第10話
勿論、お家ごと取り潰されてはいるし、冤罪でない事もしっかり分かっている。
そうなると、前回私に冤罪を着せたのもランテス男爵令嬢がしっかり関わっているわけで……。
「恨む矛先は、もうないのね……」
それがハッキリ分かった時には、その相手がこの世に存在しない者となっていた。
蝕まれる虚無感に、何も考えられない。
そんな時にノックの音が聞こえたかと思ったら、私には更なる戦いの場がある事を理解されられる言葉が聞こえた。
「アマリア様……ジーン公爵令息がお見えです」
そう……ある意味で元凶となった私の婚約者。私の……最愛。
◇
「お久しぶりです」
「……あぁ……」
嫌味の様な一言に、少し気まずそうにカラルスは返す。
煌びやかなサロンで無言の時間が続く中、私は色々と考えていた。
例え生き延びたとしても……納得なんていかないのだ。前回、処刑されたという記憶が生々しく残っていて、そこにある感情は一言で表しきれないものだ。無念、恨み、悲しみ……失望。
「……何用でしたでしょうか」
訪れて来たが一向に要件を言わないカラルスに、こちらから単刀直入に声をかけた。でないと、私の本題が入れないからだ。
「それは……」
何とも歯切れの悪い。カラルスの優柔不断さにイライラしてしまう。
以前まではカラルスが何をしたとしても気にならなかったし、それこそ愛情ゆえの妄信的なものもあったのだろう。だけれど、今は色んな事が目についてしまう。
「私達の婚約はどうされますか?」
私が唐突に切り出した本題に、カラルスの身体がビクリと震えた。
しかし何も言い返してこない辺り、既に予想していた事だろう。そもそも、今回の事件はランテス男爵令嬢にあり、勿論学園での行いもしっかり調べられているだろう。勿論、それに対してカラルスの名前が出ていて当然だ。
――あれだけ愛していたのに、前は守ってすらもらえなかった。
カラルスにそれを求めるのは酷な事かもしれないと、今回は思えてしまう。思えてしまっても……そんな人とこのまま一緒に居る未来なんて見えない。
あの恐怖や……苦しみ、悲しみ、そして絶望……日々の押しつぶされそうな不安感。
好きだからこそ現れる感情だろうけど、婚約者同士なのだから、そこは安心させてほしかった。信頼させてほしかった。……求めるものではないのかもしれないけれど、信用しようと自己暗示するのも何かが違う気がする。
相手があってこその関係だから、自分1人で行うものではない。
そして……信頼が崩れるのは一瞬で……そこから立て直すのは本当に大変なのだ。……私だって、本当に淑女教育を頑張った。これ以上失うものもなかったから我武者羅になれたとも言えるけれど。
「……ランテス男爵令嬢とは何もない」
「……それが通じるとでもお思いですか?」
辛辣な言葉を返す。
「何もしていない」
「悪い意味でもしていませんね」
私の言葉に隠された意味を感じとったのか、カラルスは苦痛の表情を見せる。
そう、何もしていないのだ。受け入れる事もしていなければ……拒絶する事もしていない。それは優しさでも何でもないどころか、一層状況を悪くしているだけだというのに、だ。
むしろキッパリと拒絶していれば今回の事件は起こらなかっただろう。拒絶する事が、冷たく見えても、ある意味で本当の優しさとも言えるのではないだろうか。
「何もしない。それこそ罪ではないでしょうか。優柔不断な優しさは、時に残酷です」
……本当、人の事は言えないけれど。私の言葉にカラルスは目を見開いた。
「……ランテス男爵令嬢に感情は一切動いていなかった……むしろ鬱陶しいくらいだった……」
「ならば、切り捨てるのが公爵令息としても正しい行いではないでしょうか」
「……対応の仕方が分からなかったんだ……」
そんな事をポツリと零すカラルスに、思わずため息を吐き出しそうになる。
――情けない。
そんな事すら脳裏に過ってイライラするけれど……こうして目の前にカラルスが居る事に喜びと幸せすら感じる自分にもイライラする。
本当に……自分の理性だけで感情が動かせるのならば楽なのに。
「アマリアに……似てたから」
思ってもみない言葉に心が跳ねる。
最初に支配したのは嬉しさ……でも似ていたという不愉快さがどんどん浸食していく。似ていたから何なのだろうか。そもそも、ランテス男爵令嬢に似ているというのはどういう意味か。……似ていても、全くの別人である事に変わりはないというのに。
「自分の感情に正直なところはアマリアに似ていて……正直、あしらう事に躊躇いを感じていたのは確かだ」
「それでも、私とランテス男爵令嬢は別人です。躊躇う方がおかしいのでは?」
「……アマリアなら、許してくれるかと」
私なら許す。その言葉が心に重く響いた。
好かれているからの自信か。好かれているのを分かっているからこそ、何をしても受け入れてもらえると思っていたのか。……それならば私の過失でしかないが、そこまで甘く思われていたのだろうか。
……私だって人間で、ちゃんと感情というものが備わっているというのに。とても馬鹿にされた気分だ。
「婚約者になら何をしても良いと?家柄的にも自分の方が優位だから許されると?」
思わず冷たい声が出て、慌てたカラルスが視線を上げてきた。
カラルスがそんなつもりではない事を理解している。だけれど、結局周囲から見ればそういう問題になるのだ。
「……そもそも、優先順位の問題だと思いませんか?婚約者と、それ以外の令嬢。貴族として、どちらを優先した行動を起こすのか、という点ではありませんか?一時の感情や躊躇いなどではなく」
ハッキリとカラルスの目を見て告げる。
「婚約者だからと甘えて良い問題ではない事を理解していますか?私ならば何しても良いという判断での婚約ならば……白紙にしましょう」
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