なにもない、わたしだけ

和扇

ここ、どこ?

起きた。


うん、起きた。


確実に起きている。


頬を引っ叩いたし、足元の水で顔も洗った。

うべぇ、しょっぱ。


少なくとも夢ではなさそう。


周りを見ても何もない。

とおーーーーーくまで、浅い水があるだけ。


多分、この水は海水、かな?

しょっぱいし。


私は素足。

幸いにして、平べったい海の底はさらさらふかふかの砂だ。


深さは大体、くるぶし辺りまで?

特に溺れるとかはなさそうだ。


で、ここはどこ?

私は誰、って私は私か。


ふーむ、突っ立っててもしょうがない。

どっちかへ歩かないと。


でも、見える範囲には何にもない。

水平線が見えるだけ。


これは困った。

どっちへいっても問題ないんだけど、完全に自由はそれはそれで困る。


何か無いかな?


ん?

あれ?


あ、木の枝!


んん?

でも何でこんな所に?


木なんて見えないし、これが流れ着くような波も無いし。


ふーむ。

考えてもしょうがないか。


これでいき先を決めよう。


ちょっと折れてる方が向いた先へ進むぞ!

さあ、道を示すがよい!


せいやっ!


って、何でぶん投げた、私!

くっそ、結構飛んだぞ、どこいった!


あ、良かった、見つけた。


って、このまま真っすぐいけってか。

うん、導きに従おうじゃないか。


よし、君を水先案内人、いや案内棒に任命するぞ。

我がいき先を決めてくれ給えよ。


じゃ、しゅっぱーつ!




うーん。


景色が変わらない。

本当に全然、全く、一ミリも変わらない。


前に進んでいるか疑わしい位に。


マジでどこなんだ、ここは。


人っ子一人いないし、水と砂以外何にもない。

精神的に来るものがあるねぇ、キツいぃ。


いや、もう一つあった。

我が相棒、まさに棒な案内棒君だ!


いやぁ、木の棒に孤独を紛らわせてもらえるとは、新しい発見である。

世界で初じゃないかな?


ずんずん進んでいこう。

いや、立ち止まってても変わらないからね。


ぜんしーん、ぜんしーん。

前へ~、進め!


ざぼっ

ざばっ

ざぶざぶ

じゃぼん


うん、水の抵抗と砂地って歩くのに辛い環境だね。

結構大変だ。


よいしょ、よいしょ。


水平線の向こうまで、歩く事になるのかな?

まぁ、それも良いか!


お腹も減らないし、疲れも無い気がする。

喉も乾かないし、足も痛くならない。


不思議。


暑くもないし、寒くもない。

太陽があるのかどうかも分からないけど明るくて、空は雲一つなくて青い。


何だか面白い。


そう、そうだ。

こういうのって心が休まる、っていう感じだよね。


いやー、何にも分かんないけど平穏無事って良い事だ。


足取りも軽くなる。

前へ、前へ。


どんどん速く、早く。


早くいかないと。


ん?

なんで?


早くいかないと、いけないんだっけ?


そう言えば、前だけ見てきたけど。

後ろってどうなってるんだっけ?


まあ、水平線が見えるだけだよね。

だって歩いて来たんだもん。


あ。


ああ。


あああ。


ああああ。


あああああああああああああ。


そう。


そうそう。


そうだった、そうだった。


うん。


うんうん。


うんうんうん。


忘れてた。


忘れてた忘れてた。


忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた。


忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた忘れてた。


忘れて、いたら、良かった。


私は。


わたしは。


あああ、あああ、ああ、あ。


そうだよね。

うん。


白のブラウスも、チェックのスカートも。


頭も、棒を握る手も。


所々破れてて、赤い。


その赤は模様じゃない。


染料じゃない。


私だ。


私の一部だ。


私の、中身だ。


血。


そう、うん、忘れてたよ。


もう死んでるんだった。


飛び降りたんだもん、ぐっちゃぐちゃだよ。


うん、後ろの世界が真っ赤で口を開けているのと同じ感じで。


あー、そういう事か。


こういうのって、川じゃないんだ。

え、こっちにも多様性ってあるの?


三途の川ならぬ、三途の海?


まあ、穏やかな感じだったし、おどろおどろしいよりは良いかな。


さってと、そろそろいかないと。


早くいかないと。


早く逝かないと。


来世ってあるのかねぇ。


あったら、今度は平穏無事な人生が良いな!


元気にいこうじゃないか!

な、相棒君!

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なにもない、わたしだけ 和扇 @wasen

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