隣の陰キャがヤバすぎる
三口三大
1.陰キャ
そして、N回目の起床。珠美は見慣れた天井からスマホに視線を移し、時間を確認する。6月12日(金)の午前7:00。また死ぬだけの
「さて、今回はどんな目が出るかな」
起き上がって、サイコロを振った。出た目によって、最初の行動を決めることにしている。6の目が出た。6の目が出たときは、朝食を食べずに登校することにしている。珠美は着替えながら、鏡で自分の姿を確認する。滑らかな長い黒髪。顔は小さく、目元は涼しげで、鼻筋が通り、肌は白くて張りがある。お人形さんみたいと言われる見飽きた姿がそこにあった。
着替え終えると、鞄を持って、玄関に向かう。洗濯物を持った母親の宮子とすれ違った。3児の母ではあるが、見た目は若く、短髪で爽やかな感じがあった。
「あれ? ご飯は?」
「いらない」
母親も組織との戦いの中で死ぬ。だから最初の頃は、母親が生き返っていることを喜んだが、今は何とも思わない。母親の復活にも慣れてしまった。
家を出る。ウザいほどの青空が広がっていた。珠美は煩わしく思いながら、歩き出す。駅へ行く道中に公園があって、足を止めた。
(今日はサボろうかな)
ベンチに座り、小学生の元気な声や忙しく走る自転車の音に耳を傾けながら、空をぼんやり眺める。
(あ、あそこにウサギみたいな雲がある)
N回目にて、初めての発見。少しだけ嬉しくなる。
「あの、すみません」
声を掛けられ、目を向ける。黒髪で眼鏡をかけた男が立っていた。優しさだけが取り柄のどこにもいそうな陰キャ。制服から察するに、近くの高校に通う男子生徒だ。
珠美はため息を吐きそうになる。男に声を掛けられることなんてよくあることだ。煩わしく思いながらも、やや素っ気ない態度で対応する。
「はい。何ですか?」
「手品は好きですか?」
「え? あぁ、はい」
「そうですか。なら、一つお見せしましょう」と言って、どこからともなくトランプの束を取り出し、珠美の前で広げた。「1枚お好きなカードを選んでください」
「え、あ、それじゃあ、これで」
「絵柄と数字を覚えてください」
スペードの2だった。
「それじゃあ、そのカードをこの束に入れて、シャッフルしてください」
珠美は渡された束にカードを加え、シャッフルした。束を返そうとしたら、男に制される。
「一番上のカードを確認してください」
言われたとおりに確認し、珠美は感心する。引いたカードは、スペードの2だった。
「すごいですね。合ってます」
「ありがとうございます」
男は不敵な笑みで答える。
手品が終わったと思い、珠美はトランプを返すも、男は珠美を見つめたまま、動かなかった。
「あの、まだ何か?」と珠美。
「あ、いえ」と男は目をそらすも、すぐに視線を戻す。「あの、変なことを聞きますが、俺とどこかで会った記憶ありませんか?」
「いや、ないですけど」と珠美は首を振る。正直、特徴のない顔なので、会ったことがあっても、忘れている可能性が高い。
「そうですか……。多分、前世で会ったんだと思いますけど」
「は?」
珠美は男の目的に気づき、呆れる。男はナンパのために自分に近づいた。冷たく突き放そうかとも思ったが、男の顔を見返して、考えが変わる。男は、女とは無縁の人生を送りそうな陰キャだった。そんな陰キャが勇気を出して、自分に声を掛けてきたのだから、その勇気は称えたい。
「私をナンパするなんて、意外と勇気はあるんですね」
「え? あ、いや、そういうつもりではないのですが……」
「そこは堂々とした方が良いと思いますよ。もしも、あなたがナンパであることを認めるなら、今日だけあなたの彼女になってあげてもいいですよ」
「彼女? 何で?」
「ただの気まぐれです。あなたのような人間が、私みたいな美人と付き合う機会は、この先一度も無いでしょう。だから、手品を見せてくれたお礼に、今日くらいはそんな夢を見させてあげようと思ったんです」
「……なるほど。優しいんですね」
珠美は微笑む。珠美にとって、今日と言う日は何度も訪れる1日に過ぎない。だからたまには、モテない陰キャ君に希望を与えるような1日でも良いかもしれないと思った。
男は数分考えた後、へらへらした顔で口を開く。
「すみません。それじゃあ、彼女になってもらってもいいですか?」
「ええ、いいですよ。それじゃあ、えっと、まずは自己紹介からしましょうか。私は
「よろしくお願いします。珠美さん」
「さんはつけなくていいですよ。それに、タメ口で大丈夫です。だって、私たちは今から恋人になるんですから」
「わかりま、わかった。俺は、
「わかった。それじゃ、ヒクツって呼ぶ。日向よりもヒクツって感じがするし」
「よく言われる」
「それじゃあ、ヒクツ、どっか行きたいところはない? デートに行こう」
「学校は?」
「私と学校、どっちが大事なの?」
「……珠美」
「なら、デートに行こう」
「そうだな。行きたい場所か……。珠美はないの?」
「ん。ヒクツに任せる」
「そっか。なら、池袋に行きたいかな」
「え、池袋?」
「駄目? 池袋なら、なんかいろいろあるし」
「い、いや、駄目じゃない。行こう!」
珠美は立ち上がり、ヒクツの手を引く。表では笑顔を作るも、今のタイミングで池袋と聞くと、胸がざわつく。明日、池袋にて、『感動幸せ協会』によるテロが起きるからだ。
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