7.池袋爆破事件~???視点~

 202x年6月13日(土)の11:55。男は腰に何かがぶつかる感触で、振り返った。去って行く子供の後ろ姿が見え、スーツの裾を確認し、思わず声が出そうになる。チョコレートアイスが付着していた。

(あのガキッ!)

 男は怒りで子供を追いかけそうになるも、グッと堪える。男にはやるべきことがあった。しかし、スーツの汚れが気になる。卸し立てのスーツだったので、汚されたことに、腸が煮えくり返った。

(親はどういう教育をしているんだっ!)

 男は苛立ちで舌打ちが止まらない。やはり、馬鹿な人間は全員殺す必要があると思った。

 信号が青に変わり、人々が動き出す。モヒカン男が動き出したので、男はモヒカン男を追う。が、スーツの汚れのせいで、イライラが止まらなかった。

 さらに男を苛立たせる事態が起きた。モヒカン男が不審な行動をとり始めた。

(何をしている? 想定とは違うルートを進んでいるぞ)

 男はサポート役の男を探す。いた。坊主頭で眼鏡をかけた男が、戸惑った顔で、モヒカン男を眺めていた。止める気配がない。

 男は舌打ちをして、自ら後を追いかけた。モヒカン男は古びたビルの中に入っていく。モヒカン男がエレベーターに乗った後、男はエレベーターの前に立って、階数を確認する。エレベーターは5階で止まった。

(5階か……)

 男は入口にあるテナント一覧から、5階のテナントを探す。しかし、そこは空欄になっていた。

(なぜ、ここに?)

 男は考える。ここまでモヒカン男を観察していて、とくに怪しい点は無かった。

(ということは、最初からここに用事があったのか? 何のために?)

 エレベーターが動き出す。時間にして数分。男が地上に戻ってきた。扉が開き、アホ面の男と目が合う。想定外の行動をしているのに、どこか浮かれているモヒカン男を見て、イラっとした。モヒカン男が睨んできたので、注意しようと思ったが、得策ではないと思った。この馬鹿は自分の正体を知らないし、この馬鹿のせいで計画に遅れが出始めている。

(ちゃんと計画通りにやれよ、馬鹿! このままじゃ、昨日の朝からやっていたシミュレーションが全部無駄になるじゃねぇか!)

 モヒカン男が去って行く。男は苛立ちながらその背中を見送った。ここで何をしていたのか気になる。サポート役に調べさせようかとも思ったが、あちらも計画外の行動を止められなかった馬鹿だから、期待できない。馬鹿しかいない現実に、男は舌打ちをする。

(考えている時間がもったいないな)

 男はエレベーターに乗ると、テープの下にある5階のボタンを押した。この状況なら、他人に任せるより、自分で調べた方が早い。男は警戒しながら5階に降り立ち、視線を走らせた。入口から見て、右側の壁付近に枕が一つあった。そして左側の壁には、スプレーで『死ね』と書かれてあった。

 そのとき、死角から殴りかかる気配に気づいて、すぐに対応する。反射的に拳を手で弾き、すぐに能力を発動した。小さな爆発音。体の一部が吹き飛んだ音である。

「お前は、だ――」

殴りかかってきた者を見て、男は愕然とする。それは人影だった。人影としか形容できない存在がそこに立っていた。そいつに目や鼻は無く、しかし、口はあった。人影は手が無くなった左腕をプラプラさせ、ニタニタと笑いながら、だみ声で言った。

「やはり、お前だったか」

「何、どう意味だ?」

 人影が右手を振り上げた。男の視線が右手につられる。瞬間――重々しい痛みが男の腹部を襲う。男は腹部に目を向けた。異なる人影の拳が自分の腹部に深々と刺さっていた。さらに、左手を失った人影に顔面を殴られ、壁にぶつかって、崩れ落ちた。

男はハッと顔を上げる。気を失っていた。時間にしてどれくらいか。2人の人影との距離がさほど変わっていなかったことから、一瞬であったと推測する。

(くそっ、今日は厄日か)

男は立ち上がろうとしたが、一瞬で間合いを詰められ、枕に頭を押し付けられた。

 そのとき、気づく。

(ん? この枕――)

 しかし男の思考は、まばゆい光と遅れて聞こえた轟音の中に消えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る