無垢の天気予報

詩人

Prologue

起章、当惑

 ――目が覚めたらね、私、「天気」になっちゃったんだ!!


 3月30日、昔よく二人で遊んだ公園で僕はその衝撃の告白を受けた。

 彼女の告白に驚いた。しかし、ふと考えてみれば驚きはしなかった。

 何がどうであれ、興味が湧いたのは言うまでもない。


 僕が僕の中の色んな感情を吟味して、それを元にして最良の言葉を紡いだ結果がこれだ。


「はい?」


 なんとも形容し難い間抜けな顔をしていたに違いない。

 彼女はいぶかしげな目を僕に向けて、再び説明しだした。


「嘘だと思ってるでしょ? ……いや、嘘って思ってなくても信じてないでしょ。雨の日は頭痛がする、とかそのレベルだと──」


 嘘だとは思っていない。ましてや信じていないわけでもない。彼女の気分を害してしまったのであれば、それは本当に申し訳ないと思っている。


「嘘だとは思ってないし、ちゃんと信じてはいるんだけど。状況が掴みにくくてな。だってだろ。……それは分かるよな」


 僕の弁明に、彼女は真夏の向日葵ひまわりのような飛びっきりの笑顔を咲かせた。彼女がなりふり構わずよくやる笑顔だ。

 彼女の見せる笑顔に何度も救われてきたし、彼女の笑顔が大好きだ。


「それは分かってるよ。私の言ったことに困惑してるんでしょ? 順を追って説明してあげる」


 そう言って、僕が座っていたブランコの前にある鉄棒に、ひょいと座った。

 位置的マウントを取られても困るんだけど、今は自分の話をするから上から見下したいのだろう。

 そこは幼馴染みの彼女との仲だ、充分に彼女の性格を理解している。


「で、天気になったというと?」


 するとその言葉を待っていた! と言わんばかりに彼女はニカッと笑った。

 向日葵の笑顔を乱用するのは彼女の癖であるが、こんなものいくつもらっても困らない。


 俗に言う「助かる」というやつだろうか。

 可愛いものやカッコいいものを見た時によく使われる「助かる」。何がどう助かるのか、どうやって助かるのかという議論は今はよしておこう。


「ずばり! ……私が天気になっちゃったってことだよっ!」


 左手の人差し指で僕を指し右手で、掛けてもいない眼鏡をくいっとあげる仕草をした。


「さっきと同じこと言ってるよ」


 僕が指摘すると、彼女は今度は右手を顎に当ててうーんとうなりだした。


「私が天気になっちゃって、それは結構由々しき事態で、相談しないとなって思って……んん? 私は相談しようと思って呼び出して、詳しく説明するために自分が天気になっちゃったことを……んん?」


 完全に変な道に逸れてしまったみたいだ。こうなるともうダメだ。連れ戻す方法はただ一つ。僕が案内標識にならないといけない。

 けど、このは僕にも分からない。

 だ。

 彼女が何を伝えたくて、「天気になった」とはどういうことなのかも分からない。


 とりあえず、僕は今日はもう帰ろうと伝えた。

 この一ヶ月間会っていなかったのだ。いきなり話すネタにしては疑問の残る点が多すぎる。


 家はこの公園を境に反対方向。いくら幼馴染みとは言っても家族ぐるみで仲が良いとかそういうわけではないし、お母さんにわざわざ「どういうことなんですか?」なんて聞きに行くのも、小心者の僕には到底できない。


 ……しかし、まあ。僕にもそれなりに気になることなのだ。


 僕と彼女の関係を表す言葉は無数に存在するが、一番しっくりくるのはやはり幼馴染み。幼馴染みであり、しっかり仲も良い。

 僕が気弱なのがいけないが、そこを彼女の天真爛漫てんしんらんまんさで補ってくれている。逆に、彼女の天真爛漫さ――自由奔放さを僕の気弱さが補っている場合もある。


 そんなふうに切磋琢磨し続けてはや十余年。

 幼稚園で知り合ってから、何の運の巡り合わせか高校生である現在まで学校が同じだった。

 クラスはたまに違ったりもしていたが、高校一年生の今年はどうかは分からないが、華やかな高校生活は、彼女によって一層鮮やかになることだろう。


 中学生でいられる最後の日、つまり卒業式では起こった。


 今でこそ回想に入ろうと思えるが、つい最近まではあの日を思い出すことすら恐怖で出来なかった。

 恐怖と後悔と焦り。

 紛れもなく、あの日を思い出すことは負の感情しか生まれない、意味のない行為だろう。

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無垢の天気予報 詩人 @oro37

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