後編

 フロアでは、ようえんなチャイナドレスに身を包んだレイラが談笑していた。隣に立つ、カインはデレっぱなしだ。彼はとにかく、レイラを愛し続けた。俗に言う溺愛。息子のホープは、控え室に置かれたオードブルに夢中である。


 ヨシュアを引きずり出して来た、キング夫妻に笑顔で手を振る。


「クロエのドレス、見た? とっても素敵よ」


 レイラの笑顔に、周囲が一際華やいだ。クロエのドレスは、プルトが生地選びから行って、手作りした。ジョージに、能力を一部譲渡してもらったお陰である。式場の飾りも彼が手がけた。


 花を共同で準備したのは、エマだ。


 彼女はシルクのスーツを着て、フランツと一緒にシェリー酒を楽しんでいた。直ぐ隣では、眼鏡のマシューとルビーも談笑している。


 クロエの結婚。

 

 ここで提供される飲食は、全てクロエがプロデュースした。オードブルの一つにも感謝がこもっている。


「ドレス、まだ見てないのよ。式の楽しみにしておくわ」


 気まずそうにしているヨシュアの背中を叩きながら、アンナが笑う。カインとホープをチラ見したヨシュアは『相変わらず良い男だ』とにんまりしていた。『レイラが邪魔だ』とも思っていたが。


 その時、娘のナオミがオレンジジュースを持って現れた。


「ほら。まだ子供なんだから、ワインとか言わないでよね」


 ナオミからオレンジジュースをひったくったヨシュアが、苦虫を噛み潰したような顔になる。


 花嫁の控え室では、ジョージとクロエが親子の時間を過ごしていた。





「キレイだなあ、クロエ」


 ジョージが鼻を真っ赤にしながら、むせび泣いていた。トレードマークだった三つ編みは、今やボブヘアある。こぢんまりした顔のクロエには、良く似合っていたし、何よりウエディングドレスに映えた。


「あの時は、こんな日が来るなんて思いもしなかった」


 クロエがかんがいぶかげに、姿すがたを覗き込んだ。彼女は壮絶な虐待を受け、人身売買に出された。その後は、ブラックダイアモンドとして命を狙われ続けた。


 体中に残るタバコを押しつけられたあとは、姉のレイラがメイクを施してくれた。念入りにコンシーラーを重ねて、上から繊細な白のペインティングがしてある。それがまたドレスとよく合って、クロエを本日の主役たらしめていた。


 ふいに、クロエがジョージの顔を包んだ。額を擦りつける。


「メイクが落ちるよ」


「この位なら大丈夫だよ、パパ」


『親愛の証し』は、思春期が訪れてからめっきり遠ざかっていた。パパと呼ぶのも久しぶりだ。二人の間を、親子として過ごした16年あまりの歳月がよぎってゆく。


「おめでとう」


 ジョージは、心から告げるとクロエを抱きしめた。

 




 ◆





 式が始まった。


 最初にルーカスが入場してくる。圧倒的光属性に成長したルーカスに、キングが泣き出しそうになっていた。肩を寄せたアンナが、さりげなくハンカチを手渡す。「ありがとう」声を震わせるキングと手を握り合う。


 次の瞬間、式場にいた全員が感極まって涙を浮かべてしまった。


 扉が開いて、ジョージに腕を絡ませたクロエが立っていた。


 天から光でも差しているかのように、クロエは輝いていた。


 プルトはドレスにちょっとした加工を施していた。光の加減によって、ドレスが様々な白に変化するのだ。刺繍はエマも手伝った。何とも贅沢なドレスである。


 ウェディングドレスに包まれたクロエは、さながら妖精のようであった。


 その姿に、誰もが感動して泣いていた。ヨシュアですら、鼻をすするので精一杯になっている。少し緊張していた主役は、道の先に夫を見つけると最高の笑顔を浮かべた。


 ジョージに至っては、泣きすぎて今にも卒倒しそうな勢いだ。


「ふぐっ……ふぇっうぐっ」


 バージンロードを歩いている間中、ジョージは泣きまくっていた。彼もまた、こんな日が訪れるとは思っていなかった。

 孤独な男は、選択を誤り続けた。ようやく素面に戻った時には、寿命が残りわずかであった。


 人間を散々苦しめた偶像は、もういない。


 名前のなかった子供達は、自らの手で幸せを勝ち取ったのだ。


 神父にせんせいをして、ルーカスがクロエのベールをそっと上げる。間違いなく、世界で一番美しい花嫁がそこにいた。


 二人が唇を重ねた時、会場に祝福の光が降り注いだ。


 おめでとう、クロエ、ルーカス。幸せに。





 ◆





 パーティーでも、ジョージは泣きっぱなしに泣いていた。パーティーは、姉のレイラとカイン夫妻が主催している。


 開放感溢れる建屋に、心地良い風が吹き抜けてゆく。その度に、プルト仕掛けの薔薇の花びらが、ふわりと舞った。遠くには水平線が見えて、太陽を反射している。


「ジョージが泣きたくなる気持ち……ヒック、わかるよ!」


「はえ?」


 鼻水まみれのジョージが顔を上げると、顔を真っ赤にしたヨシュアが立っていた。彼は現在16歳。飲酒などもってのほかだ。ビックリしたキングが、直ぐにテーブルを確認する。


 なんと、のヨシュアは周囲が楽しむシャンパンの匂いで、酔っていた。思い込みの激しい彼はダメ押しで、ジンジャエールをアルコールと勘違いしてしまった。


 ジョージの隣に座り込んだヨシュアは、テーブルクロスを弄っていたかと思うと、唐突に泣き始めた。


「姉を奪われるのが……ヒクッ。こんなにも辛いと思わなかった」


「分かるよ……切ないよな。嬉しいんだけど、切ない。うわぁあああ、クロエー!」


 妙な所で気の合った二人は、ジュースで乾杯すると抱き合って、さめざめと泣き始めた。


「何やってんの、あの二人」


 醒めた声のレイラが独りごちる。気分の良かったカインは、妻を抱き寄せると「いつもの事だから」と笑いかけた。

 何より、主役のクロエ夫妻が嫌がっていないのだ。好きにさせておくのが、この場はベストである。


 キング夫妻も、それはまた同じだった。


「いつかさ」


 キングがアンナの瞳をじっととらえる。


「二人だけで式を挙げないか」


 無言で頷いたアンナは、夫の肩に頭を預けた。


 誰もが幸せに満ち満ちている。地獄を乗り越えたからこその平穏が、会場を包み込んでいた。





 ◆





 会場の外では、プルトがダンスパーティーの準備に入っていた。彼が歌を担当する。アコースティックギターのチューニングをしていたプルトは、不審者を見つけていぶかしげな顔を向けた。


 その男は、結婚式を心底嬉しそうに眺めていた。


 ここは長崎だと言うのに、シルクハットにえんふく。柔和な顔には、口ひげをたくわえていた。鼻歌交じりにステッキを振り回している。


 プルトは最初、男を人間だと思い込んでいた。しかし、死神特有の気配を感じた時、既にプルトは走り出していた。


「兄ちゃん!」


 プルトから『兄ちゃん』と呼ばれた男は、両手を広げるとプルトを思い切り抱きしめた。


「おやおや。久しぶりです、プルト。元気にしていましたか?」


 プルトは、兄魔術師の顔を知らなかった。彼が生まれ落ちた時には、既に能力を使用して顔を失っていたからだ。

 

 ジョージの輪廻で、期待はしていた。

 けれどもまさか、こんな所で再会するだなんて。


「兄ちゃん、本当にいい加減なんだもん。苦労したよ、ボク」


 大げさに驚いてみせた魔術師は、プルトの頭を愛おしげに撫でた。


「ま、死神など大なり小なりいい加減なものです。私も輪廻するとは思っていませんでした。プルトは、少し大人になりましたな。兄として、嬉しいですよ」


「いつから? どうしてここに?」


「つい最近です。偶像が、後四年ほどで寿命が尽きると聞きました。私は器になるそうです。そうなると人間界へは中々降りてこれなくなりますからね……今日は、思い出巡りをしにきました」


 中を見た二人は「人間の結婚式って良いよね」と笑顔で語り合っていた。





 ◆




 会場のライティングが落ちた。これからプルトの演奏が始まるのだ。ステージには、ピアノとドラム、それからベースも置いてあった。


 お辞儀をするプルトに、キングが驚いて声を上げた。


「魔術師……!」


 彼は、しれっとプルトの隣でお辞儀をしていたのである。茶飲み友達だったエマも、驚きを隠せず小さく叫んでいた。


 魔術師をついぞ見ることのなかったアンナは、キングから話だけは聞いていた。ヨシュアからもだ。


 ひようひようとした様子の魔術師は、クロエに向かってシルクハットを下げると、胸元でくるくると回してみせた。彼女も魔術師を知る一人だ。喜びで、笑顔がはち切れんばかりになっている。


 ギターを持つプルトが、マイクの前に立つ。当然のように、魔術師がドラムを触り始めた。それを見ていたアンナがピアノに向かい、カインがベースを手に取った。


「皆! 今日はクロエの結婚式だよ! 楽しんでいってね!」


 プルトのかけ声と共に、魔術師がリズムを刻み始める。カインが合わせて、そこにアンナが旋律を乗せた。軽快なジャズミュージックが流れ始める。


「お姫様、どうぞ」


 ルーカスが差し出した手を、クロエが取った。若い二人が踊り出す。直ぐに会場が盛り上がって、レイラもシャンパン片手に踊り始めた。


 そして、意外な事にヨシュアとキングの兄弟もダンスは上手だった。二人とも、リズム感が良いのだ。


 プルトのボーイソプラノは、いつまで聴いていても飽きない。


 ぎこちなく動いていたジョージの手を、レイラが取った。


「すごいな。カインは楽器の演奏も出来るのか」


「戦闘ってリズム感が大事なの。平和だと趣味が増えて良いわよね」


 キングの子供達もまた、ダンスを楽しんでいた。ホープと踊るナオミ。二人に気づいたヨシュアの瞳に、一抹の切なさが宿る。


 ヨシュアが本当の愛を知るのは、もう少し先の話。

 それは、別の作品で語られる事になる。


「今日ぐらいは兄弟でいてやるよ、キング」


「僕としては、ずっと兄弟でいて欲しいんだけどね」


 魔術師のドラムに二人がタップを始めた。流石は一卵性双生児。意気投合した時の動きは、気持ち良い位に一致していた。

 笑顔のアンナが、ピアノでアドリブを始める。プルトは歌いながら、タンバリンを叩いていた。


 主役の二人が、会場の真ん中に大きく躍り出る。


 クロエとルーカスは、光そのものが舞うように踊り続けた。


 会場の隅では、フランツもおどけた表情でリズムを刻んでいて、エマやマシューがそれを見て笑っていた。


 プルトが飛び跳ねる度に、天井からは花びらが降り注ぐ。魔術師がステッキを回せば、ライティングが音楽に合わせて様々な色に変わった。


「ルーカス、愛してる!」


 クロエの言葉に、会場の熱気が最高潮に達した。


 おめでとう

 おめでとう


 おめでとう!


 二人の結婚を祝うパーティーは、夜が更けるまで続いた。

 平和の鐘は、きっとここでも鳴り響いていた事だろう。


 若き二人の門出に、幸あらんことを。

 

 



  -おわり-

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クロエの結婚 加賀宮カヲ @TigerLily_999_TacoMusume

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