竜騎士物語

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

本編なき前日譚

竜。

全ての生物に頂点に立つ存在。

高い知能を有し、人類と交流を持ち神として崇められる個体もいるが稀だ。

多くの竜は人類など塵芥同然に考えている。万に及ぶ群れを作り、煩く目障りですらある。

故に襲う。

人類にとって竜とは災厄であった。


巨体に強靭な膂力。

全てを破壊するブレス。

心を挫く咆哮。


なにより重力の縛りから解き放たれて大空を駆けられてはなすすべがない。

襲われればどれだけ城壁で囲おうとも無駄である。

一方的に蹂躙されるだけ。

大空から放たれたブレスにより都市が灰燼に帰すことがほとんどだった。


人類は竜を地に墜とそうと様々な手段を講じたが効果はなかった。

バリスタや投石はなぜか弾かれて届かない。

何人もの希少な魔術師が飛行魔術を駆使して、鎖や網を竜にかけたこともあった。

効果はなく魔術師を失う結果に終わったが。

ただ無駄死にではなかった。

竜の力の秘密を知れたのだから


竜滅気。

竜を竜たらしめている力の正体だ。

竜は全てを侵食する力場を持っている。

あの巨躯で空を駆けることできるのは重力を打ち消しているから。

バリスタが届かないのも力を奪われているから。

かけた鎖がすぐに腐り落ちるのも、竜が自らを縛る存在を許していないから。


まともに戦って勝てるはずがない。

試行錯誤の迷宮の陥った人類は狂気の答えにたどり着いた。

それが『竜騎士』である。


「おいアベル。まだ飛ぶのか。他の奴らは限界だぞ」

「ダメだ。ここではまだ低い。竜に目をつけられる。俺ら竜騎士が真っ先にやられたら作戦は終わりだぞ」

「んなことを言ってもな」


蒼穹で交わされる会話。

国に与えられた飛行靴と爆裂槍。そして粗末な防寒具。

誉れある竜騎士隊二十名だったが、士気は限りなく低かった。

作戦の成否に関わらず、全員の死が確定しているからだ。

この飛行靴は飛ぶことと落ちることしかできない。

飛び立ったが最期もう生きて大地を踏むことはない。


「俺はまだ上がる。少しでも作戦を成功させたきゃお前らも上がれ」

「……あ~くそ! まだ上がれる奴は上がれ!」


アベルは誰よりも空を上がり続けた。

空気が薄くなり全身が寒さで凍えても。


「リディアのこと頼んだぞ。カイン」


同じ孤児院で育った幼馴染の少女のことは親友に任せてある。

だからまだ飛べる。

都市に迫る竜を滅ぼすことだけを考えて、少しでも作戦の成功率を上げるために。

アベルたちが失敗し、竜が都市を襲えば大切なモノが全て失われてしまうのだから。

竜災孤児だったアベルは竜の恐ろしさを嫌というほど理解している。

まだ高度が足りない。破壊力がもっと欲しい。一撃に命を賭して。


同じ竜騎士隊よりもはるか上空。

寒さと空気に薄さは魔力で活性化させて耐える。そして地上を見た。


「世界は綺麗だよリディア。……奴さえいなければ」


アベルの瞳は低空を飛ぶ黒い巨体を捉えていた。

暗黒竜シャターン。

すでにいくつもの都市を、アベルとリディアの故郷を滅ぼした憎き竜だ。


「……行くぞ」


アベルはその身を竜穿つ槍と化すために、天地を変えて冥き宇宙を強く蹴った。


その頃、数千に及ぶ地上部隊でも暗黒竜シャターンが空を飛ぶ雄大な姿を目撃していた。

早くも恐怖と震えから陣が乱れる。

仕方がない。

作戦の成否は竜騎士が竜を地に堕とすことにかかっている。

空を飛ばれている限りなす術がないのだから。

だが竜はそんな人類の希望をもて遊ぶかのように上空を向いた。

そして咆哮を上げる。地上も震撼させる咆哮を。


たったそれだけ。

それだけで何名もの竜騎士が意識を失い、墜落していく。

地上部隊の希望だった竜騎士が……だ。

作戦は失敗。

竜騎士の存在は気づかれている。


暗黒竜が絶望する地上部隊を見ては嗤う。

小賢しいと嗤う。

絶望が覆いかぶさり、地上部隊の兵達の心が膝とともに折れそうになった。

その時だった。

竜も気に留めない遥か上空から、一筋の光が流れたのは。

アベルだ。

狙いはドラゴンの背。

巨大な翼の根本。

空中で微調整し、正確に爆裂槍の刃を向ける。


矮小な存在。

気に留める価値がない。

今まで通り蹂躙するだけ。

その侮りが暗黒竜シャターンの反応を遅らせた。


ズブリッと槍が竜の鱗と皮膚を突き破る。

慌てて竜滅気を濃く纏おうとする。

暗黒竜とは光さえも遮るほどの強力な竜滅気を持つ竜だ。

人間など近づいただけで死んでしまう。


けれど死が訪れるより早くアベルは動いた。

無理な飛行と落下の衝撃ですでに身体は限界だ。意識を保っていたのが不思議なほど。

それでもアベルは笑って、爆裂槍の魔導式を起動させた。

その爆発の光は地上からも見えていた。

そして暗黒竜シャターンの悲鳴も響き渡る。

今度は咆哮ではない。

竜の悲鳴だ。


体内で起こった命がけの大爆発は竜さえも未知の痛みと恐怖だった。

竜滅気の制御を失った。

竜の巨体が重力の拘束に囚われて墜落する。

一人の少年の命がけの一撃が起こるはずのない奇跡を引き起こした。


その光景を目に焼き付けていた者がいた。公爵家の次男坊のため地上部隊の後方にいた親友のカインだ。


「アベルっ!」

「待てカイン!」


カインを静止する声。地上部隊を率いている都市の支配者。公爵家の当主。カインの父親だ。


「あの誉れある一番槍の名はアベルという名か!」

「は、はい!」

「以前お前が話していた若者だな?」

「はい」


それは戦場で冷静さを失った息子への叱責ではなかった。

息子の醜態など気にもとめていない。

そんなことよりも名前の確認の方が重要だった。

貴族にとって竜騎士とは。

しかもその一番槍とは特別な称号を意味する。

生還は不可能。一代限りの栄誉。それでも全ての貴族が敬うべき。王族さえも礼を尽くす英雄の誕生だ。息子如きにかまっているときではない。

カインの父親が公爵家当主として地上部隊の長としてアベルの名を叫ぶ。


「皆の者聞け! 新たな英雄が誕生した! まだ十五に満たない少年だ! 竜災孤児の志願兵だ! 名をアベルという! 竜騎士アベルはやったぞ! 見事に一番槍を務めてあの憎き竜! 故郷の敵を地に堕とした!」


戦場を演説が支配する。


「突撃せよ! アベルを竜殺し英雄にするために! 心を震わせろ! 新たなる英雄に続けぇ!」


折れていた心が奮い立つ。

地上に膝をついている場合ではない。

士気までが膨れ上がっていた。


「アベルのために! 竜殺しの英雄のために!」


末端の兵士まで口にする大合唱とともに竜へと駆け出す。

地に堕ちたとしても竜は強靭だ。

飛び込む側から殺されていく。

しかしもう兵たちは止まらない。


暗黒竜シャターンを慌てて竜滅気をまとい、飛び立とうとするが空からさらなる閃光が降り注いだ。

アベルの意見に従って空に上がり、咆哮を逃れた竜騎士だ。その数十二。アベルを加えれば十三。地に堕ちた竜など外しはしないとばかりに命を賭した一撃を与えていく。


竜騎士隊二十名は全滅。

地上部隊の死者も千名を超えて、判別できない死体も多い悲惨な状況だった。

それでも竜殺しの戦果を考えれば、少ない犠牲だった。


それから三年の月日が経った。

竜殺しの英雄アベル。

その栄誉と報酬により立派な建物となった孤児院の礼拝堂でリディアは今日も祈りを捧げていた。


「アベルのバカ」

「我が国の英雄に悪態をつけて許されるのは君ぐらいだよ」

「カイン……また来たんだ」

「うんリディア。俺の愛妾になりなよ」


雑なプロポーズ。

アベル、カイン、リディア。

三人は幼馴染だ。

だから分かる。

カインはリディアを異性として扱っていない。

アベルの妹分だから声をかけている。

昔からカインはアベルしか見ていないと知っている。

リディアも、異性と認識されていたらカインの存在を拒絶していただろうが。

アベルの存在それほどまでに重く、三人の中心だった。


「なりません」

「言っておくけど今回は本気だからね」

「本気?」

「アーティに怒られてさ。俺に男児も生まれたし。形だけでも籍を入れてリディアの居を移させなさいって」

「アルティシア様が?」


カインの正妻の名前だ。

普通に考えれば目障りなはずのリディアにも良くしてくれるできた女性。

正直言ってカインには勿体ない奥方だ。


「英雄アベルの妹分で高度な癒やしの魔法が使える教会認定の聖女リディア。俺がいなくなったら他の貴族共が確保に動くだろうって。あとアーティが純粋にリディアと仲良くしたい感じかな」

「……カインがいなくなる?」


男性として好きではないし、幼馴染としても胡散臭いが守ってくれていた存在だ。

気にはなる。


「先日西の方で竜が発見されたんだ」

「竜がまた……」

「で、俺は討伐隊に志願した。公爵家の責務だしね。公爵家の当主になった兄上は外に出せないし、引退したばかりの父上を出すわけにも行かない」

「……そうですか」


竜の討伐隊の生還率は低い。

毎回成功するわけではない。

アベルのような一番槍の英雄がいるほうが珍しいのだ。


「うん。これでようやく俺も念願の竜騎士になれるわけだ」

「竜騎士に!?」


ありえない言葉に唖然とした。

竜騎士は死ぬ。

成功してもしなくても死ぬ。

アベルも死んだ。

自ら竜騎士に志願するなんてありえない。

それも貴族、公爵家の人間がするなんて。


「俺は死ぬつもりはないよ。アベルのお陰でね」

「アベルのお陰ですか?」

「暗黒竜の討伐は人類初の快挙だった。だから研究が進んだんだ。あの黒い竜鱗で作った鎧ならば竜滅気も防ぐことができる。槍を刺した後、もう一度空に飛び立てるかも知れない。そう俺は帰還する竜騎士になり、アベルと同じ光景を見るんだ」


誇大妄想ではないのだろう。

カインのアベル狂いは知っていたリディアもこれほどとは思っておらず天を仰ぐ。


「……そりゃあアルティシア様は私よりもアベルを嫌いと言うわよね」

「それでうち来る?」

「わざわざ動いているということはすでに多くの貴族が動いているわけよね?」

「うん。リディアを利用するためにね」

「……私も志願兵として竜討伐隊に志願するわ。たとえ嘘でもカインの愛妾を名乗るのは嫌だもの。アルティシア様に悪い。それに竜滅気に耐えれても癒し手がいなければ助かる命も助からないでしょ」

「そう。リディアがついてきてくれると心強いね」


 ◇


はるか遠い西方の地では。


「まさか竜として生まれ変わるとは。リディアとカインは元気にしているかな?」


こうして転生竜アベル、竜操の聖女リディア、漆黒の竜騎士カインの三人の運命が再び交わり合う。

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