第9話

「ルアのおすすめ、喜んで頂けるかしら」


 前回、悲しい表情をしていた王女殿下の為に、とても切ないけれど最後は結ばれる恋愛小説をルアに教えてもらって持ってきた。あまりの切なさに、最後結ばれて本当に良かったと思える程だ。

 本来、今日は王女殿下とお会いする日ではないのだけれど、せめて本だけでも侍女の方に渡せたらと持ってきたのだけれど……。


「ねぇ、貴女は本当にレガス伯爵令嬢のお友達なの?」


 庭園前の通路を通りかかった時、そんな声が聞こえてきた。


「勿論ですよ~!」

「でも貴女がレガス伯爵令嬢からだと持ってきた本を、レガス伯爵令嬢は知らなかったようよ」


 伸びた独特の声に背筋が凍りついたようにゾッとして鳥肌がたった。

 声の先を探すように、私は視線を彷徨わせて二人の姿を見つけ、思わず駆け出した。


「おかしいですね~。あ、これはレガス伯爵令嬢からの差し入れですよ~!今市井で人気のお菓子ですって」


 ――いけない!


 見た事のない侍女が1人ついているだけの状態で、王女殿下へ毒見もなく差し出されるお菓子。そして出された私の名前――。

 一瞬にして脳裏に蘇ったのは、処刑される恐怖で……それから逃れたい一心が私の身体を動かした。


「ダメです!!」


 大声を出すと同時に、テーブルへと置かれたお菓子を手で払いのけた。

 そのまま王女殿下の前へ守るように立って、無断で私の名前を使った相手を睨みつける。


「こんな所で何をしているんですか!ランテス男爵令嬢!」


 一瞬、驚いた表情をしていたランテス男爵令嬢だが、相手が私と理解した後は焦ったかのような表情になる。


「え……私はアマリア様に頼まれた事を……」

「私は何も貴女に頼んでいません!」


 未だに言い逃れかのように私の名前を出すランテス男爵令嬢に対し、はっきりと否定する。


「何で今日いるの!?今日は教育係がない日でしょう!」


 すぐに自分が何かを企てていたかのような自白をするのは、計画性が皆無だからか。そこまで賢くないからか。この騒ぎで見慣れない侍女はどうしていいのか狼狽えている間に、警備の者達が集まってきた。


「そのお菓子を調べて」

「何でそんな事を!」


 王女殿下が兵士へ向けた一言にランテス男爵令嬢が慌ててお菓子を奪おうとするも、兵士と貴族令嬢では力の差が歴然だ。抵抗空しくお菓子は兵士達の手に渡り、この後しっかり調べられるだろう。


「この人、レガス伯爵令嬢のお友達だと言って会いに来ていたのだけれど……」

「お友達ではありませんね」


 私の言葉にランテス男爵令嬢は悔しそうな恨みがましそうな表情をするが、ここはしっかり否定させてもらう。自分の感情的にも友達なんてあり得ないし、周囲に聞き込んでもらったところで絶対にありえない話だが、こんな人と友達だなんてレガス伯爵家の汚名にすらなってしまう。


「警備に問題があるようね」


 王女殿下の言葉に、しっかりと頷く。どうして一介の男爵令嬢が、私が登城する日を知っているのか……それより、王女殿下と会ってお茶までする事が出来るという警備体制があまりにも酷すぎる。


 ――冤罪。

 ――毒殺。


 2つの言葉が脳裏に蘇り、思わず身体が震えた。

 こんな警備体制で、そしてランテス男爵令嬢のありえない大胆すぎるとも言える行動。

 まさか。でも。そんな言葉がぐるぐると脳内を駆け巡っている時、ランテス男爵令嬢のヒステリックな叫びが響いた。


「あんたのせいじゃない!あんたなんて居なければ良いのよ!そうしたらカラルスだって私と一緒に居られるのに!」

「カラルス……?ジーン公爵令息?」

「王女殿下の教育係だって私がしたかったのに!ただ婚約者ってだけであんたがなってるし!貴族の政略結婚で、そんな程度の分際で!!」


 王女殿下の呟きをかき消すように叫ぶランテス男爵令嬢の言葉に、私だけでなく周囲の者……勿論王女殿下も眉をひそめた。


「あんたなんてカラルスの事、好きでも何でもないくせに!」


 ランテス男爵令嬢は、そんな捨て台詞を残して連行されて行った。


「……レガス伯爵令嬢……ハンカチを……」


 王女殿下が差し出してくれたハンカチを見て、私は自分が涙を流している事に気が付いた。


 ――好きよ。


 胸に封じた思いが再度沸き上がる。

 好きで、好きで。どうしようもない程に好きで。忘れようって思っていないといけない程で……。本当にどうでも良いのであれば、そんな事すら自己暗示のように思わない。まるで呪文のように、忘れようという言葉を呟いては、頭の中から追い払わないといけない程で……でないと自分が感情に呑まれて苦しむだけで……。


「……恋愛は綺麗なだけではないのね」


 王女殿下の、そんな一言が胸に強く響いた。






「……生きてる……」

「アマリア様?」


 私の言葉に、ルアがキョトンとした顔をして名前を呼んできた。何でもないと口では言うものの、気が抜けたような感じで、いつもの貼り付けた笑みをつくる気力さえない。


 ランテス男爵令嬢が私の名前で差し入れたお菓子には毒物が混入されていたらしく、私は知らないとランテス男爵令嬢は言っていたようだが、私の名前を無断使用したり王女殿下に馴れ馴れしく会っていたのも問題視された。

 というより、見慣れない侍女もランテス男爵側の人間だったらしく、どうやらランテス男爵の方が自分の娘を使って少しでも自分の地位を良い方向へ持っていきたかった為に裏で試行錯誤していたようだ。

 ……それならば教養のない娘など使いやすかっただろう。そして切り捨てるつもりだったのかもしれないが、そうもいかない。しっかり国王自らが調べて裏をとってきたからだ。……王族を侮辱するかのような行為なのだから、そこに情状酌量の余地はない。


 ――今回、処刑されたのは私ではなくランテス男爵令嬢だった。

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