第2話 金井さん(2)

私は頭が真っ白になった。真っ白になるという表現はよく使うがそれこそ今以上の衝撃は受けたことがない。私が疑ったのは偽造疑惑。でも保険証を偽造してまでジュリエットを名乗るやつはとんだ変態か、変人か、変質者か、どれにしろ変である。

そんなことを考えるくらいに目の前の”ジュリエット”を否定したかった。


「これが証拠です。」


さっきよりも少し意地っぽい声。だが、100人の王子様のうち90人はその声で清純正しき心を奪われそうなくらい女性らしい色気ある声である。

(私は一人も落とせないけどね。)



「…本当に?」


「取り乱してしまうのもわかります。私もすごく驚きました。」


彼女はにかっと笑った。雨のしずくはまるで彼女を引き立てるように太陽の光を美しく反射させ、本物のお姫さまのように美人だけど少し子供っぽい、そんな笑顔を見せた。

私はそれに対してひきつった笑顔を晒す。本当に同じジュリエットとは思えない。


「と、とりあえず近くでお茶とかどうですか…?お話ししたいことがたくさんあるんですよ」


彼女は言った。私もそれに賛成し、近くのいかにも地元民に愛される!みたいな紹介文で宣伝されそうな喫茶店に入った。

席に座り、私はコーヒーを頼み、彼女はオレンジジュースを頼んだ。美人ではあるもののやはり子供っぽさが少し残る印象だ。やがて注文された品が運ばれてきて(それまでは何とも言えない空気だけど)まさに一服って感じの時に彼女は言った。


「こんな偶然あるんですね…私本当に驚きました。ジュリエット…本当に変な名前ですよね」


「あの、名前を見せていただいたときに…その、生年月日も見て、それで…もしかして今年大学生…?」


自分のコミュニケーション能力のなさにがっかりする。急に話題も変えてしまうし、同い年がすべて大学生だとでもいう口調だ。


「そうですね~あれ、もしかして金井さんもそうなんですか?」


よかった。とりあえず会話は繋げそう。


「は、はい」


「じゃあ敬語とか使わなくていいよ~」


距離のつめ方が早い。同時に海で溺れ、標的を見つけたサメが超高速で私の方に向かってくるような恐怖を感じる。


「金井ちゃんはどこ大か聞いていい?」


「えっと…一応間瓦大学だけど…」


「うっそ!?私も間瓦!」


彼女は小さいのか大きいのかわからない声量で驚いた。

私ももちろん驚いた。名前だけでなく大学までも同じだなんて、時代が時代なら本当におとぎ話にありそうだな。


「キャンパスはー?」


「中野の方…」


「それも同じ!てことはさ…」


学部の話、受験形式の話、出身地、いろいろなことを話す、というよりは質問されていくうちにゆったりと時間が流れていきいつの間にか日が暮れてしまった。

質問攻めにされるのに対しては決して不快に感じることがなく、むしろ会話が苦手な私にとってはありがたい。

帰り際に彼女に連絡先を交換しようとの言われたので数少ないラインの友達が一人増えたことに対し喜びを感じた。

ただ、ラインの名前にはしっかりと間瓦ジュリエットと記載されていることにものすごく驚いた。


「ラインの名前…」


「そうそう、私はフルネームにしてる。もうどうせさ、人の名前交換って避けては通れないじゃん?もちろん最初に何だこの子みたいな目で見られるけれど、そこで切れる縁ならもういいじゃん、って思うようにはしてるよ」


「すごい…私はそんなことできない」


きっとたくさんの人に彼女は愛されているのだろう。私は人を選ぶなんて言う発想は浮かばなかった。生きていくうえで必ず指定された同じ群れを成さなければいけない、そんな場面が成長していくにつれてただ入れ替わるだけと思っているからだ。

いや、そう思うしかなかったからなのかもしれない。でも彼女は違う。

彼女自身の名にとらわれず一個人として生きている。どうしてここまでの差がうまれてしまったのだろう、同じジュリエットであるはずなのに。

自分自身をより嫌いになっていく。ジュリエットで言い訳できる人生なんて存在しないと頭の中にトンカチで打ち付けるような感覚であった。その釘は非常に私に刺さった。


「金井さん、もしよかったら入学式一緒に出ない?私まだ誰と行くか決まってなかったし両親はこれなそうだから。ホント金井さんが良かったらでいいんだけどね」


「え、いいの?わ、私も一人で出る予定だったからさ…ありがとう」


「おっけじゃあ決まりね!あとでラインで連絡するからそん時に集合時間とか諸々を決めようね」


「うん」


「じゃあ、今日はありがとう。私うれしかったよ、変なつながりだけど。次は入学式でね!」


全くの曇りのない笑顔で彼女は私と真逆の方向へと帰っていった。初めて見た彼女の笑顔よりもそれは輝いているように見える。

家はここから3駅程度離れたところにあるらしい。

帰り道、一件のラインが来た。


「今日はありがとう!なんか変なこと言ってたらゴメン笑

でも本当に同じ名前の人がいてすごくうれしくてさ、またあとでさ入学式の話しようねー!」


初めてこんなメッセージを受けっとった。だからこういう時にどうすればいいか私にはわからない。とりあえず私もありがとうとかありきたりな華のない感謝の言葉を送信した。

今日一日を振り返って出てくる感想が楽しかったということだ。驚きよりもそっちが勝る。


「ありがとう!」


彼女のそのかわいらしい声を私は思い出しながらとぼとぼと家に帰っていった。

なんだかいつも見覚えのある景色が私に寂しさを取り付けるのであった。





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ジュリエット・ジュリエット @GARAgg

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