エピローグ
「では、『マイソン』という店名は、先代から受け継いだものなのですね」
「はい。妻の親族が趣味で経営した喫茶店からいただきました」
私はグルメ雑誌記者の質問に答える。
「その喫茶店が、奥さんとの出会いの場でもあったと」
「んん゛っ、確かにそうですが」
からかうように質問する記者に、私の顔は熱くなった。
恋愛結婚だとか、なれそめを、だとか言われると、今でも当時の自分が恥ずかしくて逃げ出したくなってしまう。
「フランス行きの僕を追いかけて告白してくれたんだよ!チョー大恋愛!」
「告白は味香さんからですよ」
適当を言う味香さんに、私は訂正を入れる。
「その後退職しフランスで修業を始めた旦那さんも、相当な惚れっぷりを感じますけどね~」
どこで仕入れた情報なのか。いや、味香さんから聞いたのか。軽口の記者に私は鋭い視線を向ける。
「怖い目向けちゃだめだよ。はい!熱々な僕らと変わらず、当時からのマイソン看板メニューだよ!」
「おお!」
私の視線を遮るようにサーブされたものは、アップルパイ。湯気が立ち、テーブル上の温度が上がった気がする。
感嘆を漏らした貴社は、数枚写真を撮り、フォークを握った。
「経費でおいしいもの食べれるとか、記者冥利ですよ、ホント」
「冗談でも言ってくださるとうれしいですよ」
軽口に私も軽口で返す。
フォークがアップルパイに沈む。割れたパイ生地から、コンポートがこぼれ、シナモンとリンゴの豊潤で甘酸っぱい香りが広がる。
そうそう、と記者はペンを握りなおした。
「マイソンのメニューには全て隠し味があると伺いました。こちらにはいったいどのような隠し味が?」
「ああ、それは……」
私は味香さんと目配せをして、いたずらに笑む。
「ぜひ、その舌で当ててみてください。秘密の隠し味を」
「あ、いいですね。それキャッチコピーに採用で」
「やめてください」
私は顔を赤くして首を横に振った。
秘密なカクシアジ 染谷市太郎 @someyaititarou
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