独白

彩煙

独白

突然、ふと我に返ることがある。

「――ぅん……」

僕の横で一人の女性が身じろぎする。それを見て一つ思案した。

先ず告白するならば、僕は正道から外れた人だ。そしてそれを自覚しているし、完全なるマイノリティであることを自負している。だからこそ他人に自分を出すのがとても苦手だったし、そのせいで人と関わるのが非常につらい。二度と会わない保証のある、例えば旅先で出会った人などとはいくらでも話をすることができるけれど、授業で出会った人や仕事の関係で知り合った人に対しては尻込みをしてしまう偏屈な人見知りなのだ。偏屈で話下手でヘンな哲学を持っている頑固者なんて、今いる友人の他に理解してくれる人はいないだろうし、仮に居たとしてもその人数は年々減っていくのだろう。ましてや恋人なんていう存在が、こんな性質を持っている以上僕にはできないものだと長年思っていた。ところが僕には彼女が、今僕の隣で寝ている僕の恋人と言う意味での彼女がいる。しかし、こういう一緒に朝を迎えようとしている時にはふと考えてしまうのだ。果たして僕は彼女のどこに惹かれているのだろうか、と。僕にとって、彼女が僕に惚れているか否かなんてどうでもいい。結局それは彼女の主観に過ぎず、僕のあずかり知る所ではないのだから。そんなものをいくら考えてみたところで何の意味もない。つまり一番大事なのは、僕自身の主観であり感情だ。なぜ彼女だったのか、なぜこの人を恋人として選んだのか。そう誰かにそれを聞かれてしまうと、いつも答えに窮してしまう。もちろん大抵はその場を取り繕うように適当を言ってのらりくらりと躱しているが、ついさっき彼女からふと何でもない風に聞かれた際に僕は焦りを禁じ得なかった。何かに対しての好意を示すのが苦手な僕だからと、彼女は勝手に得心して微笑んだ後にキスをしてくれたが、それはおそらく求められた「僕」ではなかったはずである。だからこそ今は一層その事についてがあたまを付いて離れてくれない。

――今横にいるこの人のどこを愛しているのか、それをこの人に対して早急に示さなければならない。

やはり最大の理由は僕のことを好きでいてくれるからという事だろう。僕に対して好意を示してくれる人間なんて一握りだ。特に、異性に対して慣れていない僕の挙動は、人からいれば不審そのものなはずだ。どこで僕に惹かれたのかは知らないが、僕はその好意に応えなければならない。慣れない好意に対しては受け入れ、その人が求めることをするくらいしかできないが、その結果が今の関係だというのなら僕の愛はいったいどこにあるというのだろうか。

彼女をどう思っているのか。普段は考えることの無かった疑問が頭の中で堂々巡りを続けている。時計を見ると彼女が寝てからもう一時間弱も経っていた。彼女の寝顔を見ると「大切にする必要がある」という思いが自然と湧いてくる。この感情に名前を付ければそれが彼女に対する気持ちになるんだろうか。「愛」なんていうキザったらしい言葉を思いつくが、小恥ずかしくなってやめた。

「っしょっと」

彼女を起こさないように注意しながら布団から出ると、適当に服を着てタバコを片手にベランダへと出る。思考がまとまらない時のルーティンだ。何となくタバコの煙の中に事の答えがあるような気がして、レポートが詰まった時や何かの計画を立てる時なんかは大体いつもこうしている。

「……彼女への気持ちか」

もうここまで来たら正直に言おう。僕は彼女に対して強い感情を抱いてはいない。ただ他の人よりも近しい関係にあるから「大切にしたい」なんていう事を思うだけで、そこに「恋」だの「愛」だのという崇高な感情は持ち合わせていないのである。最大限の敬意を払って言葉にするならば「丁度いい」。そう、彼女は僕にとって丁度いいのである。別に彼女を蔑ろにしてもいいと考えているのではない。好いては、いる。しかしそれは「僕を好きでいてくれる彼女」に対する返報性による物であって、この「好き」は自分から湧いてきた感情ではないのかもしれないというのが僕の答えだった。

「なんだそれ」

乾いた笑いが出てしまう。不眠の夜の思考と云ったってもっとマシなものがあるだろう。不誠実、無遠慮、ナンセンス。様々な言葉が脳裏を駆け巡る。その現実に対して煙を巻くように深く吸い込み、ゆっくりと吐き出し、かき消すように火をもみ消した。が、今度は思考とは別にタバコが欲しくなって、もう一本箱から取り出し、火をつけ――

「タバコは一日3本まで、でしょ」

たところで、左うしろから伸びてきた手にそれを奪われてしまった。彼女はそれを咥えると、慣れない様子で吸いこむ。

「……やっぱ苦いなぁ。でも嫌いってほどじゃないのよね、これ」

先ほどの行為中と同じことを言い、火を消す。その様子を見て、ふと言葉がこぼれた。

「でも結局は好き、に違いないんだよ。きっと」

「うん?いや、好きってことはないかな。嫌いじゃないってだけで」

彼女はさっきまで口づけしていたタバコを指差し、曖昧に否定する。僕は「うん、そうか」と答えると彼女に顔を近づけた。

「ん」

彼女もそれを受け入れ、僕に時をゆだねる。その行為は何かを確認する儀式のようで、普段のそれとは少し違った気がしたけれど、その違和感に構っている暇は僕にはなかった。

「……そっちからしてくれるのは嬉しいけど、タバコの後はちょっと嫌かな」

「今度からは気を付けるよ」

少し遠慮がちに笑い、部屋の中へと戻っていった彼女にそう答える。まだ空は暗さを保っているというのに、気の早い鳥たちがどこかでさえずっているのが、かすかに聞こえていた。夜明けまではまだもう少しかかりそうだ。僕たちは再びベッドの上へと帰り、自分たちの世界へと入り込んでいった。

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独白 彩煙 @kamadoma

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