♯9 同じ籍

「――で、なんで電話になるの!?」


『恥ずかしくなってきちゃったから!』


 夕食を食べ終え、部屋に戻ると、若菜から電話がかかってきた。


『わ、私があんな大胆なことを……』


「普段のクールな若菜からは考えられないよなぁ」


『い、言わないでよぉ……』


「いいじゃん恋人同士なんだから」


『私たちちゃんと恋人同士っぽかった? 私、ちゃんと彼女できてた?』


「どう考えても恋人同士のやり取りだったじゃん。キスまでしたのに」


『よ、良かったぁ』


「え? そんなこと考えてたの?」


『だって、私こうして電話越しじゃないと素直になれないから』


「そんなことないと思うけどなぁ」


『ううん、そんなことあるもん。お兄ちゃん、最初に私の言ったこと覚えてる?』


「最初に言ったこと?」


『同じ籍ならって話』


「ちゃんと覚えてるよ」


『……あんなこと正面からだったら絶対に言えないもん』


「そういえば若菜、そのことで話があるんだけど」


『そのこと?』


「同じ籍って話」


『うん』


「俺たちって普通に結婚できるぞ……」


『えっ?』


「血の繋がりのない兄妹は普通に結婚できるみたいだぞ……。そもそも養子同士って結婚するのに何の問題もないらしいし」


『そ、そうなの? で、でもドラマとかでは』


「それって外の目を気にしての話じゃないかなぁ」


『で、でも――』


「ネットで調べてみな? 普通に出てくるから」


『……』


「あの若菜がそんなことも調べずに言ってくるなんて……!」


『恥ずかしい! 恥ずかしい! もうそれ以上言わないで!』


「だってさぁ……」


『やめて! やめて! それ以上言わないで! あのときはどうやったらお兄ちゃんと付き合えるか必死だったの!』


「も、もしかして殺し文句のつもりだったの?」


『うっ……』


「若菜って結構――」


『それ以上言わないで! お願いだからもうそこには触れないで!』


「アホだなぁ……」


『うわぁあああん!』


 隣の部屋から何やらドタバタと音が聞こえてくる。

 多分、若菜が暴れているのだろう。


『嫌い嫌い嫌い! そんな風にいじってくるお兄ちゃんなんて大っ嫌い!』


「俺は若菜のこと好きだけどなぁ」


『うっ』


「どんな若菜でも俺は好きだよ」


『うぅ……その言い方はずるいよぉ……。今、電話で本当に良かったぁ……直接だったら恥ずかしくて死んでたかもしれない!』


「また大袈裟にそんなこと言う」


『だ、だって初めての告白でそんな大失敗してるなんて……!』


「まぁ、普通に考えたら兄妹同士じゃ結婚できないもんな」


『今更フォローしないでよ!?』


 部屋の壁がドンドンと叩かれる。


「壁叩くな! そんなに叩いたらいつか穴空くぞ!」


『穴空いたら、同じ部屋になるだけじゃん!』


「おかしなこと言ってる」


『うるさい! うるさい!』


 もう電話越しどころか、隣の部屋からも声が聞こえてきちゃってるし……。今日は親がいなくて本当に良かった。


「でもいいじゃん! 俺たち結婚できるんだぞ!」


『え?』


「それとも若菜は俺と結婚なんてしたくない?」


『そ、そんなことは――』


「俺は若菜といつか結婚したいと思ってるよ。だけじゃなくて、ちゃんと堂々と恋人同士になれればいいなぁって思ってるよ」


『ぷ、プロポーズじゃん!? キスしてからプロポーズ早すぎない!?』


「でも本当の気持ちだし」


『……っ!』


「……」


『……』


『分かりました……』


「分かりましたってなに?」


『……お兄ちゃんのプロポーズの返事したつもりだけど』


「ぷっ」


『な、なんでそこで笑うの!?』


「呼び方戻ってる」


『あっ……』







 それからも、俺と若菜は親に内緒にしながら秘密の関係を続けた。


 兄妹同士でも結婚できるが、若菜がこんなことを言い出したからだ。


『もうちょっと電話彼女続けたい。電話だと素直になれる気がするから』


 正直、俺はもう親にこのことを言ってもいいのかなぁと思っている。

 でも、若菜は若菜でこの距離感を楽しんでいるようだった。


 だから俺も今を目一杯に楽しもうと思っている。


『さっきはもっといつきさんに甘えたかった!!』


 ……こんなこと絶対に俺に直接言わないわけだし。


「俺だってもっと若菜といちゃいちゃしたかったけどさ! 母さんが帰ってきたから仕方ないじゃん!」


『じゃあ今度はもっともっと甘えるもん!』


 普段はクールを装っているくせに、電話だとこんな風に言いたいことをズバズバ言ってくる。


 直接会うとお互いに緊張しちゃうときがあるから――もう少し、この電話を楽しもうと思っている。


「若菜は電話だと素直だなぁ」


『……だって、電話だと直接顔見なくていいから何でも言えるんだもん』


「そっか」


いつきさん』


「ん?」


『大好きだよ』


「直接だと中々言えなくなるくせに」


『それはいつきさんもでしょう!』

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