第11話

「それは嫌だ!」


 カラルスが珍しく声を荒げて反論した事に驚き、つい目を見開いてしまった。

 歯を食いしばっているカラルスを珍し気に、つい見てしまう。……そもそも、この婚約をカラルスが望んでいるとは思えないのだけれど……?

 いつも愛情を表現していたのは私だけで、行動を起こしていたのも私だ。それでいて、カラルスに舐められてしまった結果になったという事までは理解しているのだけど……。


「好ましく……思っていた」


 ポツリと、カラルスが呟いた言葉を幻聴かと思ってしまう。……カラルスの口から発せられた……言葉?そんな事を思いながら、つい眉間に皺を寄せてしまう。

 どこまで諦めが悪いんだろう、私は。そんな幻聴を聞いてしまう程に。


「好きだと……自分の気持ちを素直に伝える事なんて、出来ない事だから……」


 幻聴だと思っていた言葉は、確実にカラルスから放たれていて、驚きの感情が心を支配する。

 ……私はいつも自分の心をそのままカラルスに伝えていたのだけれど……それを好ましく思われているとは思ってもいなかった。

 視線を下に落としながら、恥ずかしそうにカラルスは更に呟くように言葉を放っていた。

 淑女教育が板についてきてからは少し寂しい思いをしていたとか……しかしキチンと教育を受けているアマリアに感心していたとか。


「……教育の成果を見せるのは他の人が居る前だけで良い……」


 おおよそカラルスからとは思えない言葉まで飛び出てきて、心が勝手に喜び跳ねる。なんて諦めの悪い心なのだろうか。でも……嬉しい。嬉しさに感情が支配されていく反面、悔しいという気持ちさえ溢れていく。

 しかし、それでも……心のどこかであるのは前回の事。


「……本当にランテス男爵令嬢の事は何とも思っていなかったのですか?教育係の件も……私で良かったのですか?」

「何とも思っていない!それに……王太子殿下の命令に背くわけにはいかないだろう。アマリアに任せて正解だったと思っている。王女殿下にも笑顔が増えたと聞いていて、王太子殿下も満足にしている」


 確かにそうだ。だけど……前回はそれすら知らず……。


「……アマリアが忙しいなら、と考えはしたが……」


 ――ズキン。


 胸の痛みが走る。けれどどこか納得できた。

 カラルスの元へ会いに行かなくなった私。そして飛び込む教育係の話。……忙しいのならば……と考えもなく頼んだ。

 そして起こる事件。

 歪んだタイミングと状況で、私は罠に嵌められて……何もせず考える事すらしなかったカラルスは……きっと私を助ける方法はないと思ったんだろう。


 それで許せるのか。

 そう聞かれたら、答えは否だ。

 だけど……でも……感情はどうして、こう諦める事を知らないのか。


「……側近の件で忙しく、まともに話が出来る状態ではなかった事が申し訳ない」


 謝られても心の傷が癒えるわけでもなく、それで全部なかった事になるわけでもない。

 もし……話が出来ている状態だったのならば……前回も結末は変わっていたのだろうか。否、そうは思えない。

 一瞬にして崩れ落ちた信頼と信用は、本当に積み上げるのは大変で。例え感情が好きだと叫んでいても、それを手放しで喜べるわけでもない。

 素直に好きだと叫んで胸に飛び込めていた時が、どれほどの幸せだったのだろうかとさえ思える。

 ただ疑心暗鬼になって、嫌なところを見つけようと必死になって……でも、諦められなくて、この感情が消えるわけでもない。


「……これから……築いていけるかしら……」

「信頼を勝ち取れるようにする」


 このまま婚約を継続するなら……否、白紙にしようと言葉にはしていても、本心からそう思っていない事は自分自身わかっている。

 嫌いなることが簡単に出来るのならば、ここまで悩む事も、苦しむ事もないだろう。そして、それを継続する未来を選ぶ事もないのに……どこか期待する自分も居る。

 好きだからこそ……一緒に居たいと、大丈夫だと望む自分が居てしまうのだ。

 貴族として、婚姻は契約で。婚約だってそう簡単になかったものへとする事は出来ないが……それでも望む気持ちはある。少しでも幸せで穏やかな……カラルスとの未来を、生活を。

 前回夢見てやまなかった将来を……そして今回諦めてしまっていた未来を……。




 ◇




「それで、よろしいんですの?」

「アマリア様が決めた事ならば良いのですけど」


 今回の人生で得る事が出来た友人に報告すると、少し複雑そうな顔をした。カラルスの行動を考えれば、そうなるだろう。

 たとえ言っていた事が本当だとしても、行動が頼りないし、次期公爵としてもあり得ないのは友人達も重々理解している。


「けれど……信頼を築いていくというのは、良い事ですね」

「所詮、政略結婚だと諦めてしまう部分もありますから」

「これから変わってもらえば良いのです!未来を見据えるならば!」


 反対されるとばかり思っていた私は、前向きな答えをくれる友人達に対し、驚きで目を見開いた。


「辛かったら呼んでくださいね」

「出戻りしても、アマリア様ならば引く手あまたですわ」

「私達の時も、よろしくお願いしますわね」


 変えられる事が出来た未来。得られた友人。

 幸せだという実感が胸に広がり、私は知らない未来に向けて前向きに、皆で笑い合った。

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【完結】愛していたのに処刑されました。今度は関わりません。 かずき りり @kuruhari

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