隣の陰キャがヤバすぎる

三口三大

1.陰キャ

 麻白珠美ましろたまみはタイムループにはまっていた。『感動幸せ協会』なる悪の異能集団に命を狙われ、12月24日までに死に、6月12日の朝からやり直す。これの繰り返し。1回目は胸を刺されて死んだ。2回目も胸を刺された。3回目は首を切られ、4回目は爆発で死んだ。両手で数えられるくらい死に、いつしか数えるのを止めてしまった。


 そして、N回目の起床。珠美は見慣れた天井からスマホに視線を移し、時間を確認する。6月12日(金)の午前7:00。また死ぬだけの人生いちにちが始まる。


「さて、今回はどんな目が出るかな」


 起き上がって、サイコロを振った。出た目によって、最初の行動を決めることにしている。6の目が出た。6の目が出たときは、朝食を食べずに登校することにしている。珠美は着替えながら、鏡で自分の姿を確認する。滑らかな長い黒髪。顔は小さく、目元は涼しげで、鼻筋が通り、肌は白くて張りがある。お人形さんみたいと言われる見飽きた姿がそこにあった。


 着替え終えると、鞄を持って、玄関に向かう。洗濯物を持った母親の宮子とすれ違った。3児の母ではあるが、見た目は若く、短髪で爽やかな感じがあった。


「あれ? ご飯は?」


「いらない」


 母親も組織との戦いの中で死ぬ。だから最初の頃は、母親が生き返っていることを喜んだが、今は何とも思わない。母親の復活にも慣れてしまった。


 家を出る。ウザいほどの青空が広がっていた。珠美は煩わしく思いながら、歩き出す。駅へ行く道中に公園があって、足を止めた。


(今日はサボろうかな)


 ベンチに座り、小学生の元気な声や忙しく走る自転車の音に耳を傾けながら、空をぼんやり眺める。


(あ、あそこにウサギみたいな雲がある)


 N回目にて、初めての発見。少しだけ嬉しくなる。


「あの、すみません」


 声を掛けられ、目を向ける。黒髪で眼鏡をかけた男が立っていた。優しさだけが取り柄のどこにもいそうな陰キャ。制服から察するに、近くの高校に通う男子生徒だ。


 珠美はため息を吐きそうになる。男に声を掛けられることなんてよくあることだ。煩わしく思いながらも、やや素っ気ない態度で対応する。


「はい。何ですか?」


「手品は好きですか?」


「え? あぁ、はい」


「そうですか。なら、一つお見せしましょう」と言って、どこからともなくトランプの束を取り出し、珠美の前で広げた。「1枚お好きなカードを選んでください」


「え、あ、それじゃあ、これで」


「絵柄と数字を覚えてください」


 スペードの2だった。


「それじゃあ、そのカードをこの束に入れて、シャッフルしてください」


 珠美は渡された束にカードを加え、シャッフルした。束を返そうとしたら、男に制される。


「一番上のカードを確認してください」


 言われたとおりに確認し、珠美は感心する。引いたカードは、スペードの2だった。


「すごいですね。合ってます」


「ありがとうございます」


 男は不敵な笑みで答える。


 手品が終わったと思い、珠美はトランプを返すも、男は珠美を見つめたまま、動かなかった。


「あの、まだ何か?」と珠美。


「あ、いえ」と男は目をそらすも、すぐに視線を戻す。「あの、変なことを聞きますが、俺とどこかで会った記憶ありませんか?」


「いや、ないですけど」と珠美は首を振る。正直、特徴のない顔なので、会ったことがあっても、忘れている可能性が高い。


「そうですか……。多分、前世で会ったんだと思いますけど」


「は?」


 珠美は男の目的に気づき、呆れる。男はナンパのために自分に近づいた。冷たく突き放そうかとも思ったが、男の顔を見返して、考えが変わる。男は、女とは無縁の人生を送りそうな陰キャだった。そんな陰キャが勇気を出して、自分に声を掛けてきたのだから、その勇気は称えたい。


「私をナンパするなんて、意外と勇気はあるんですね」


「え? あ、いや、そういうつもりではないのですが……」


「そこは堂々とした方が良いと思いますよ。もしも、あなたがナンパであることを認めるなら、今日だけあなたの彼女になってあげてもいいですよ」


「彼女? 何で?」


「ただの気まぐれです。あなたのような人間が、私みたいな美人と付き合う機会は、この先一度も無いでしょう。だから、手品を見せてくれたお礼に、今日くらいはそんな夢を見させてあげようと思ったんです」


「……なるほど。優しいんですね」


 珠美は微笑む。珠美にとって、今日と言う日は何度も訪れる1日に過ぎない。だからたまには、モテない陰キャ君に希望を与えるような1日でも良いかもしれないと思った。


 男は数分考えた後、へらへらした顔で口を開く。


「すみません。それじゃあ、彼女になってもらってもいいですか?」


「ええ、いいですよ。それじゃあ、えっと、まずは自己紹介からしましょうか。私は美羽鳥みわとり学園中等部3年の麻白珠美です。珠美とでも呼んでください」


「よろしくお願いします。珠美さん」


「さんはつけなくていいですよ。それに、タメ口で大丈夫です。だって、私たちは今から恋人になるんですから」


「わかりま、わかった。俺は、何多良なんたら高校2年の比久津日向ひくつひゅうが。名前は好きに呼んでくれていいし、俺に対してもタメ口で良いよ」


「わかった。それじゃ、ヒクツって呼ぶ。日向よりもヒクツって感じがするし」


「よく言われる」


「それじゃあ、ヒクツ、どっか行きたいところはない? デートに行こう」


「学校は?」


「私と学校、どっちが大事なの?」


「……珠美」


「なら、デートに行こう」


「そうだな。行きたい場所か……。珠美はないの?」


「ん。ヒクツに任せる」


「そっか。なら、池袋に行きたいかな」


「え、池袋?」


「駄目? 池袋なら、なんかいろいろあるし」


「い、いや、駄目じゃない。行こう!」


 珠美は立ち上がり、ヒクツの手を引く。表では笑顔を作るも、今のタイミングで池袋と聞くと、胸がざわつく。明日、池袋にて、『感動幸せ協会』によるテロが起きるからだ。

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