2.デート

 『感動幸せ協会』は、現段階では思想が強めのオンラインサロンでしかないが、実態は異能で世界征服を目論む悪の組織だった。ピラミッド型の組織構造になっており、トップにボスと呼ばれる男がいて、その下に幹部と呼ばれる強力な能力者がいる。さらにその下に、組織の業務に関わる構成員がいて、養分である信者が最下層に存在した。


 そして、明日の6月13日に能力者である構成員が池袋で異能テロを起こす。そのテロを契機に、複数回テロを起こし、恐怖と力による支配で信者を増やす。それがこれまでの世界線で組織がやってきたことだった。


 珠美はそんな組織に、異能が使える家族や仲間の協力を得て、対抗してきたが、彼らの野望を阻止することができなかった。だから、池袋の地に立つと、自身の無力さを痛感し、行き交う人々の顔を見ることができなかった。


 暗い珠美の横顔を一瞥し、ヒクツは微笑みかける。


「見てよ、珠美」


「何?」


 ヒクツは自分の右耳を握った。そして手を開くと、耳が大きくなった。


「楽しすぎちゃって、耳が大きくなっちゃった」


「は?」と冷めた態度で対応するも、ヒクツなりの気遣いに気づき、珠美はぎこちない笑みを浮かべる。


「そ、そんなに楽しんでいないだろ」


「いや、女の子と一緒に池袋を歩いているだけで、俺は楽しめているよ」


「小さな幸せだな」


 珠美は自分のいる場所に気づき、顔が強張る。そこはサンシャイン通り。明日、テロが起きる場所だった。


「どうしたの?」


「……何でもない」


「さっきから暗い顔をしているけど、何かあったの? 話を聞くよ?」


「彼氏面すんな」


「今日だけ、彼氏なんですが」


「そういえば、そうだったな」


 珠美はヒクツを見返す。ここまで接してみて、ヒクツが悪い奴ではないことはわかった。だから彼に相談してみるのもアリかもしれない。しかし、一般人であるヒクツにとって、珠美の悩みはファンタジーにしか聞こえないだろうし、ヒクツに相談したところで、何か変わるとも思えない。それでも、人に話すことで、気が楽になったりするらしいので、冗談っぽく話してみることにした。


「ヒクツはさ、もしも明日、ここでテロが起きると言ったら、どうする?」


「テロが起きるの? どんな風に?」


「いわゆる超能力を使ったテロだ。明日の12:00頃、この場所に金髪でモヒカンの男が現れて、マイクとスピーカーを使い、絶叫する。男は、絶叫を聞いた者にダメージを与える能力者で、スピーカーというかアンプによって増幅された男の絶叫を聞いた者はかなりのダメージを受け、100人以上の死傷者が出る」


「ふーん。マンドラゴラみたいな男なんだね。珠美はどうしてそんなことが起こるってわかるの?」


「タイムリープをしているから、未来で起きることがわかるんだ」


「なるほど。んじゃ、その男がどこから来るのかもわかる?」


「え? あぁ、えっと、あっちの五差路の方からやってくる」


「ふぅん。なるほどねぇ。単独で行うの?」


「うん。いつもはそうだけど」


「そっか。でも、協力者とかいるんじゃないかな。よく知らんけど、テロを行うとしたら、指示役とか監視役とかがいても不思議じゃない。その辺の情報はある?」


「予想だけど、多分いる。でも、その相手は変装の名人だから、どこにいるかがわからない」


 珠美はこれまでの世界線のことを思い返してみた。組織がテロを実行する際、『爆弾魔』と呼ばれる、触れたモノを爆弾に変えることができる変装の名人が、監視役として現場にいることが多かった。だから、明日も現場にいることが予想される。ただし、明日のテロを含む序盤のテロに関しては、様子見も兼ねているのか、どれだけ不利な状況になっても加勢しないため、どの人間に化けているかまではわかっていない。ある時期から、組織側が劣勢になると現れるようになり、一般人などを爆弾に変え、助けようとした人もろとも爆殺するようになる。


「変装の名人ねぇ。歩行パターンとかわかる?」


「それはわからないけど、何で歩行パターン?」


「どれだけ変装しても、歩行パターンは変わらなかったりするんだよね。だから、それがわかったりすると、見抜けたりするんだけど」


「なるほど。というか、私の話を信じるの? 自分で言っておいてあれだけど、かなり変な話をしていると思うんだけど」


「俺は珠美の彼氏だからさ、珠美の話、信じるよ」


 ヒクツの真っすぐな瞳を見て、珠美は不安になる。嘘を言っているようには見えない。多分、信じてくれているのだろう。それ自体は嬉しいが、出会って間もない女の言葉を信じるその単純さは、将来が心配になるレベルだ。


 しかし珠美の心配を気にする素振りもなく、ヒクツは注意深くあたりを観察し、1点を見つめて、不敵な笑みを浮かべた。珠美はその視線を追いかけ、首をひねる。とくに変わったところはない。


「どうかしたのか?」


「いや、知り合いを見つけたんでね。それより、その話を聞いて、俺がどうするかだけど、俺はそのテロとやらを止めたいと思う」


「止める? そんな馬鹿なことはよせ」


「大丈夫。ようは、そのモヒカンに叫ばせないようにすればいいんでしょ? なら、俺にだってできるよ」


「まぁ、そうだが……」


「こう見えて、正義感はある方なんでね。多くの死傷者が出ると聞いて、黙っていられないわけよ」


 珠美は言葉に詰まる。言っていることは尤もだった。しかし、話はそれほど単純ではない。ここでテロを止めたとしても、べつのテロが起きるし、止め方を間違えると、より悲惨なことになる。具体的に言うと、この時点でモヒカン男を再起不能にしないと、公共の電波を使ったテロが起き、日本中で被害が出てしまう。だから、モヒカン男を殺す必要があるのだが、ヒクツにその覚悟はあるのだろうか。


(――って、何を真面目に考えているんだ、私は)


 ただの高校生にそんなことができるわけがないから、求めるだけ酷だ。それに、どんな結果になったとしても、どうせ6月12日からやり直すことになる。だから、今後のテロのこととか、真剣に考えるだけ時間の無駄だ。


「わかった。なら、ヒクツに任せる」


「ありがとう。そういえば、タイムリープをしているらしいけど、珠美はタイムリープの詳細について理解しているの? 例えば、タイムリープが発動する条件とかさ」


「条件というか、12月24日までに死んで、今日に戻ってくる」


「ふぅん。何で死ぬの?」


「それは……秘密」


「何で? 彼氏にも言えないの?」


「そりゃあ、彼氏にも言えない秘密の1つや2つあるよ。でも、ヒクツが秘密を話すのに、値する人だなって思った時は話そうと思う」


「そっか。なら、話してもらえるように頑張る。それで、珠美は今まで何回タイムリープをしているの?」


「覚えてないくらい」


「ふぅん。タイムリープってさ、他の人に引き継がせたりすることができるの?」


「さぁ? やったことないからわらかない。ってか、せっかくデートに来ているだからさ、もう少しデートらしいことをしようよ」


「それもそうだな。それじゃあ、とりあえず、カラオケにでも行こうか」


 そして、2人の1日だけのデートが始まった。


 結論から言うと、ヒクツとのデートは予想外に楽しかった。


 まず、カラオケに行った。ヒクツは物真似も得意らしく、声や雰囲気などの特徴を捉えたパフォーマンスで、場を盛り上げてくれた。


 ランチは珠美のお気に入りの店で食べた。ヒクツのおススメの店が、珠美のお気に入りの店と一緒だった。偶然の一致に驚きつつ、2人は中高生が払うにしては、少し高めのイタリアンを楽しんだ。


 ランチの後は、2人で映画を観て、カフェで映画の感想について話し、街をブラブラした。そんな風に過ごしているうちに別れの時間になって、2人は改札の前で向かい合う。


「今日は楽しかったよ。ありがとう、珠美」


「こちらこそ、ありがとう。意外と楽しめた」


「そう言って貰えると嬉しいよ。あ、そうだ。これ」


 ヒクツは右手を開く。が、そこには何も無かった。


「おっと、いけない」と言って、拳を握る。そして再び手を開いたとき、そこに銀色の指輪があった。


「今日の記念にどうぞ」


「いつの間に」


「まぁ、手品部の部長だから、珠美の目を盗んで、指輪を買うくらい造作もないことさ。あ、でも、俺からのプレゼントとかキモいかな」


「そんなことないよ」と言って、珠美は指輪を手に取る。シンプルな作りで、使いやすそうなアイテムだった。「ごめん、私の方は何も用意してなかった」


「いいよ、別に。お返しが欲しくてやったわけじゃないし。それより、時間は大丈夫?」


「あ、うん。そろそろ行く」


「んじゃ、また明日」


「……明日?」


「ほら、例の」


「ああ、そうだったな」珠美はぎこちない笑みを浮かべ、手を振る。「また明日」


 2人はそこで別れ、珠美は電車に乗った。窓辺に立ち、流れる景色を眺めながら、ヒクツに貰った指輪の感触を確かめる。誰かと遊んだのも久しぶりのことだったし、誰かからプレゼントを貰うのは久しぶりのことだった。タイムループが始まってからは、組織のことで頭がいっぱいで、日常を楽しんでいる余裕が無かった。


(こんな日がずっと続けばいいのにな)


 しかし、組織との戦いから逃げた自分にそんな権利がないことは理解している。だから、今の自分にできることをしようと思った。誰かが苦しむ前にこの世界をリセットする。それが、珠美の選択だった。


 珠美は電車を降りると、慣れた足取りで都内の某所にあるビルへ向かい、その屋上に立った。眼下にある光の海を眺め、いつもより明るく見える景色に、少しだけ心が軽くなる。珠美はヒクツに貰った指輪を取り出し、右手の人差し指にはめた。次の世界線でも出会えたら、そのときは最初から優しくしようと思う。


 珠美は柵に手をかけ、飛び越えようとした。


 ――が、そのとき、腕を掴まれる。


 驚きながら振り返ると、そこにヒクツが立っていた。

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