り払った。

「話をするだけだよ」悠人はそう言い捨てて大輝の方に向かって行った。

 自分の人間関係で大輝に迷惑はかけたらどうしよう。芽衣はパニックに陥って、悠人を止めなければと言う気持ちだけが先走りして、実際の行動に移そうにもなにをしてよいのかわからなかった。

 そのとき、唯が大輝に詰め寄る悠人に立ちはだかり、なにか彼に話しかけた。幼なじみの悠人に見せるにしては珍しく厳しい表情だった。

 悠人が唯の制止に怯んだ隙に大輝は姿を消したのだが、なにが起きたのかわからない様子で戸惑っていた大輝の手を引いて、彼を教室の外に引っ張っていったのは美咲だった。

 美咲も来ていたのか。芽衣はそう思ったが、すぐに美咲が偶然に居合わせたのではなく、大輝と一緒に二人で行動していたのだと気づいた。今日は二人で学園祭を回るのだと美咲は言っていた。

 唯と悠人の言い合いは続いていたが、いろいろいたたまれなくなった芽衣はその場を抜け出そうとしたが、教室後方の出入り口は悠人と彼に立ちはだかる唯に塞がれている。

 カフェとして営業しているこの教室は三対一位の割合で区切られている。広い部分が客席で狭い部分がバックヤードとして使われている。カフェで働いている生徒たちはそこをキッチンと呼んでいたが、火気を使用できないので、そこでは実質なんの調理もされていなかった。スーパーマーケットで買った大袋の菓子を紙皿に移すことが調理だというなら別だけど。

 芽衣はそっと立ち上がり教室後部のキッチンスペースに侵入し、そこにある出入り口から悠人にも唯にも気づかれずに廊下に脱出した。

 それから三十分くらい芽衣は、特にどこに行くのでもなく学園内をさまよった。

 いろいろ考えなくてはいけないことがあるような気がするが、悠人や唯のことよりも、今は、芽衣が悠人に手を撫でられているのを大輝が目撃したのかどうか、もし見たのならそれをどう受け取ったのかが気になって仕方がなかった。

 それを気にする方がおかしい。芽衣は理性ではそう考える力はあった。大輝があの場所にいたのは美咲に誘われたからである。あの美咲が男子を誘うのだから、少なからず大輝に関心を持っていることは間違いない。

 大輝にしても誘いに乗って二人で学園祭を回るのを了承したのだから、少なくとも美咲のことを憎からず思っているのもまた事実だろう。

 そして、悠人を巡る、美咲に対する微妙な罪悪感もあって、最初美咲を彼女としてどうかとまるで彼女を紹介するような言動をしてしまったのは芽衣自身だったから、大輝が自分のことをどう考えているのかなんて気にする権利なんかない。

 ただ、悠人に撫でられていた芽衣の手を眺めていた大輝の呆然とした表情が、芽衣の脳裏にこびりついて離れてくれなかった。

 どれくらい時間がたったのかわからないほど、芽衣は校内をあてもなくさまよっていたが、もういっそ下校してしまおうかと思って校門の方に向かっていたところを、息を切らして走って彼女を探していた悠人に捕まった。

「なんで勝手に出てったんだよ」

 険悪な声色で芽衣に話しかけてきた悠人を、芽衣は無視して歩き続けた。

 自分を無視する芽衣を追いかけるのがプライドに障るのか、悠人は立ち止まってどうしようか考えているようだったが、それをいいことに彼を振り切ろうとした芽衣に誰かが声をかけた。

「芽衣、ちょっと今いい?」

 振り返ると美咲が目の前に立っていた。一緒にカフェを出て行った大輝の姿は見当たらない。二人で仲良く手を携えて、悠人や芽衣から逃げて行ったのではなかったのか。悠人も美咲に気づいたのか、こちらの方を眺めている。

「いいけど・・・・・・大輝君と一緒じゃないの?」

 彼を放っておいていいのというニュアンスを込めて芽衣はたずねた。

「彼は今帰ったところ。わたし、芽衣を探していたんだ」

 猫なで声のような優しい美咲の口調に、芽衣は嫌な予感を感じた。

「どうしたの」

「わたし、大輝さんとお付き合いすることになったの」美咲が恥ずかしそうに声を小さくして言った。「芽衣にはいちばん最初に話しておきたくって」

 こうなることはわかっていたし、自分から大輝をけしかけるような言動をしていたくせに、芽衣は少なからず美咲の言葉にショックを受けた。

「え、マジで」

 いつの間にか芽衣と美咲のそばに寄ってきていた悠人が驚いたように言った。美咲に対して話しかけたのかは判然としなかったが、美咲は悠人の声が聞こえたにせよ、それを無視した。

「お礼を言わないといけないよね。わたしを大輝君に紹介してくれたり、わたしの背中を押したりしてくれたじゃない?」

「そうなんだ。よかったじゃん」

ようやく芽衣は言葉を振り絞った。

「だから、ありがとう。芽衣が一番喜んでくれるよね」

 美咲の無邪気な言葉に芽衣はお腹の底が重く冷えていくようだった。

 あまりうまくいっていないにせよ、芽衣には悠人という彼氏がいる。確かに大輝と久しぶりに会って話したり、ドライブしたり・・・…抱きしめられたり、キスされたりはしたが、そのことにあまり重きを置くべきじゃない。

 芽衣の彼氏は悠人だし、美咲と大輝が付き合うことに異議を唱えられる立場ではない。それはわかっている。

 それでも芽衣は、大輝が自分を抱き寄せキスまでしたことを思い起こさずにはいられなかった。

 芽衣は必死に自分の揺れる感情を抑えようとした。

「おめでとう美咲」

「ありがとう」

「マジか。いろいろ誤解してたよ」二人の近くに来ていながら、それまで芽衣にも美咲にも無視されていた悠人が、戸惑ったような笑みを浮かべて、美咲とも芽衣にともなく言った。「誤解して悪かったな」

「じゃあ、もう行くね。唯を探さないと」

 美咲は、悠人の方を振り向きもせずに言った。

「唯がどうかした?」

「唯にも大輝さんとのこと話しておかないと。あの子、すぐに聞いてないって言って怒るから」

 自分が唯に自慢したいだけじゃないのか。芽衣は美咲の浮かれた言動に対して心中で皮肉をつぶやいた。

 結局、美咲は悠人の言葉にはなんの反応も見せずに校門の方に去って行った。

 大輝と付き合い出して、悠人のことはもう吹っ切れたのだろうか。そう考えると切り替えの早い女だなとも芽衣は考えた。

 美咲の去っていくと、芽衣と悠人は周囲を行きかう生徒たちの中に二人きりとなった。

「芽衣」

 悠人に呼びかけられた芽衣が悠人を見ると、彼はばつの悪そうな表情だった。

「悪かったよ。ちょっと勘違いしていて」

 突っ込むところはいろいろあったが、正直今は悠人のことなどどうでもいい。

「気にしてないよ」

 芽衣の返事を聞いて悠人は愁眉を開いたようだったが、すぐに普段どおりに振舞うわけにもいかない様子で、彼は少し遠慮がちに、「ファイアストームの方に行かねえ?」と聞いた。

「うん」

 芽衣は、このあと早めに家に帰ってしまおうかと考えていたのだが、ここで悠人の誘いを断るのも気まずいし、なにより面倒だったので、彼女は悠人と肩を並べて中庭の方に歩いて行った。悠人はもう芽衣の手に触れようとはしなかった。

中庭に来ると、キャンプファイアの火が中央で盛大に揺らめいていて、暗くなり始めた中庭に集まった生徒たちを照らしていた。

「唯だ」

 悠人が急に立ち止まった。悠人の視線をたどると、キャンプファイアから少し離れてたたずんでいる唯の姿があった。何かを考えているような難しそうな横顔に、揺らいだ薪の明かりが映っている。

「悪い。おれちょっと唯にも謝ってくるわ」

 唯の悩んでいるような様子に心あたりがあるであろう悠人が言った。

「うん」

 唯はさっきカフェで悠人を止めて、彼の態度を注意してくれた。途中で部屋を出てしまったので、具体的になにを言って中止したのかは聞けなかったが。

 悠人が唯の方に歩いていき彼女に話しかけた。唯が振り向いて悠人を見上げた様子を見届けて、芽衣はその場を離れた。今は、彼らの会話に興味はなかった。


 その夜、自室のベッドに横たわって今日のできごとを思い浮かべていると、美咲のひっかかるものを感じた。勘違いだと考えないようにしようとしていた灰色のもやもやが、だんだん芽衣の中で疑問としてふくらんできた。

 なんで、付き合い出したばかりの大輝を放っておいてまで、芽衣に大輝との関係を報告しに来たのか。美咲にとって大輝は芽衣から紹介された芽衣の幼なじみだから、義理を果たすという目的だったのかもしれないし、唯に報告する目的として自分で言っていたように、黙っていると後で文句を言われそうだと考えたのかもしれない。

 それにしても休み明けの教室や、教室では人が気になるなら帰り道にでも話してくれれば済む話なのに、付き合い出したその直後に芽衣をわざわざ探し出して得意げに報告する必要はない。

 あまり今まで考えないようにしていたが、やはり美咲は芽衣を恨んでいたのかもしれない。悠人が好きだと日ごろから美咲が話していたにもかかわらず、その気持ちを無視して悠人の告白に応えた芽衣を。

 前科のある芽衣が美咲の行動を非難するのも図々しいのかもしれない。それに、美咲だって大輝と付き合い始めて時間が経ち、初めての彼氏に夢中になれば芽衣の過去の言動だって忘れてくれるだろう。

 そう。大輝との付き合いが順調に続けば。

 そう考えると、やはり理屈ではなく芽衣の胸は痛んだ。

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嘘と恋 @Yoji_T

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