♯LAST 誰も知らない場所でデート

【エピローグ】



いつきさん、起きてください。もう着きますよ」


「うーん――」


 若菜に体を揺すられて目が覚めた。


「バス、もうすぐ目的にもう着きますって」


「――あ、あれ? もしかして寝ちゃってた!?」


「ぐっすり気持ち良さそうに寝てました」


「お、怒ってる……?」


「ちーーっとも怒ってません。昨日、遅くまで電話させちゃったのは私ですし」


「そ、そっか」


「ただ移動中のおしゃべりも楽しみにしていてだけだったのでっ!」


「めちゃくちゃ怒ってる!」


 今、俺たちは家から遠く離れた温泉街に行くためのバスに乗っている。


 俺たちの初めてのデートだ。


いつきさんが最初のデートで爆睡したのは一生忘れません」


「うっ」


 父さんと母さんには、お互いに友達と旅行に行くということにした。


 お金はお年玉を貯金していたのを崩してなんとか工面した。


「ど、どうしたら許してくれる?」


「1キスで許してあげます」


「キスってそういうカウントするものなんだ……」


 相変わらず若菜は外ではクールな口調のままだ。


 いや、肝心の会話の中身は相当おかしなこと言っているんだけどさ!


「してくれないなら怒ったままです」


「バスの中でするの……?」


「どうせ誰もいませんし」


「運転手さんはいるわけなんだけど」


「私たちの席は一番後ろですから。どうせ運転席からは見せません」


「いつもの若菜とは思えない発言」


「だって、あれ以来キスしてくれないじゃないですか」


「父さんと母さんがいる家の中では無理だって!」


「……ずっと待ってたのに」


「うっ」


 こんな感じで俺はずっと若菜に振り回されっぱなしだ。

 でも、そんな毎日がこれ以上なく楽しかったりもしている。


「……」


「……ほ、本当にするの」


「うん」


 若菜が少し顎をあげて唇をこちらに向けている。

 明らかに待っている。


「……」


「んっ――」


 俺は少しかがんで、そっと若菜の唇に自分の唇を重ねた。


「すごいドキドキしますね……」


「俺はハラハラした」


「ちょっとクセになっちゃいそうかも」


「若菜が危ない道に行ってしまう……」


「そのときはいつきさんも一緒ですからね」


 若菜がとびっきりの悪戯顔を俺に向けてきた。




 

 


「あっ、いつきさん。旅館見えてきましたよ」


「本当だ」


 バス停から少し歩くと、老舗の旅館が見えてきた。

 いかにも日本家屋といった外観でとても趣きがある。


「……今日、私たちここに泊まるんですね」


「そうだなぁ」


「今回の旅行はカップルプランですよね?」


「うん、そのほうが安かったから」


「と、当然同じ部屋ですよね?」


「うん」


「……」


「……黙るなよ」


「い、いや少しばかり緊張するなぁと――」


「はぁ……昨日も電話でずっとそのこと言ってたじゃん」


「そ、そうでしたっけ?」


「同じ家に住んでいるのに何を今更」


「恋人同士と家族では全然違うじゃないですか!」


「ふーん?」


 若菜がぐずぐず言い始めたので、俺は思いっきり若菜の手を握ることにした。


「あっ――」


「とにかく今日は恋人同士ってことで来てるんだけど」


「そ、外で手を繋ぐなんて誰かに見られでもしたら――」


「誰も知らない場所だけど」


「……そ、そうでした」


「なんか色々と順番がぐちゃぐちゃな気がするなぁ」


「じゅ、順番ってなんですか!?」


「一緒に暮らしてから恋人になったり、キスしてから手を繋いだり」


「い、言われてみると……」


「こうしているの嫌か?」


「い、嫌ではないですけど……」


「ですけど……?」


「わ、私、手汗ひどくないですか……?」


「どっちのだか分かんない」


「どっちの?」


「俺も汗かいてるから」







「へぇ~、部屋の外にも露天温泉があるんだなぁ」


『……』


「いや、なんか話せよ」


『ちょ、ちょっと待って!』


 電話越しに衣擦れの音が聞こえてくる。


 部屋に着いて、荷物を下ろしたら、すぐに若菜が汗をかいたのでお風呂に入りたいと言ってきた。


「じ、自分から一緒に入るって言ってきたくせに!」


『だ、だって前にそう言っちゃったから!』


「だとしても電話する意味が分からない」


『だ、だって……!』


 何故か俺は露天風呂にまで携帯を持参していた。


 若菜が“私がそっちに行くまで電話を繋いでいてほしい”と言ってきたからだ。 


 防水機能付きの携帯で本当に助かった。


「どんな状況だよ、これ……」


『で、電話したら一回落ち着くかなぁって……』


「落ち着いたの?」


『全然落ち着かないっ!』


 かくいう俺も全然落ち着かない。

 若菜の服の脱ぐ音が電話越しに聞こえてくるからだ。


「……いいお湯だなぁ、景色もいいし」


『そうなの?』


「お前も来たら分かるって」


『い、今行くから――』


 バタンと後ろから扉が開く音がした。

 ペタペタと若菜の足音がこちらに向かってくるのが聞こえてくる。


『つ、着いた……』


 若菜の声がで同時に聞こえてくる。声色は、電話越しのいつもの甘えた声だった。

 

「……もう電話切っていい?」


『うん……』


「なんでここまで来て電話かなぁ……」


「で、電話が一番素直になれるような気がするって前に言ったじゃん!」


 お湯の流れる音と一緒に若菜がゆっくりと俺の隣に腰を下ろしてきた。若菜の白い肢体が目に入ってしまった。


「あ、あんまり見ないでよ!」


「見ない、見ない」


「少しくらいなら見てもいいんだけどね……」


「えっ……?」


「……」


「……」


「……」


「……いい景色だね、いつきさん」


「あっ! はなし誤魔化したな!」


いつきさんはうるさいなぁ」


「俺だって緊張してるのに……」


「私だって……。でも、こうしていると普通の恋人みたいだね私たち」


「……俺はもう普通の恋人のつもりなんだけど」


「ふふっ、そうだね。私たちって結婚できる関係だもんね」


「その通り」


「でも嬉しかったなぁ~」


「嬉しかったってなにが?」


いつきさんがそこまで調べてくれていたってことが」


「……」


「なんでそこで黙るの?」


「……そりゃずっと気になってたから」


「ずっと?」


「義理の兄妹同士で結婚できるかってこと」


「え?」


「前にも言ったけど俺も若菜のことずっと好きだったから」


「そう……なんだ……」


 俺がそう言うと、若菜がぴとっと俺に肩を寄せてきた。


「いつから?」


「ずっと前」


「いつから私のこと好きだったの?」


「ずっと前!」


「へぇ~」


 若菜が満足そうな声をあげている。

 若菜の体温を肩に感じながらも、俺は彼女の顔を直視することができなかった。


「ところでね、お兄ちゃん」


「なんだよ、急にその呼び方になって」


「お母さんがね、今日の旅行は“お兄ちゃんと楽しんできてね”っていっぱいお小遣いくれたんだよ」


「ふーん」


「お土産も沢山買っていきたいね」


「そうだなぁ。でも、その前にこの旅行を全力で楽しもう!」


「うんっ!」


「ん? って、母さん?」


「うん、お母さんがお小遣いくれたんだよ」


「……なんで母さんが、俺たち一緒に旅行に行くの知ってるの?」


「えっ?」




 後日、母さんは俺たちにこう告げた。


 「昔からいつかこうなると思ってた」って。


 どうやら俺たちの好意は、周りから見たらバレバレだったらしい。

 

 こうして俺たちは堂々と付き合えるようになるのだが、若菜が一番素直になれるという“電話彼女”はこれからも毎日続くのであった。











電話彼女 実際に会うと素っ気ないのに電話だとやたら甘えてくる義妹(※彼女)の話


~FIN~

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電話彼女 実際に会うと素っ気ないのに電話だとやたら甘えてくる義妹(※彼女)の話 丸焦ししゃも @sisyamoA

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